父は、昨年の秋 お空の上へ
骨折をして老健に入ってから、たった半年でした。
96才、大往生っていうのかな。
ずーーーっと、心身共に強い父でしたが
夏頃、急に熱が出て肺炎に罹ってしまい
併設の病院に入院することに。
それから病状が悪化してしまい
口から食べられなくなって…
ベッドから起き上がれなくなり……
弱っていきました。
ある日、延命治療を望むか
望まないかと、主治医の先生に聞かれて
父の尊厳死を望む手紙があったこともあり、
家族で話し合って、主治医の先生に
「自然に任せてお願いする」ということに
なりました
…そして過剰な点滴などをせずに
やっていきましょうね〜と言われた矢先…
心不全で危篤となり亡くなりました
でも最後はほとんど苦しまなかったようで、
穏やかな顔をしていました
⟡.·*.··············································⟡.·*.
なんか今でも時々さみしくなって
わたしのスマホの着信履歴から
時々父に電話かけてみています…。
でももう話せないんだよね
父は、最後までしっかりしてるほうで
冗談言ったりいろいろ話せて楽しかったな。
心身共に、本当に強い父でした
最後まで、いつも「元気かい?」と
わたしに気を遣ってくれてたね
本当にありがとう
(*´∀`*)b
*不思議なことも、ありました。
ちょうど四十九日の頃
父が夢に出てきて、「ありがとう」と
言いに来てくれました…。
こちらこそ、
ありがとうだよ

父は、かなり歳がいってから結婚して
わたしが生まれて、ずっとずっと
「可愛い、可愛い〜〜〜」と
可愛がってくれてましたよ
⟡.·*.··············································⟡.·*.
父がまだ赤ちゃんのとき(生後1ヶ月・昭和5年)
父のお父さんが病気で急死してしまったそうです。
ちょうど戦時・戦後と、日本が波乱のとき、
父は、お母さんと弟(お母さんが再婚して生まれた)を
命がけで、支えて生きてきたようです。
新しいお父さんも病気で又すぐに急死したらしくて。
昔は、保険もなくてお薬もなかなか手に入らなくて
病院へ通うことも大変だったようです
でもなんとか終戦になったけど、
戦後も悲惨で、配給が足りず、
毎日、食べ物が足りなくて大変だったようです。
親戚を頼り、何10kmもの道の山を越えて
田舎の農家へお野菜を分けてもらいに行ったり
自宅では鶏を飼って、畑も作ったそうです
🥬
受験勉強のときかな?
都会は空襲警報などで、自宅のランプを
消さないといけなかったそうで、そんなときは
近くの駅へ行き、駅の灯り
が点いたこともあり
そこで父は勉強をしていたそうです。
大空襲のとき、アメリカの焼夷弾が次々と投下され、その一つが、父の家の屋根をつき破り、畳に刺さり、父は、布団をかけて燃えないようにしたらしいです。たまたま不発弾だったのでくすぶっただけで家は燃えませんでした
その時、父のお母さんは、父の弟(まだ赤ちゃん)を
背中に背負って
田舎へ疎開してしまったので、
父は独りぼっちで家を守るよう言われて
残されていたのですね…。よくがんばったね。
学校も休校になって、学校で子どもも働かされたり
訓練もあって、本当に大変な時代だったし…
でも父は、勉強だけは誰にも負けないと決意して
見事、国立大学の経済学部にトップで入学できたそうです。当時の国立大学は、今よりもっと難関だったと言っていました

父は、母子家庭ということもあり
学長さんに懇願に行き、学費は全額免除してもらい、
卒業後は、東京で職に就くことができました。
親孝行できたと言ってました〜
でも大学在籍時には、スポーツも好きで、
短距離の陸上選手として国体に出たり
ラグビー部の試合の応援選手としても
なかなか活躍していたらしいですよ。
足がとても速かったから、ラグビーは、
ボールを持ってゴールへ駆け込む役割だったと!
父はタックルが怖いからと、より速く走ったそうです
そしてわたしの母とは、父が卒業した大学のゼミの教授が主催する、社交ダンスクラブで出会って、一目惚れして結婚。母はバイオリンを弾いたりスキーをしたりのお嬢様だったので、父の憧れの格差婚ですよ…
適齢期はかなり過ぎていたようですがね…。
そして、こどもが3人生まれて
父親になれた!!…いっぱい苦労してきたからこそ?
嬉しさもひとしおだったのかな?
今まで生きて育ててきてくれて
ありがとう!
わたしは父から聞いた戦争の悲惨さを
こどもや孫にも伝えていきたいと思います
もっといろいろあるよ…。
自国の有益を最優先ではなく
お互いに歩み寄って、思い遣って
弱いものを守り、世の中みんな助け合って
仲良く暮らしていきたいものです
なかなか難しいのかな?
♡.*・゚┈┈┈┈゚・*.♡
卒寿のお祝いのとき、わたしの娘の旦那さん(左)と!
似顔絵をプレゼントしてもらって
すごく喜んでいた父でした![]()
藤井 風 / 満ちてゆく
わたしも 妹も 弟も
孫も ひ孫も。。。
父の軌跡のひとつ…![]()
藤井 風 / へでもねーよ・piano
風kunのピアノは優しく力強いね。
推し活ちゅ![]()

