maisha ya raha 基金

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なんとマゴソスクールのあるキベラスラムで火災が発生しました。
スラムは住宅密集地帯。トタン屋根の質素な家がたくさんならんでいます。

マゴソスクールに行くまでの道は、人とすれ違うのもやっとなところもあるほどです。だから、消防車や消防官は行き着くことができません。

こんな感じです。家、家、家、これがずーっと広がっています。



すごい密集地帯でしょう?


現在、マイシャ・ヤ・ラハに日本中の温かいお気持ちの言葉がとどいております。
どうもありがとうございます。
ご寄付等に関しましては、現在現地の早川さんがスタディーツアーの引率中のため電波の通じにくいエリアにおります。
連絡がつき次第、こちらのブログでもお知らせいたしますので、少々お待ちください。


以下はマゴソスクール理事の早川さんからの報告です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
取り急ぎご報告します。本日12月2日の正午、キベラスラムで火災が発生しました。
マゴソスクールから少し離れた建物の電気配線から火が出てそれが引火して広がり、あっという間にその地域一体の長屋がいくつも焼けました。



マゴソスクールは図書室側の壁から火が燃え移り、図書室とコンピューター室の壁が焼け落ちました。長屋が燃えていく中、できるだけの家財道具を運び出そうとする人々が、マゴソスクールの敷地内に流れ込んできました。その人々を避難させていく一方で、混乱に便乗して盗みに入る人々がなだれ込
み、マゴソスクールは食糧、コンピューターなど、多くの重要な物品を盗まれました。
その一方で、マゴソスクールのために助けに駆けつけ、懸命に消火や物品をレスキューすることを手助けしてくれた人々が大勢いました。その中で、私たちの大切な仲間、私の長年の友人であるジョージ・オケッチが亡くなりました。彼はこれまでマゴソスクールが出してきた3枚のCDのすべてのレコーディングに参加し手助けをしてくれたミュージシャンであり、マシモニ・ユースグループのメンバーです。そしてマゴソスクールの度重なる建設をこれまですべて手助けしてきてくれた大工でもあり、また、マゴソの生徒の父親でもあります。3人の幼い子どもとまだ年若い奥さんを残して逝ってしまいました。彼はマゴソの緊急事態に最前線で動き回ってくれましたが、その直後に突然倒れ、そのまま息を引き取りました。
フリーダさんの診療所に横たわる彼は、まるで寝ているように見えて、とてもきれいな顔で、とてもおだやかな表情でした。胸がつぶれそうでした。リリアンと抱き合って大声をあげて私たちは泣きました。リリアンは相当パニックになっていましたが、でもひとしきり泣いて正気を取り戻しました。とにかく子どもたちの安全を、そして焼け出された多くの近所の人々のために緊急にできることを、全力あげてやっていきます。
マゴソOBOGたちを集めて、力を合わせて必要な手助けを総力あげてやっていくように話しました。呆然としている暇もないので、みんなで気合を入れました。
現在、マゴソスクール内には周辺の焼け出された人々が大勢避難しています。正確な数はまだわかりませんが、現段階で避難してきた人たちは300世帯ほどもいるかとリリアンのご主人が言っていました。ほとんどすべてを焼かれてしまい失った人々です。当面すぐに必要な食料を買うように手配しました。これから緊急援助をすぐに動いていきます。
給食のお母さんであるママアギーの家も全焼、そして、トニーの家も全焼でした。


       (焼けてしまった自分の家の前のトニー)

すべて焼けた家の前でたたずんでいたアグネスと弟のトムに声をかけたら、すぐにアグネスが「大丈夫だ」と力強く答えました。
あまりにも痛ましい火事の様子の写真を、ここに載せることをかなり躊躇しましたが、どのような状況か見ていただくために何枚かここにUPします。全焼した家の前でトニーとトムの写真、マゴソに避難してきている人々の様子、それと、消防車も入ってこれない狭い路地裏で人々がどのように火が広がることを防ぐ努力をしているかという様子、火が広がらないように一気に長屋のトタン屋根や壁を外していきます。その様子を写真で見てください。そして、まだ火がくすぶる中を、なにかまだ取り出せるものがあるかと探し続ける人々が大勢いました。



