前回、息子が自閉スペクトラム障害であること、そして自閉症とはなんぞや、について語りました。

そして そのタイプや度合いは様々だ、と。





息子は、こんな感じでした。



※発達障害の特徴として現れる症状は、ある年齢で限定的に見られ その後消失し、成長とともにまた違う問題が現れてくることも多いといいます。

年齢的な一時期なものだった、今大丈夫だから正常であると結論づけるには少し短絡的であり、当時の年齢においての遅延や異常が見られた場合は、その情報も診断の大切な鍵となるそうです。



なので、下記に 過去を含め年齢ごとの息子の特徴を記しておきます。




●赤ちゃん時代

首座り、寝返り、お座り、つかまり立ち、自立歩行、すべて平均ど真ん中。
健診異常なし。
よく目が合い、よく笑う。
離乳食もなんでもよく食べる。
人見知り、後追いがまったくない。


総合的な印象として、いつも愛想がよくニコニコしている 育てやすい赤ちゃんだった。
今思えば人見知りがなさすぎるのが怪しく、まさに赤ちゃんから出ていた特徴だった気がニヤリ



●1歳

外やスーパーなどで走り回る。
手を繋いでくれず、ちょっと目を離すと行方不明。
一歳半健診で単語が少なめと指摘あり、その後も2歳まであまり変わらず。
「コップ持ってきて」などいう指示は理解している。
指差しあり。バイバイできる。
相変わらず人見知りなし。
子育て支援センターなどでは、お友達と関わらせても特にトラブルなし。


一人目なので、こんなもんかと。言葉が遅いのもあまり気にしていなかった真顔
愛想はいいが、人の呼びかけに反応はあまりよくないというか、何かに夢中で聞こえてない感じが多い。



●2歳前半

「ブーブー」「ガオ(ショベルカー)」「ワンワン」や、「まんま(ごはん)」「ちゃっちゃ(茶)」など、好きなものを見たときや 必要なものを単語でたまに言うくらい、あとは宇宙語や奇声で感情を表している。
2歳3ヶ月で初めて 「ママ」と言う。
2歳6ヶ月で初めての二語文「ちゃっちゃ、ほしい」。

支援センターなどの皆でやる手遊びやダンスにまったく興味なしで、離れて一人遊び。
相変わらず店で走り回り、母から離れても不安がない様子。人見知りなし。



●2歳後半

基本 2語文で話せるようになる。
簡単なこちらの質問に答えたり、少し会話がつながる。
相変わらず落ち着きはないが、手を繋いで外を歩けるようになってくる。
幼稚園プレで皆と同じことをせず一人遊び、脱走を繰り返す。
初対面の人に、人見知りのそぶりを見せる。


3歳直前になり、はじめて人見知りの兆候が出るびっくり
これまでは初対面でも こんにちはと言われればニコニコと答えていたのが、黙って目を反らすことが増える。



●3歳(前半)
3~4語文で話せるようになる。
しかし会話があまり噛み合わない、人の話を聞かないのが目立つ。
発達テストで 約一年の遅れを指摘される(IQ76)。
プレでは相変わらず脱走や一人遊びだが、少しずつ座っていられる時間が増える。
名前と年齢が言えるようになる。



●3歳(後半)
4~5語文で話せるが、やはり一方的で会話になりにくく、質問に対して内容がオウム返しなことが多く回答に信憑性がない。
3歳半で療育スタート。
3歳半健診、特に指摘課題なし。
プレや療育で、座って課題をこなすことができるようになる。
友達と一緒に走り回る。特にどのお友達が好きとか特定の感情はない、受け身で穏やか。




入園までは、このような感じでした。



今思えば、人見知りがなかったことや 言葉が遅かったこと、人の呼びかけへの反応薄く、集団遊びへの興味がなく、自分のしたいことに夢中なマイペースだったことが特徴だったかなと。


しかしこれらは、単体で見れば幼児の性格や別の原因からくるものもあり、また成長過程であり短期間で大きく変わる可能性もあり、これがあるから発達障害 と直結する要素ではないのです。




