皆さん、お久しぶりです。

9月から本業の事業立て直しの部署に異動になりまして、

アップアップしております。

 

まだまだ時間がかかりそうなのでしばらくブログ記載はお休みいたします。

 

また、そんな中でもユーチューブに興味が出ていずれアップしようかと考えております。

文字では伝えられないことを伝えたいと思いました。

 

今まで来ていただき、いいねをつけてくれた方のブログは今後も時間ある限り読ませていただきます。

 

そして、これからもご相談のほうはお休みの日に受けていきます。

 

たくさんのご相談で、記載了承得た方もありまして、皆さんのお悩みも私にとって成長できるものとなると同時に、自分も同じ悩みを持っていたという方のために、いずれそちらも上げていきたいと思っています。

 

それまで、皆さんもお元気でお過ごしください。

私も頑張りまーすバイバイニコニコ

 

 

 

続き・・・

 

退院カンファレンス当日がきました

病院での奥様は、私にすがるような様子でした

 

奥様は、先生の前ではとても委縮していたの

 

先生はパソコンに向きながら、ずっと私たちに背を向けて話していたが、最後に

 

「退院したら死ぬよ

まぁどうしても退院させるというんなら、仕方ないけどね

どうなっても知らないよ

持って、3~4か月、半年持てばいいね」

と・・・

 

なーるほど目

 

と、それまでのへ~んな空気がその時やっとわかった

先生は退院許可を出せないと言っていたんです

 

でも私は奥様のやる気と情熱を感じていました

 

在宅でのサービス事業所 手配は準備万端グッド!

福祉用具

ディサービス

訪問介護

訪問リハビリ

往診

訪問看護

口腔歯科医

 

先生は最後まで冷たかったが

それがより一層チーム一丸と奮い立たせるものがありました

 

 

退院してからの本人、奥様は、病院でお会いした時とは全く違って艶々してきた

 

本人、奥様、2人の意識が明らかに変わった

 

そして順調に1年が過ぎたころ

 

包括からは、ぜひサービス担当者会議に呼んでくれと言われました

その会議で、往診医と訪問看護より

鼻腔から胃ろうに変える提案が出たんですが

 

奥様は

「あの病院へ入院させたくない

せっかくここまでこれたのに、またあんな言い方されたくない

今はまだ・・・」

 

奥様はよくよく考え、よっぽどの覚悟をされる方

だからこそ私も担当を引き受けたのよ

そんな奥様がそのように言うのなら・・・と

 

胃ろうは一旦保留

 

そして、退院して2年後に胃ろうに変えました

 

胃ろう手術のため、2年前に退院した病院へ入院しましたが

病院ナースも先生も驚いたそうです

 

 

「病院の方々は夫がとっくに死んでいたと思っていたみたいよ

ざまぁみろ って思ったわ」ウインク

と、奥様

生き生きと私に話してきました

 

さらにその後は奥様の体調管理も含め、サービス事業所様たちと一丸となりました

 

まだまだ途中経過を書きたいけど、またいずれにしておきます

 

そして

本人様、最後は老衰でした

一生懸命生き抜きました

残された時間、奥様との良い時を過ごされました

 

奥様、息子さんたち、お嫁さんたち、お孫さんたち

みんなから看取られてのよい最後でした

 

奥様からは

「まおさんが担当でほんとによかった

夫があなたを導いたんだと思うの」

 

と、お言葉がありました

恐縮です照れけど、とてもうれしかった

 

ただ、私としてはチームが良かったと思っています

チームや家族、本人に助けられたと思っているの

 

でも、結果全員がそう思える介護ができたということ

 

このご夫妻のことは、いつまでも忘れられないですニコニコ

 

 

 

*奥様からはブログに記載する承諾を得ています
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パーキンソン病の方の担当ケアマネになった

 

病院から連絡がきて、引き受けてほしいという

 

退院できるかわからないんですが、奥様が自宅で見たいとおっしゃっているので・・・とのこと

 

情報を欲しいといったが一向にくれない

 

本人の奥様から直接連絡が入り、

区分変更したいとのことで、病院で初回アセスメントすることにしました

施設長からは

「あそこの病院ナースはきついから気を付けてね」

と言われたの

 

私は引っ越ししてきたばかりだったので、その土地のことはわからんかったのです

 

さて、当日

本人と奥様に会い、アセスメントをしていると・・・

ナースがいきなり

 

ディサービスは決まったんですか!!