         (全焼した家の前のトム)


今回の火事を経験して、スラムの生活がいかに不安定で様々な危険にさらされているかを痛感しました。スラムの火事が一気に火が回るという話は前々から聞いていたけれども、まさかこのようなとんでもないスピードだとは想像を超えていました。いま貧困層がますます増え続け、キベラスラムは平屋ではまかないきれず、二階建て、中には三階建ての長屋まで出てきており、さらに人口密集度が高くなって様々な危険度があがっています。貧困ゆえに安全性が十分ではない煮炊きのための燃料や灯りの方法を使っています。でもだからといって、ここ以外にいったいどこに行けばいいと言うのでしょう。彼らは生きるためにスラムにやってきて、生きるために様々な工夫を駆使してここで生き抜いています。その人々が、こうしてあっけなく家族を失い、家を失っても、ただあきらめなければならない、何があってもまたゼロからマイナスから立ち上がって黙々と生きていく様子をいつも見ていて、彼らの人生がもっと楽になって欲しい、もっと報われて欲しいと思わずにはいられません。そのためには何ができるのでしょうか。次の時代を担う若者たち、子どもたちに、様々な学びの機会を提供していって、意識の根底から変革していくしかないと、そう思っています。
かけがえのない仲間であるオケッチを失い、警備員のオティエノさんが大きくやけどを負ってしまいましたが、マゴソスクールの教員、職員、子どもたちは無事です。
皆様いつも温かい応援をありがとうございます。このようなことがありましたが私たちマゴソスクールは皆で力を合わせて励まし合って、困難をみんなで乗り越えていきたいと思います。これからもどうかよろしくお願いいたします。

~センゲーニャの魂~


先日モンバサに滞在中、偶然あるマタンガに誘われ、友人や家族を引き連れて行ってきた。
マタンガとは慰霊祭の事で、亡くなった方の死後1年~3年後に行われる。
親族縁者やその他大勢が集まって、皆で牛やヤギや米などを持ち寄り、御馳走が振る舞われ、男たちはヤシ酒を酌み交わし、故人の好きだった伝統舞踊の楽団を呼んで演奏してもらい、四日四晩の祭りが繰り広げられる。
このときのマタンガの故人はセンゲーニャの踊り手だったので、僕の師匠であるムゼーマテラのチームが呼ばれた。


場所はモンバサの内陸部、マリアカーニの奥のとある村。乾期の最中でからっからに乾ききった丘が幾十にも連なる大地を、バイクに乗り合いたどり着くと、既にセンゲーニャのメンバーたちがくつろいでいるのが見える。
日曜日のこの日はこのマタンガの最終日。ダンサーのアリーがヤシ酒を飲みながら自慢げに右足をたくし上げながら言う。
『木曜の夜からこのジュガは一度も外していない。それが俺のコントラクトなんだ。』
ジュガとは男のダンサーが右足のすねに縛り付ける、餃子のような形をした金属製の鈴。足を踏むと『ジャキッ!』という鋭い音が鳴る。
アリーの右足には、ざっと40個以上はジュガが縛り付けてある。


センゲーニャはおよそ100年ほど前に、ドゥルマ民族、ディゴ民族、ラバイ民族の間に誕生した。
複数の伝統が掛け合わされて生まれたセンゲーニャは、様々なしきたりや垣根を取払い、民族や世代を超えて広まり、芸能という範囲を大きく超えて各地のリーダーたちが連携し合い、偉大なシャーマンを頂点に一つの大きな社会形態を築いて行った。
男たちは足にジュガ、肩には大きな羽を背負い、女たちは踊ると色鮮やかなビーズが揺れるように肩に施された赤や青の衣装をまとい、肩を振って喜びのダンスを踊る。
山を超えて行くような一体感がセンゲーニャの醍醐味だ。


焼いたヤギ肉をかじっていたら、太鼓の叩き手たちが準備を始めた。そろそろ始まるようだ。
打楽器は4人で叩かれる。チャプオという両面太鼓が2人と、4つの中低音の太鼓を自由自在に操るソゴラが1人。それにウパツという金属板を叩くのが1人。
さらにズマリというチャルメラのような音のリード楽器。祭りのクライマックスで歌をリードする。


