いろんな

気にくわないことはとくに

どうにかしたい

と思う

トイレの汚れを見れば

トイレの神様の歌を思い出し

なぜか読んだブログは、トイレと金運の関係性だ

余計にあせり

トイレをなんとかすれば

お金がどうにかなるのかと


だるさをごまかし

子供をしかりながら

落ちてるゴミをけって

トイレ掃除をしようと

して来たこともあったが

いや、あったからこそ

わかる


なんとかしようとしなければいけないことなんて

ない



逃げることができない場所に呼び出されても←裁判所とか

こころは思い切り逃避していて大丈夫だと

おもう

だって

躍起になれば、なんとかなる時代は

ほんとうに

終わったんだな

と、身を以て知ってしまったこの強み


40年も前に一億の借金までして、特殊な商業施設を作った父は

何をめざしていたのか

それは

個人をつぶさない豊かな経済循環だったんだろう

いざ、工事がはじまれば

土地の登記内容が信じられないことに詐称されていて

ちょうど、駐車場になる場所が、ほったら沼だったり

整地しただけの砂利地に、三ヶ月後

梅の木が生え来たり

建前の祈祷の際に

なんかいるわ、ここみたいなことがあったり←終始生温かい風が吹き、なぜかみんな何にも言わない

大きな流れに身を守ってもらおうと

腹をくくるというか、疲れて手放すとき

なんとかしようとしないことのまわりに

人が、大きなものに守られていることがわかる時がある

あっとなりにきた、高校生カッコいい、、

とかね


怒りも、ぬくもりも、きゅんとする気持ちも

すべて

そのままでいい


怒りにはわりと、理屈もあり、ぬくもりも、理由が見つかりやすいけど

キュン

には

ほえ?だったりする


これもなんとかしなくてもいい


これは、

アクションを何もしようとしなくても

よい

という事ではなく

アクションをしてもよい

ってことなんだよね


全部、

全部

どうやっても

大丈夫だ

だけど

違うものは

違うと思って

言ってよい

ということを大事にするか

しないかで

日本で生きているひとの多くは

どこの

周波数で生きるかが

見事に二分されていくんだろうな

と思う


まいたけ🍄🌰