だから、この時期は様子見とさせる時期でもあり、まだまだ気づかれにくい時期でもあります。


2~3歳で診断がつく子もいますが、その場合はもっと幼少から顕著な症状が表れているか、親が何かしら不安を覚えて早期に行動を起こした場合に限られるかと思います。

いずれにせよ、想像を超えてあまりの育てにくさに母親が耐えられなくなるパターンが多いかと思いますゲッソリ





多くは、自閉スペクトラムが顕著に現れてくるのは本格的に集団に入ってからだと思います。


それはやはり、社会性の問題がが浮き彫りになり、そして何より 同年代の子どもと比べられる機会が増えるから。





子どもの成長を 他人と比べてはいけない。

よく言われています。私も思っていました。




でも、今は ある程度比べることも必要かなと思います。

比べて 出来ていないと責めたりするのではなく、平均的なものがどんなものか知り、遅れている可能性があるのか知るというか。

遅れているなら、それが子どものこれからの集団生活に影響してくるのか、対策すべきなのかを考える。





とはいえ周りにいる子が平均的発達の子どもとは限らない。

比べる対象もまた、みな個性的であり 一長一短あるので難しい部分でもあります。





私がオススメするのは、自分の持てる時間の多くを 子どもを誰かと交流させることです。

公園、子育て支援センター、散歩など、人と交流できる場を多くもつことです。



見えてくるのは、我が子のコミュニケーション能力、他の子どもたちのコミュニケーションや言葉のレベル、他の子どもたちの遊び方と、集団への興味、他の母親からの情報。


もちろん、公園遊び中 ずっとそんな目で見ている訳ではありませんがにやり



たくさんの人と接するほど 自然な形でいろいろ見えてきて、我が子が心配するレベルなのか、なんとなく勘が働いてきます。


集団に入ると、園でお友達とどう過ごしているのか 自分の目で確認する機会がまったくなくなるので、そこを補います。




また、交流が増えることにより 自然とコミュニケーションの場数を増やすことになり、社会性のトレーニングとなります。親の気晴らしにもなります。




お仕事をされていて子どもと過ごす時間が限られる方は、保育園の先生に 社会性の発達について少し気になると 自ら相談してみるのも良いのでは、と思います。



保育園でも幼稚園でも、先生は保育のプロではあっても発達関係の専門ではありません。

それは前提なのですが、見てきている幼児の数が圧倒的に多いのです。



また、特に保育園では 生活時間が長いこともあり、親に代わって子どもの発達の遅延などに気づきやすく、また保育中の困りごとを先生が実感する機会が多いと思われます。


ただ、何か困りごとを感じていても よほどでない限り「お子さんの発達が心配です」などと いきなり親に切り出すのはなかなか難しく。



以前にも書いたように、我が子の発達に問題があることを受け入れられず、相談や検査などを拒否する方も実際に多く、トラブルを招きかねない例もあるので園によっても対応が違うようです。

(もちろん そういった親御さんの気持ちとして、個性として子どもを受け入れて色んな経験をさせてあげたいという親心の一面でもあると思うので、間違っているという訳ではありません。)



だからこそ、自分から「心配である」と申し出ておけば、先生も気にかけてくれるし 気がかりな点は小さな情報ももらいやすくなるのです。

保育のプロの目から、多数の子どもたちの集団のなかでの行動を客観的に見てもらえるというのは、とても大切な情報です。






早期対策が素晴らしく 遅れればもう手遅れ、という訳ではなく。

なるべく早い方が 色んな対処がしやすいのです。





①子どもが育てにくく、育児がつらい。

②異常なのか正常なのか、わからない。

③発達が心配だが、どうしていいかわからない。

④もし発達に問題があるとしたら、まだ受け入れる覚悟ができていない。

⑤発達障害と言われたが、受け入れられない。

⑥発達障害児との向き合い方を模索中。





私は今、⑥の段階です。




育てにくさを感じてから約2年、私にも①から順に そういう時期がありました。

療育を始めた時点である程度覚悟ができていたせいか、⑤だけはなかったのですがニヤニヤ




相談~発達検査~療育開始~診断~就学決定の流れを、子ども自身にまだ自覚がない幼児期に済ませられたことは、ある意味大きいと思っています。



大きくなり、子ども自身がいろいろ理解する時期に、そういった機関に連れ回すのは なかなか大変だと思うのです。



療育って何?

なんで僕だけ療育に行くの?

僕はみんなと違うの?

病院って、僕は病気なの?

自閉症って何?





このような疑問や不安を、どう子どもに説明し理解させるのか、という難問があります。

どちらにせよいずれ、告知の問題は出てきますが、少なくとも小学生以下である程度済ませていた場合は、子どももたいした疑問も抱かず 生活のなかに取り入れてくれやすいかと思います。



親自身が 発達障害を勉強しながら、段階を経て心の整理や療育や通院をこなして生活していくなかで、子どもへのフォローも必要なのです。

それが、新生活と重なったり、思いもよらぬ時期に突然指摘されたりすると パニックになりがちかと思います。


だからこそ、早期に気づいて少しずつ対処していければ、親子ともに心の乱れに倒れることなく過ごしやすいと思われるのですウインク