チャプオは小型の両面太鼓で、2人一組でリズムの土台を作る重要なパート。1stチャプオが構成全体をリードし、2ndチャプオがカウンターのリズムを加え、複雑な高揚感を作り出す。そこにソゴラの4つの中低音の太鼓が加わると、まるで龍が踊るかのようにリズムがうねりだす。
知らないおじさんが満面の笑顔で1stチャプオを叩き出し、僕はそれに2ndチャプオで応じた。いよいよ始まった。


まずはダンサーたちが列になって歩き出す。一列になった男たちの足踏みとともにジュガが鳴る。チャプオ、ウパツも列に続く。
広場の角にある、故人の男家族たちが集っている所で数分演奏する。男たちがヤシ酒を酌み交わしながら、故人を思い出すための場所だ。
そのまま列になって歩き続け、次は家の中に入り、そこに集まっている故人の女家族たちの前でしばらく演奏する。
途切れる事無く演奏を続けながら、広場の中央に集まり、いよいよソゴラであるマテラが加わった。


リズムはどんどん高揚感を増して行く。まるでみんなで神の山を登っているみたいだ。
いくつもの段階を超えて行く。時間の流れ方さえも変わったように感じるのは気のせいかな?
マテラの太鼓の音が広場全体を大きく包み込んでいる。太鼓を叩いているときのマテラはホントに楽しそうだ。
1stチャプオのおじさんが、たまらなくいい笑顔をしている。2ndチャプオの僕とこのおじさんのコンビもなかなかいいじゃないか。


おじさんがリズムを変えた。クライマックスのムセレゴだ。僕もすかさずそれに応える。ウパツとジュガの音がいっそう激しくなる。マテラの鋭い眼光が光る。ズマリの音が高く響く。
興奮の絶頂であたりを見渡した。


ダンサーたちが輝いている!


みんななんて楽しそうなんだ!


広場全体が喜びで包まれている!


空を観上げた。なにか、偉大な存在が、僕たちを見下ろしているようだ。


音楽の力が、確実に見えない世界に届いている。


別の世界の扉が開かれ、繋がっている。


あーなんてすばらしいんだ・・・・





それからしばらくして、音楽が終わった。


皆笑顔が輝いていて、言葉に言い表せない幸せに包まれている。


こうやって、センゲーニャの魂は続いて行くんだ。


西の空に、金色の夕日が輝いていた。


センゲーニャの魂


先日モンバサに滞在中、偶然あるマタンガに誘われ、友人や家族を引き連れて行ってきた。
マタンガとは慰霊祭の事で、亡くなった方の死後1年~3年後に行われる。
親族縁者やその他大勢が集まって、皆で牛やヤギや米などを持ち寄り、御馳走が振る舞われ、男たちはヤシ酒を酌み交わし、故人の好きだった伝統舞踊の楽団を呼んで演奏してもらい、四日四晩の祭りが繰り広げられる。
このときのマタンガの故人はセンゲーニャの踊り手だったので、僕の師匠であるムゼーマテラのチームが呼ばれた。


場所はモンバサの内陸部、マリアカーニの奥のとある村。乾期の最中でからっからに乾ききった丘が幾十にも連なる大地を、バイクに乗り合いたどり着くと、既にセンゲーニャのメンバーたちがくつろいでいるのが見える。
日曜日のこの日はこのマタンガの最終日。ダンサーのアリーがヤシ酒を飲みながら自慢げに右足をたくし上げながら言う。
『木曜の夜からこのジュガは一度も外していない。それが俺のコントラクトなんだ。』
ジュガとは男のダンサーが右足のすねに縛り付ける、餃子のような形をした金属製の鈴。足を踏むと『ジャキッ!』という鋭い音が鳴る。
アリーの右足には、ざっと40個以上はジュガが縛り付けてある。


センゲーニャはおよそ100年ほど前に、ドゥルマ民族、ディゴ民族、ラバイ民族の間に誕生した。
複数の伝統が掛け合わされて生まれたセンゲーニャは、様々なしきたりや垣根を取払い、民族や世代を超えて広まり、芸能という範囲を大きく超えて各地のリーダーたちが連携し合い、偉大なシャーマンを頂点に一つの大きな社会形態を築いて行った。
男たちは足にジュガ、肩には大きな羽を背負い、女たちは踊ると色鮮やかなビーズが揺れるように肩に施された赤や青の衣装をまとい、肩を振って喜びのダンスを踊る。
山を超えて行くような一体感がセンゲーニャの醍醐味だ。



