「あっ、カブトムシ!」

「どこ?どこ?」

「ほんとだ」

お客様の視線の先に目を向ける。

「メスですね。外に放してきます。」

そう言って、ウェイターは白い布でつまみ上げた。

「さすがは軽井沢。都会とは違いますね。」

「そうですね。まあ、田舎ですからね。夜は結構レストランに入って来るんですよ。」

(良かった。お客様は気づいていない。こいつを早く処理してしまわねば。)

「それでは、次の料理をお持ちします。」

個室を後にするウェイターは、心なしか笑顔がひきつっていた。

かれこれ10年前の出来事です。

じつは今日、ゴキブリがでましてね。台所を我が物顔で闊歩しておりました。

ええ、10年前のそれは、カブトムシではありません。ゴキブリでした。かなり大きかったと思います。いやいやいや、普通はカブトムシと間違えませんよ。
「メスですね。」って何ですか。まあ、お客様の勘違いで何事もなかった訳です。

その黒い物体をどうしたのかは、よく覚えておりません。忘れました。

台所を歩きまわるゴキブリを見ていたら、なんだかカブトムシに見えて…こない、こない。