10月初、

伊賀上野城へ行ってきました。

松阪から車で約1時間で到着しました。

昨年来、各地の城巡りを行って

いますが、近場の城ももう一度

巡ってみようと思ったからです。

 

駐車場に車を置き、城を目指して

坂道を登りました。

 

途中の芭蕉翁記念館に

少し立ち寄りました。

 

近道を通って城を目指しました。

 

城が見えて来ました。

 

木造三層三階の大天守と

木造二層二階の小天守です。

 

 

入場料600円、

ご城印を購入して、

大天守の入口に向かいました。

その手前には、城の説明書きが

ありました。

 

説明書きには以下のように

書かれていました。

 

藩祖 藤堂高虎は1608年

伊予国から伊賀の国に移封となった。

高虎は徳川家康の信任が厚く築城の

名手であった。

前城主、筒井定次が築いた上野城の

本丸を1611年に豊臣方に備えて、

西に拡張し、高さ約30mの高石垣を

めぐらしたが、

五層の天守閣は1612年9月に

当地を襲った暴風雨のため倒壊した。

 

しかし、1614年の大阪の陣と

翌年の夏の陣で徳川方が勝利し、

幕府は諸大名の城普請を禁じたため、

この城では天守閣が再建されないまま、

城代家老が置かれて、伊賀国の城と

して幕末まで存続した。

 

現在の天守閣は、当地出身の政治家

川崎克氏が文化産業振興の城として

復興を志し、

熊野の山林家、奥川吉三郎氏らの

協力を得て、私財を投じて資金を

調達し、昭和10年10月に落成した。

 

一階の入口を入ると

藤堂高虎公の像がありました。

 

 

一階には武具甲冑類が展示されて

いました。

藤堂高虎が豊臣秀吉から拝領し、

その後、高虎から家老の藤堂玄蕃が

受領したとされる“黒漆塗唐冠形兜“は

宇和島市立の伊達博物館で

開催されている展示会に

10月から12月にかけて出陣中と

ありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二階への階段です。

 

二階には再建の立役者である

川崎克氏関係の展示などが

ありました。

 

三階へ上がります。

 

三階からは上野盆地が良く見えました。

また、天井は格天井になっていて、

著名人の大色紙46枚がはめられて

いました。

 

北側の地理案内には、色紙を

描いた人が書かれていました。

 

 

 

 

北側の上野盆地の眺めです。

 

JRの伊賀上野駅が見えます。

また、上野公園内にある俳聖殿の

上部が見えました。

 

俳聖殿は松尾芭蕉生誕三百年を

記念して昭和17年9月に川崎克氏が

建立しました。

木造檜皮葺で芭蕉の旅姿を

表現しています。

 

一階へ降ります。

 

城を出て、西側の高石垣を

見に行きました。

 

城の南方向の上野盆地と高石垣

 

北西方向の高石垣と堀

 

 

先程行って来た伊賀上野城

 

 

城の後ろ側の堀

 

城のある高台を降りて、

高石垣を下の道路側から

眺めました。

 

先程まで上から眺めていましたが、

高さ約30mの高石垣の大きさが

より実感できました。

 

 

 

高石垣を左側に見て、

道路を下っていくと

右側に十代藩主によって1821年に

建設された藩校“崇廣堂“の白壁が見えて

来ました。

 

正面です。

 

崇廣堂の入口

 

訪れた時は工芸作品の展示会が

行われていました。

 

 

上野高校の明治校舎を見ながら

駐車場へ戻りました。

 

 

今回、歩いたルートをピンク色で

示しました。

 

伊賀上野城はこれまで

何度も訪れた事がありましたが、

桜の季節などに城の外観と合わせて

楽しむ事だけでした。

今回訪れた事で

伊賀上野城の事をより深く

知る事が出来たように思いました。

 

良い一日になりました。