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焼いたヤギ肉をかじっていたら、太鼓の叩き手たちが準備を始めた。そろそろ始まるようだ。
打楽器は4人で叩かれる。チャプオという両面太鼓が2人と、4つの中低音の太鼓を自由自在に操るソゴラが1人。それにウパツという金属板を叩くのが1人。
さらにズマリというチャルメラのような音のリード楽器。祭りのクライマックスで歌をリードする。


チャプオは小型の両面太鼓で、2人一組でリズムの土台を作る重要なパート。1stチャプオが構成全体をリードし、2ndチャプオがカウンターのリズムを加え、複雑な高揚感を作り出す。そこにソゴラの4つの中低音の太鼓が加わると、まるで龍が踊るかのようにリズムがうねりだす。
知らないおじさんが満面の笑顔で1stチャプオを叩き出し、僕はそれに2ndチャプオで応じた。いよいよ始まった。


まずはダンサーたちが列になって歩き出す。一列になった男たちの足踏みとともにジュガが鳴る。チャプオ、ウパツも列に続く。
広場の角にある、故人の男家族たちが集っている所で数分演奏する。男たちがヤシ酒を酌み交わしながら、故人を思い出すための場所だ。
そのまま列になって歩き続け、次は家の中に入り、そこに集まっている故人の女家族たちの前でしばらく演奏する。
途切れる事無く演奏を続けながら、広場の中央に集まり、いよいよソゴラであるマテラが加わった。




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リズムはどんどん高揚感を増して行く。まるでみんなで神の山を登っているみたいだ。
いくつもの段階を超えて行く。時間の流れ方さえも変わったように感じるのは気のせいかな?
マテラの太鼓の音が広場全体を大きく包み込んでいる。太鼓を叩いているときのマテラはホントに楽しそうだ。
1stチャプオのおじさんが、たまらなくいい笑顔をしている。2ndチャプオの僕とこのおじさんのコンビもなかなかいいじゃないか。


おじさんがリズムを変えた。クライマックスのムセレゴだ。僕もすかさずそれに応える。ウパツとジュガの音がいっそう激しくなる。マテラの鋭い眼光が光る。ズマリの音が高く響く。
興奮の絶頂であたりを見渡した。


ダンサーたちが輝いている!


みんななんて楽しそうなんだ!


広場全体が喜びで包まれている!




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空を観上げた。なにか、偉大な存在が、僕たちを見下ろしているようだ。


音楽の力が、確実に見えない世界に届いている。


別の世界の扉が開かれ、繋がっている。


あーなんてすばらしいんだ・・・・





それからしばらくして、音楽が終わった。


皆笑顔が輝いていて、言葉に言い表せない幸せに包まれている。


こうやって、センゲーニャの魂は続いて行くんだ。


西の空に、金色の夕日が輝いていた。


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written by Masaya Onishi

皆さん、こんにちは。ケニアはスタディツアーの季節で、これからぞくぞくとお客様登場で楽しみにしています。
さて、皆さんいつもマゴソスクールの子どもたちを応援してくださってありがとうございます。
2012年のマゴソスクール財政状況をお知らせします。
「ピンチです」というお知らせで申し訳ありません。
まず結論から申し上げますと、マゴソスクールの運営にかかる固定経費の準備が、現在のところ、2012年6月末までの分で資金が底を尽きる状況になっています。2012年6月末時点での残高は、15万円となりました。

1999年からマゴソスクールを開始して以来、いろいろな形で収入を生み出してきてなんとかこれまでマゴソスクールの運営を行ってきました。
マゴソスクール現在の生徒数は388名、ジュンバ・ラ・ワトト(子どもの家)生徒数30名、有給の教員と職員あわせて31名(マゴソとジュンバ両方合計)、マゴソOBOGクラブ(高校生)50名、合計499名の大所帯となっています。