訪問介護は決まったんですか!!

何も決まってないのに退院なんかさせられません!!

 

と、激しい口調で来られたの

 

なので、私も言いたいことを言いました

「あのね こっちは情報がほしいと何べんも言ってるのに、何もくれないし、胃ろうだっていうから来てみたら鼻腔じゃないですか?

どういうことですか?

サービス事業所に新規のお客様紹介したいっつうったって、どういう方ですか?って聞かれるんですよ

どういう状態かわからないのに、どう答えればいいんですか?決められるわけないでしょ」

 

と、いいました

 

ナースは無言で 引っ込んじゃいました

 

が、ナースが戻ってきて

 

「先ほどは、事情知らず申し訳ありませんでした

外部には持ち出しできませんが、ナースサマリを呼んでください」

とサマリを渡された

 

初めからそういう態度でこいグー

っつう感じでした

 

でもまぁ・・・

後から知ったんですが

その患者さんの退院は、先生が許可できないと言っていたそうなんです

なので、ピリピリ感があったんですね

 

奥様が無理くり退院させることを決めたそうです

 

そして

もちろんグッ退院はしましたよチョキ

ご逝去されるまでケアマネも4年ほど担当しました

ディサービスはもちろん行かせました

ご自宅で、家族全員に看取られました

 

どういう経過を辿ったかは、また後日にしますね

 

ではまた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男性利用者さんの担当ケアマネになった

 

息子はチャラチャラした感じ

ギャンブル大好き

お父様のお金に手を付ける

自宅へ来るヘルパーさんを手あたり次第声かけまくる

誰でもよし

 

と言われていました

 

そして、

「外で話できませんか?父に聞かれたくない話がありまして・・・」

と、その息子から連絡がありました

 

私は

「本人のいないところでの話でしたら、電話でお聞きします」

と答えたけど、しつこい!

 

それからも会社の前で待ってたり、お父様の相談でなく自分の自慢話で連絡をしてくるようになった

 

挙句の果てに、今付き合っている女性から連絡がきた

その女性は息子に引っかかった ヘルパーさんだったんです

 

その彼女から

「○○(息子)に関わらないでください!  迷惑です!!

と怒鳴り電話を切られた

 

なにいってんだか

わけわからんビックリマーク!?失敬だわ

 

地域包括へ連絡して、担当を変えてほしいとお願いしました

 

地域では有名なバカップルと言われていたそうです

 

話し合いの結果、男性ケアマネに変わりましたが

その後も息子からのしつこい電話連絡や会社の外で待つ行為があったんですよ

 

でも、うちの会社の施設長が守ってくれました

 

今は、お父様はご逝去されましたが

 

お父様、さぞあの世に行っても心配なことでしょう

生前息子様のことで悩んでいただけに・・・・・・

 

 

 

 

 

 

前回の続き

 

O先輩とは、一緒に福祉事業を立ち上げよう!!

と約束していた

 

3年後に小さいことから始める予定でした

 

O先輩は利用者さんも職員も平等に扱う方で、情が深く、相手が困っているとほっとけない方だった

 

私はO先輩から、他人を思いやるきれいな心を見せていただき、長年お世話になった

 

O先輩の夢は、利用者さんも介護員さんもすべての方からの悩みを聞き、癒してあげること

 

新事業所で「〇〇ちゃんの部屋」を作り、そこでお悩み相談をやろうとしていた

 

今から6年前、O先輩はこの世から旅立ってしまった

突然の訃報

道で倒れてそのまま逝ってしまった・・・・・・脳梗塞だったそう

 

まだまだ教えてもらいたいことはたくさんあったのに・・・と、

ふとO先輩のことを思い出して涙が出てしまう

 

O先輩からいただいたパソコンやCD、衣類等をお守りにしている

 

それからの私は先輩がいなければ何もできやしないと思い、ただひたすら生活するためだけに仕事をしていた

 

先輩は私に

「まおは、まともな考えや判断ができる人なの」

「早く上の立場になりなさい」

と言っていた

 

なんだかすごく深い意味を感じていたけど、だからってどこでも通用するもんでもないし

 

先輩のおかげで、まともな考えや判断に自信が持てるようになっただけなんですよね

 

 

でももう、そろそろ先輩の意志を受け継いでいくころかなグー

 

と思っている次第です照れ

 

まずは始めないとね

 

やらねば・・・