品川から大崎
原美術館から大崎の駅まで歩いた。二度ほど迷い、住宅街の中を 彷徨う事になった。大崎の駅の裏側の小さな川に向かって、かなりの高さのある階段を下りる事になる。高低差のある場所は楽しい。町に抑揚がつく。見下ろす景色。見上げる景色。二つの景色は高さの差によって隔てられ、隔てられた向こう側に何があるのか、想像力がかき立てられる。
残酷絵
残酷なものが衆目を集める事は今も昔も変わらぬものらしい。フォーカスなどの写真誌でもそういう写真の掲載が多かったが、大学生の頃図書館で読んだ「旗艦松島の惨状」(正しい書名を失念したが、そういう主旨であったと記憶している)という日清戦争の際の錦絵を綴じたような本もまさに残酷絵のオンパレイドであった。砲弾が命中した艦内で血や肉が飛び散り、臓腑をはみ出させてのたうち回る兵隊の絵が写実的な丁寧さで描かれているのだった。多分人生の目的に薄く、やる事や考える事が少なかったのだろう。僕はその本を何度も何度も読んだ。
原美術館
家から歩いて原美術館に行った。住宅街の細くて急な坂道を降りていくといきなり御殿山だ。10分足らずの冬の散歩。
日の陰った寒い日で、少しく気落ちしていた。玄関まで行って入るか入るまいか少し迷ったが、入って良かった。千円の切符を買うとショップの奥にあるロッカーの場所を教えてくれる。美術館のショップはギャラリーより楽しい。洒落た腕時計とかカレンダーとかが売っている。
相変わらず企画展示に興味がわかず、建物を見てまわる。以前と少しレイアウトが変わった気がする。残念な事に昔開けられた中二階のドアが封鎖されている。つまらない事をすると思う。
カフェを通り抜けて庭に出てみるとそこは別世界だ。風が冷たいのだが、庭から建物を見ていると幸せな気分になる。建物の横にへばりつくように作られたカフェはまさに寄生蟲で、折角の建物を台無しにしている。残念だ。そこでは美術館に似合う善男善女がご飯を食べたりしている。
どうも一人でいて、他の人達が語らったりしていると、善男善女、と思ってしまう。社会から阻害された感じが好きであるようで、阻害されたものの視線から社会を見ると、善男善女、と見えてしまうのか。
二階に上って玄関の屋上部分に出てみる。ここが美術館の一番良い場所だ。圧倒的な開放感。見下ろす庭の非日常さ。修飾のない代わりに均整の取れた建造物。それはまるでレゴブロックで作られた城のように見える。
日の陰った寒い日で、少しく気落ちしていた。玄関まで行って入るか入るまいか少し迷ったが、入って良かった。千円の切符を買うとショップの奥にあるロッカーの場所を教えてくれる。美術館のショップはギャラリーより楽しい。洒落た腕時計とかカレンダーとかが売っている。
相変わらず企画展示に興味がわかず、建物を見てまわる。以前と少しレイアウトが変わった気がする。残念な事に昔開けられた中二階のドアが封鎖されている。つまらない事をすると思う。
カフェを通り抜けて庭に出てみるとそこは別世界だ。風が冷たいのだが、庭から建物を見ていると幸せな気分になる。建物の横にへばりつくように作られたカフェはまさに寄生蟲で、折角の建物を台無しにしている。残念だ。そこでは美術館に似合う善男善女がご飯を食べたりしている。
どうも一人でいて、他の人達が語らったりしていると、善男善女、と思ってしまう。社会から阻害された感じが好きであるようで、阻害されたものの視線から社会を見ると、善男善女、と見えてしまうのか。
二階に上って玄関の屋上部分に出てみる。ここが美術館の一番良い場所だ。圧倒的な開放感。見下ろす庭の非日常さ。修飾のない代わりに均整の取れた建造物。それはまるでレゴブロックで作られた城のように見える。