このうち、会計を4種類の窓口にわけており、
●マイシャ・ヤ・ラハ基金(http://www.maisha-raha.com )がマゴソスクールと、腎臓病カテンベ君の学費・医療費の2本を担当。
●MORO教育基金が、マゴソOBOGクラブを担当。
●NPOドゥが、ジュンバ・ラ・ワトトを担当。

として窓口になってくださっているという形です。

さて今回は、財政ピンチのマゴソスクールに関して、ご説明します。

これまで、マゴソスクールの運営費の大部分は、マイシャ・ヤ・ラハ基金を窓口にして、私が日本に行ったときのライブツアーでの収益や、グッズ売り上げ、募金箱、CD売り上げ、スタディツアー収入などでまかなってきていました。
これは主に、教職員の給料と、給食代、月額合計30万円です。

その他、建設にかかる大きな費用に関しては、ときおり、100万円や200万円などの単位での大きな募金をいただいたときに行っていました。

あとは、ナイロビでお付き合いのあるNGOやキリスト教団体を通じて、一部の生徒の支援をしていただいているのと、マゴソスクールの生徒たちの中で父兄が少しでも払える人たちに関しては、1か月に50シリング、100シリング、200シリングと、その子どもの生活状態に応じての金額を決めて支払いをしてもらっています。
その支払いで、チョークやノートや試験ペーパーなどの消耗品を購入しています。

そこで今回は、マゴソにかかる毎月の教員給料と職員給料、マゴソに住んでいる子どもたちの生活費、マゴソスクールで月曜日から土曜日に週6回出している給食の食材代、この合計 295,540シリング(約30万円)の固定運営費にしぼって、皆さんに相談に乗っていただければと願っています。

今まで、マゴソスクールでは里親制度や会員制度などは作らずに、私の個人的な募金呼びかけとグッズ販売、ライブ収益やテレビ・新聞・雑誌などの取材のお手伝いなどから得られる資金を使ってまかなってきました。
会員制度にすればもっと財源が安定することはわかってはいるのですが、私も仕事をしながらの活動ですので例えば会員さんに手紙や写真を送ったり、ニューズレターを作ったり、子どものプロフィールなどを準備して支援者さんたちにお届けしていくなどの作業をするための時間がありません。
また、マゴソスクールでは日本人のボランティアさんはお受けすることができないでいます。なぜならば、この前もお話しましたように、私自身もガンポイント強盗にあうくらいのキベラの治安状況ですから、ボランティアさんに気軽にマゴソを訪問してもらうことは治安状況的に無理です。
訪問者は、スタディツアーで来ていただくのが瀬一杯となります。(スタディツアーでは武装警官の護衛をつけています。)

そこで、私が非常に助かりますのは、マゴソスクールについて支援をしたいと思ってくださる方が、それぞれに、ご自身の地元で独自に活動していただき、例えば、「1人1回10円でごはんが食べられます・10円給食募金」をマゴソスクールの日本窓口の「マイシャ・ヤ・ラハ基金」の口座に入れていっていただく、というような形で継続的なご支援をいただくことができると、非常にありがたいです。

マイシャ・ヤ・ラハ基金には、事務所もなく有給職員もいませんので、募金されたお金は、100%、ケニアの子どもたち支援のために使われています。
マイシャ・ヤ・ラハ基金は、日本側に「ゆうちょ」の口座があるだけで、その出入金のみを管理している窓口となります。
そのため、経費はかかりませんが、そのかわり、領収書の発行や、個別の対応はしていません。ニューズレターも発行しません。
会計報告はHP上で見ていただく方式になっていて、個別に情報が欲しい方は私に直接メールをしていただく形をとっています。私が可能な限り、個別対応をしています。
あとは私が毎年、日本各地をまわっていますので、そのときに呼んでいただければ、それぞれの地方でマゴソスクールに関しての近況報告や、詳しいお話をいたします。

マイシャ・ヤ・ラハ基金には、有給の職員も事務所もありませんので、法人登録もしていません。そのせいでの不便さもあるでしょうが、反対に、募金したお金が100%、募金本来の目的のために使われる基金だということが魅力だと思います。

