薔薇の香り~君の心に触れたくて~第3章・復讐の香り(44) | Someday, Somewhere

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ジェジュンが目覚めると、ユラユラと風に揺れる白いカーテン越しに光が射しこんでいた。

頭上の空気が煌めいているように見えてジェジュンは思わず手を伸ばしていた。

昨晩のことは途中までしか記憶がない。ユチョンに自分が何をしたのか話した気はする。


―自分でここにやって来た記憶はないから、きっとユチョンが運んでくれたのだろう。―

ジェジュンは何だかユチョンに顔を合わせるのが躊躇われた。

―ユチョンは、軽蔑しているだろうか?-


「トントン」

突然、ノックされジェジュンは咄嗟に薄手の羽毛布団を頭から被った。

メシメシと床板を踏みしめる足音が聞こえる。ベッドの端に重さがかかり、ユチョンが腰掛けたのがわかる。


「起きないの?起きているんだろう?」

ジェジュンはどうしてわかったのだろうと布団の中で首を傾げる。


「きっとなんでわかったのか考えているだろう。

知っている?ジェジュンってさ、寝相は凄くいいんだよ。直立不動って感じ。しかも、髪の乱れを気にするから絶対に布団を被ったりしない。」


ジェジュンがゆっくりと布団を鼻の上まで降ろし目を覗かせた。

「わかった?」

ユチョンは無言のままジェジュンの鼻を布団の上から摘まみ、「コーヒー淹れたから。たいしたものはないけれど朝食食べよう。」と言った。

窓辺のテーブルの上には、バターの匂いがするクロワッサンとオムレツとベーコン、コーヒーが用意されていた。


「悪いね。俺にできるのはこの程度だから・・。コーヒーは自信作だから。」

「十分だよ。このクロワッサンおいしそうだね。」

「最近、近くにできたベーカリーのものなんだけれど、癖になってしまったんだ。」

ジェジュンが手に取るとまだほんのり温かだった。


「焼き立て?」

「うん。」

「ユチョンが買いに行ったの?」

「ああ・・・・。」


一口に頬張ると仄かな甘さが口に中に広がり、バターの香ばしさが鼻から喉に抜けた。

二口目を頬張ると温かな物が胸がいっぱいになって、じんわり込み上げてきた。ジェジュンが食べる手を止めると、ユチョンが「おいしくない?」と尋ねた。


「ううん・・・、おいしい。とってもおいしい。・・・ユチョン、ありがとね。」

「俺が食べたかったし、ジェジュンに食べさせたかっただけだよ。」

「あまり優しくしないでよ。」

「いいじゃん、甘えれば。俺はジェジュンのことを甘やかしたいんだ。」


ジェジュンは照れ臭さを隠すように大き目のマグカップで持ち上げた。ユチョンの甘い言葉に反して、ジェジュンはコーヒーをいつもよりほろ苦く感じた。


「ジェジュン、会社を辞めるなよ。う~ん、何かしたいことがあるって言うなら止めないけれど、

単にユノとチャンミンのことで気まずいからと言う理由で辞めて欲しくない。

そんなの馬鹿げている。確かにあの会社はチョン家が筆頭株主だけれど、公私を一緒にするほど落ちた会社だとは思わない。ユノだってそうだと思う。答えを急いで出すなよ。」


最初、ジェジュンは「無理だよ。・・・あのポジションにいてユンホに会わないですむはずもない。

そんなのお互いに気まずいだろう。」と繰り返していた。

「復讐だったんだろう。だったら堂々としていればいいじゃないか。かかってこいぐらいの気持ちでいたらいいだろう・・・。」


ユチョンにジワジワと説得され、ジェジュンは、辞表を出すのは少し様子を見てからにすることにした。


大体、世の中、望まないことの方が起こりやすい。願っていれば叶うなら誰も苦労はしないから、そういうものなのだろう。会いたくないと思っている人ほど、突然、目の前に現れる。


会長からの伝言と書類を総務部長の所へ持って行こうとエレベーターに乗ったところ、すぐ下の階でエレベーターが止まった。

そして、扉が開き立っていたのはユンホだった。ユンホは一瞬、ジェジュンを見て顔を引き攣らせたが、そこに誰もいないかのようにジェジュンの横を通り過ぎ、一番奥に立った。


ジェジュンはドアに一番近い操作ボタンの所に立っていたので、背中を向けていれば良かった。

しかし、それでも狭い空間ににわかに充満した張り詰めた空気は、2人の息遣いや微かな身動きでさえ敏感に伝えた。

ジェジュンが降りる4階に間もなく着き、ジェジュンも息苦しさから解放されるはずだった。

エレベーターがまもなく止まるだろうという瞬間、ジェジュンの腕の辺りから手が伸びてきて停止ボタンをした。


「何をするんですか?」

ユンホが片手を停止ボタンの上に置いたまま、ジェジュンを壁に追いやる。

もともとジェジュンは壁際に立っていたのにユンホの体が覆い被さってきて逃げ場をすぐに失った。


「まだ会社にいたのか?」

ユンホの目はつり上がっていて、視線は冷たかった。

当然と言えば当然だが、かつてJに向けられた身を焦がすような熱ぽっさも優しさもなかった。


「仕事でミスした訳ではありませんから・・・。それに恋愛問題が解雇理由になると思えませんが・・・。」

「あれは・・・恋愛だったのか?・・・そんな美しいモノじゃなかったはずだ。」


「確かに・・・そうですね。いずれにしても・・・今は辞めるつもりもありません。」

「勝手にしろ。」


ユンホの指が停止ボタンから離れ、まもなくエレベーターの扉が開いた。

ジェジュンが差し込んできた光に目を細めた瞬間、ユンホはエレベーターを出て行った。

ユンホの姿はないのに、ユンホの香水の残り香が微かに立ち込め、ジェジュンは束の間身動きできなかった。