鳩山会館
仕事で春日に行った帰りに鳩山会館に寄った。立派な庭だ。庭木に雪つりがされ、藁帽子が被せてある。こういう人の手が入った贅沢が好きだ。建築家になろうと一瞬でも志したにも関わらず建築に関する知識が皆無である。こういう邸宅を見ると、それが残念でたまらない。
車寄せから玄関につながる階段、玄関のホールから二階への階段、表現にするに足る語彙を持たない。応接室に置かれた椅子に座って良いと言われたのだが、恐れ多くて腰掛けられない。こういうものに対して無意味に頭が下がるのも悪趣味なのだが、本能的なものでやむを得ない。二階の広間の柱の鏡が素敵だ。陽光が降り注ぐ広間。そこから眺めおろす庭。端正で静かだ。
二階の和室に文房具が置かれている。ペリカンの消しゴムがあって感動した。ああいうものを将来持てるような、そんな身分になりたい。
車寄せから玄関につながる階段、玄関のホールから二階への階段、表現にするに足る語彙を持たない。応接室に置かれた椅子に座って良いと言われたのだが、恐れ多くて腰掛けられない。こういうものに対して無意味に頭が下がるのも悪趣味なのだが、本能的なものでやむを得ない。二階の広間の柱の鏡が素敵だ。陽光が降り注ぐ広間。そこから眺めおろす庭。端正で静かだ。
二階の和室に文房具が置かれている。ペリカンの消しゴムがあって感動した。ああいうものを将来持てるような、そんな身分になりたい。
新宿
新宿に行った。三が日なのに大変な混雑だ。「どこに行こうかなぁ。」とか立ち止まって考えたいのだが、町中はそれを到底許してくれない。何とか立ち止まる為に時計の近くで待ち合わせのふりをしてみたりする。あれだけの量の人が前後左右関連性なく動く。そういうふりをしないで無為に立ち止まって考え込む事は許されないのだ。
都市に生きる為に、何処に、何時に、どういう形態で、何の為に存在している、ということを短い間隔で取り決めておかないといけない。歩く、走る、待ち合わせる、商品を選ぶ、電車を待つ、時計を眺める、しゃべる、食べる、買う、払う。全ての行為に蓋然性のある目的があり、その目的を周囲が理解できるように詳らかにしておくことが要求される。そういうことがストレスになると同時に、そうしないことはそうすること以上のストレスになる。そのように存在する人々のストレスの積上げとストレスの解消の結果として都市は活気とその存在意義を持つ。
これは大変だ。
都市に生きる為に、何処に、何時に、どういう形態で、何の為に存在している、ということを短い間隔で取り決めておかないといけない。歩く、走る、待ち合わせる、商品を選ぶ、電車を待つ、時計を眺める、しゃべる、食べる、買う、払う。全ての行為に蓋然性のある目的があり、その目的を周囲が理解できるように詳らかにしておくことが要求される。そういうことがストレスになると同時に、そうしないことはそうすること以上のストレスになる。そのように存在する人々のストレスの積上げとストレスの解消の結果として都市は活気とその存在意義を持つ。
これは大変だ。
四文字
去年の春に日本に戻ってきて、なるほど、と思ったいくつかの言葉。メリクリ。あけおめ。ことよ ろ。もう今年は使われないのかもしれないのだが、何れにしても四文字である。ニューヨークに住んでいて、日本から来た割合に年配の方々の略語。ワートレ(ワールドトレードセンター)。グラセン(グランドセントラル)。これらも四文字。
老いも若きも、日本語にとって四文字は座りがよいのだろうね。
老いも若きも、日本語にとって四文字は座りがよいのだろうね。
お節料理