今のところ、マゴソスクールは6月末までの運営費をもちまして、あと残高が15万円になってしまう状況なので、この財政ピンチをなんとか乗り切りたいと思います。
ぜひ、アイディアある方はお寄せいただきたく、また、募金などでご協力いただける方は、ぜひ、ご協力のほうよろしくお願い申し上げます。
私も、4月にひとりで、そして5月~6月にリリアンとオギラ先生と、そして6月~7月に近藤ヒロミさんとポレポレツアーで、日本各地を回りますので、そのときにまたがんばって、募金の呼びかけやグッズ販売をしていきたいと思っています。

また、もしも可能であれば、この月額30万円のマゴソスクールの固定運営費(教職員給料と給食代)の窓口を、うけおってくださいます日本のNPOさんがいらっしゃいましたら、大歓迎です。
これと同じ方式で、ジュンバ・ラ・ワトト(子どもの家)の運営費に関しては、フジテレビの「あいのり募金」が終了したときに、NPOドゥさんにそのままテイクオーバーしていただきました。
このようなパートナーになってくださる、資金提供をすることを活動の主体としているNPOさんがいらっしゃいましたら、ぜひお声をかけていただけると嬉しいです。
ちなみに、マゴソスクールはケニアのインフォーマルスクール(政府からは認可されていない学校)で、CBO(コミュニティーベースの団体)として登録しています。

直接のご相談は早川千晶のメールアドレスまでお願いいたします。
chiakinairobi@gmail.com

また、マゴソスクールの募金窓口は、マイシャ・ヤ・ラハ基金まで、よろしくお願いします。
http://www.maisha.raha.com
募金の窓口:ゆうちょ銀行の普通口座
記号 10070
番号 17463211
名義 マイシャヤラハキキン

ゆうちょ口座を持っている方であれば、ゆうちょのATMで送金をすると、手数料がゼロです。
100円、500円や1000円などという少額の募金も、大歓迎です!

どうかよろしくお願いいたします。

また、私にキベラスラムや子どもたちのお話をさせていただける機会をくださる方、ぜひご連絡ください。
講演、トークショー、やらせていただけるような場所には日本中どこにでもお伺いしたいと思います。

これからも、こういう財政難も含めまして、我々のありのままの近況をお伝えしていきたいと思います。
大変なことがあっても、子どもたちのイキイキとした笑顔や、未来への夢などに触れると、まだまだがんばれる力がわいてきますね。
どうぞよろしくお願いいたします。
ぜひアイディアをお寄せください!!

なお、最後になりましたが、いまマゴソスクールが様々な形でお世話になっているNGO、NPO, キリスト教団体、会社などをご紹介します。ご参考いただけますと幸いです。このように、連携してくださいますNGO、NPOなどがいらっしゃると、非常に助かります。どうかお気軽に声をかけてください。
(注:団体名で記載しました。個人で継続的にご支援くださっている多くの方々もいらっしゃいますが、お名前はここに記載いたしません。ご了承ください。)
(注:順不同です。ご容赦ください。)

●Kibera Kids (USA)
アメリカ系の支援団体で、キベラの子どもたちをいろいろな学校で支援しているそうです。今回、マゴソスクールにも、3年生10名からスタートして、2学期目から1人につき月額1000シリングの支援をしてくださるというお約束をしてくださいました。そうしますと、1000シリングx10名=1万シリングの固定収入がマゴソに対して毎月入ってくるシステムになります。

●Riziki Kenya (France)
フランスからのご支援をいただき、小学生7名を年間7000シリングで支援してくださることを検討中。
また、マゴソの洋裁と大工の職業訓練コースも支援してくださることを計画中。

●CFCA(カソリック教会)
現在、マゴソの小学生7名に対して、年間4050シリングづつ支援してくださっています。
学校の収入として入ります。

●AMREF (KENYA)
トイレ、水タンク、女子の生理用品の支援をしてくださっています。また、教職員や子どもたちのためのセミナーも開催して、様々なトレーニングをいただいています。

●アイダホ大学(USA)、Transworld Radio(Kenya)
エドガー教授を通じて、13台の中古コンピューターを寄付していただきました。それにより、マゴソスクール内にコンピューター教室ができました。

●アマニヤアフリカ(Kenya , Japan)
http://amani-ya.com/
マゴソスクールの教職員の給料、マゴソスクールの給食、セカンダリースクールの学費支援、日本でのマゴソグッズ販売、講演ツアーの企画など、多方面に渡って多大なご協力をいただいています。