お節料理の準備を手伝った。慈姑を煮たのだが、灰汁が取りきれず、少し渋みが残ってしまった。百合根を蒸したのだが、これは上出来だった。八頭は子供の頃に食べたほどおいしく感じなかった。もう少しねっとりした食感だった記憶がある。最近の八頭は単なるさといもの親芋ではないのか。
天婦羅そば
実に下らない小説の鑑賞方法なのだが、小説の食事の場面に心打たれる場合が多い。
夏目漱石の「坊ちゃん」。天婦羅そばを食べる件が出てくる。主人公は天婦羅そばを四杯食べるのだ。この四杯に感動した。これが二杯や三杯でもだめだし、五杯でもだめなのだ。四杯。これが僕にとっては大変に重要なことなのだ。幼少の頃、子供向けに焼き直された坊ちゃんの本を読んだ。そこには天ぷらを食べる坊ちゃんのイラストが描かれていた。そばの入ったどんぶりに赤い木のふたが被さっているのだ。そのそばをすすり込む主人公の後ろ側から学生がそれを盗み見ている、そんなシーン、色使い、表情、今でも細かく描写できるくらいに覚えている。
また夏目漱石だが、「虞美人草」。小夜子と弧堂先生が食べる汽車弁。「折の蓋を取ると白い飯粒が裏へ着いてくる。長芋の白茶に寝転んでいる傍らに、一片の玉子焼が黄色く圧し潰されようととして、苦し紛れに首だけ飯の境に突き込んでいる。」
こういうお弁当を想像するとどきどきする。経木の折の蓋の裏側に飯粒がへばりついているような趣のある駅弁など、きょうび探すのが大変である。その場面の終わりころに、朝日新聞を一面に広げる弧堂先生の前で、「小夜子は小さい口に、玉子焼をすくい込んでいた。」。当時浪人をしていた僕はその場面を何度も何度も読んでは、小夜子の様を想像した。当時の僕の中にとって小夜子は完成された理想の女の人だった。
虞美人草の同じ場面で、甲野さんと宗近君が食堂車で朝飯を食べる。そこではハムエクスが食され、紅茶やコフヒーが飲まれ、ユデア人は豚を食わないらしい、という会話が交わされるのだ。
記憶が薄れたところを取り戻そうとして虞美人草の文庫本を手に取って頁を繰ってみたのだが、またのめり込みそうになってしまった。
夏目漱石の「坊ちゃん」。天婦羅そばを食べる件が出てくる。主人公は天婦羅そばを四杯食べるのだ。この四杯に感動した。これが二杯や三杯でもだめだし、五杯でもだめなのだ。四杯。これが僕にとっては大変に重要なことなのだ。幼少の頃、子供向けに焼き直された坊ちゃんの本を読んだ。そこには天ぷらを食べる坊ちゃんのイラストが描かれていた。そばの入ったどんぶりに赤い木のふたが被さっているのだ。そのそばをすすり込む主人公の後ろ側から学生がそれを盗み見ている、そんなシーン、色使い、表情、今でも細かく描写できるくらいに覚えている。
また夏目漱石だが、「虞美人草」。小夜子と弧堂先生が食べる汽車弁。「折の蓋を取ると白い飯粒が裏へ着いてくる。長芋の白茶に寝転んでいる傍らに、一片の玉子焼が黄色く圧し潰されようととして、苦し紛れに首だけ飯の境に突き込んでいる。」
こういうお弁当を想像するとどきどきする。経木の折の蓋の裏側に飯粒がへばりついているような趣のある駅弁など、きょうび探すのが大変である。その場面の終わりころに、朝日新聞を一面に広げる弧堂先生の前で、「小夜子は小さい口に、玉子焼をすくい込んでいた。」。当時浪人をしていた僕はその場面を何度も何度も読んでは、小夜子の様を想像した。当時の僕の中にとって小夜子は完成された理想の女の人だった。
虞美人草の同じ場面で、甲野さんと宗近君が食堂車で朝飯を食べる。そこではハムエクスが食され、紅茶やコフヒーが飲まれ、ユデア人は豚を食わないらしい、という会話が交わされるのだ。