●マイシャ・ヤ・ラハ基金(Japan)
http://www.maisha-raha.com
マゴソスクールの日本窓口の口座管理、グッズの保管、販売、発送、チラシ制作、など。マゴソスクールの日本の窓口をつとめています。

●あいのり募金
フジテレビの「あいのり」という番組から発生した募金で、私があいのりの撮影コーディネーターをさせていただいていた関係で「あいのり募金」からのご支援もいただき、ミリティーニ村のムワムドゥドゥ小学校建設、ジュンバ・ラ・ワトトの初期投資と生活費支援をいただいてきました。また、それに関連して、ヒデのマサイマーケットというお店からもご支援いただき、マゴソスクールとジュンバ・ラ・ワトトに対してのご支援をいただいています。

●CHILD DOCTOR(Kenya, Japan)
http://www.child-doctor.org/
マゴソスクールの子どもたちが病気になったときに診ていただいています。そしてセカンダリースクール入学時に提出が義務づけられている健康診断を、無料でご協力くださっています。

●サイディアフラハ(Kenya, Japan)
http://www.geocities.jp/hiroki_site/saidia/
8年生を卒業した生徒で職業訓練校に進学する生徒のご支援をいただいてきています。

●MUDEF(Japan)
http://mudef.net/
マゴソスクールのグッズ購入、マゴソスクールをご支援くださるためのカレンダー、マグカップなどの制作・販売、教室の建設費用、ジュンバ・ラ・ワトトの修理費用、セカンダリースクール生徒の学費など、多岐に渡ってご支援いただいています。

●NPOドゥ(Japan)
マゴソスクールの机、椅子、戸棚などの家具、および、ジュンバ・ラ・ワトトの生活費支援をいただいています。

●MORO教育基金(Japan)
http://sky.geocities.jp/moro_kyoiku_kikin/
マゴソOBOGクラブのセカンダリースクール進学、職業訓練校進学のための学費支援をすべて取りまとめて窓口をしていただき、資金的なご支援もいただいています。

●たのしい地球(Japan)
マゴソスクールの給食支援、および、セカンダリースクールの学費支援をいただいています。

●Peace Boat (Japan)
船内での募金運動やグッズ販売でご協力いただき、マゴソスクールの4教室の建設を行いました。その他、早川千晶が水先案内人として乗船させていただくたびに、募金やグッズ販売、スタディツアー企画などのご協力をいただき、その収益をマゴソスクールの運営費とさせていただいています。

●工房アマム(Japan)
http://amamu.ti-da.net/
マゴソスクールのグッズ販売、講演会の企画、募金の窓口など、沖縄での窓口となってくださっています。

●アサンテナゴヤ(Japan)
http://asante-nagoya.com/
マゴソスクールの机、椅子、教科書などの支援をいただいています。

●毎日新聞社、世界こども救援キャンペーン
http://www.mainichi.co.jp/osaka_shakaijigyo/main_enterprise/npo_child.html
マゴソスクールをベースにキベラスラムでの取材をしていただき、マゴソスクール近所のFrepals
Clinic and Maternity Home
に救急車のご支援と、マゴソスクールに対しての募金をいただきました。

●ケニア壁画プロジェクト2010
http://www.miyazakingdom.com/paint-it-project/
マゴソスクールの新校舎の壁を塗るためのセメント代と壁画をご支援いただきました。

●まさよし夢基金
http://masayoshiyumekikin.web.fc2.com/
セカンダリースクールの学費支援をいただいています。

●M.U.M
ジュンバ・ラ・ワトトに10個のソーラーランプのご寄付をいただきました。

●(株)たびせん・つなぐ
http://www.tabisen-tsunagu.com/
ケニアスタディツアーの企画でお世話になっています。スタディツアーを実施し、マゴソスクールとジュンバ・ラ・ワトトへの収益を生み出してくださっています。

●JIWE
大西匡哉と早川千晶のCDプロダクション。マゴソスクールとジュンバ・ラ・ワトトの子どもたち、マゴソOBOGクラブと共にCD制作と販売を行い、マゴソスクールに収益を寄付しています。


早川千晶