記憶が薄れたところを取り戻そうとして虞美人草の文庫本を手に取って頁を繰ってみたのだが、またのめり込みそうになってしまった。
天丼
幼稚園に通っている頃、あたりや、というそばやの息子と同級生であった。最近実家を訪れる回数もめっきり減ったが、きっとまだ営業していて、旦那におさまっていると期待している。僕の小さいころのそば・うどんの記憶の大半は、そのあたりやにまつわるものだ。今ほど食べ物の選択肢も広くなかっただろうし、たまにあたりやから取る天丼やそばはご馳走だったのだろうと思う。
あたりやから届けられる天丼は海老が二本入っていた。頭の側の衣が大きく膨らんでいて、衣を二口三口食べて漸く海老にたどり着くのだ。その衣がおいしくて、海老にたどり着くまでがまた楽しいのだ。どんぶりのふたを閉めると、海老の尻尾が顔を覗かすくらい、海老も大きかった。今でもそのどんぶりの大きさ、つゆ加減、衣と海老の味を思い出す事ができる。
天丼とともに素うどんをよく取った。素うどんはどんぶりに赤い木のふたを被せらて出前されるのだった。いま、こんなふたを使っているところを探すのは大変だろう。あれはどういう名称であったのか。時間があれば調べたいと思う。
あたりやから届けられる天丼は海老が二本入っていた。頭の側の衣が大きく膨らんでいて、衣を二口三口食べて漸く海老にたどり着くのだ。その衣がおいしくて、海老にたどり着くまでがまた楽しいのだ。どんぶりのふたを閉めると、海老の尻尾が顔を覗かすくらい、海老も大きかった。今でもそのどんぶりの大きさ、つゆ加減、衣と海老の味を思い出す事ができる。
天丼とともに素うどんをよく取った。素うどんはどんぶりに赤い木のふたを被せらて出前されるのだった。いま、こんなふたを使っているところを探すのは大変だろう。あれはどういう名称であったのか。時間があれば調べたいと思う。
お稲荷さんと干瓢巻き
中学生の頃、弁当にお稲荷さんが入っている事が時々あった。おかずと別に大振りのタッパーにお稲荷さんが6つも入っていて、これを全部食べて特段苦しくもなかった。その時分、特にお稲荷さんが好物ということはなかったのだが、年を経て、次第にお稲荷さんを日常食べる機会が減ってきたのに比例してお稲荷さんが好きになってきた。たまに口にするのだが、ずいぶんおいしい。そういえば、子供の頃家の近くに三晴(みはる)という菓子屋があって、そこのお稲荷さんがとてもおいしかった記憶がある。小振りで揚げに強めの味がついていた。
その三晴ではお稲荷さんの他に赤飯や干瓢ののり巻きを売っていた。その干瓢巻きがまた大変においしかった記憶がある。そんな関係なのか、寿司屋に行って最後に干瓢巻きを頼む性癖が身に付いた。最早、癖のようなもので、最後に干瓢巻きを食べたくなるのだ。
横溝正史の小説「悪魔の手鞠歌」でお稲荷さんに毒を盛られて殺される、という件がある。好きな食べ物なだけに、どうもこれはいただけなかった。僕だけの印象かも知れないが、お稲荷さんには貧乏臭いご馳走、というイメージがつきまとう。これに一服盛られて血を吐いて死ぬ。これはやりきれないではないか。
その三晴ではお稲荷さんの他に赤飯や干瓢ののり巻きを売っていた。その干瓢巻きがまた大変においしかった記憶がある。そんな関係なのか、寿司屋に行って最後に干瓢巻きを頼む性癖が身に付いた。最早、癖のようなもので、最後に干瓢巻きを食べたくなるのだ。
横溝正史の小説「悪魔の手鞠歌」でお稲荷さんに毒を盛られて殺される、という件がある。好きな食べ物なだけに、どうもこれはいただけなかった。僕だけの印象かも知れないが、お稲荷さんには貧乏臭いご馳走、というイメージがつきまとう。これに一服盛られて血を吐いて死ぬ。これはやりきれないではないか。