黄色と嘘と可能性。 | こころꔛ‬和む。

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直傳靈氣・・禅タロット・インナーチャイルドカード・タッピングを日常で使いながら日々を創造中

昨日の朝だったか、夜明け前だったか「黄色」ってワードが浮かんできました。

 

そしてそれを感じてみると、「黄色を欲している?黄色に包まれたい?」という感覚でした。

 

黄色をイメージしてみると安心感が私を包むようでした。

 

最近はそんな風にふと浮かんでくるイメージや感覚があって不思議なのです。

 

そしてそれらのイメージが目の前に実際に現われてくる。

それが昨日は本でした。

 

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出先の書店で目に入った黄色の本。

月や占星学、星座や二十四節気のこと等が書かれた本で、以前からそんな本を読みたかったので即買いしました。

 

そして今日も黄色が気なっていて今日は何もする気が起きずにいたのですが、以前に学んだことがあるカラーセラピーのテキストを取り出して黄色の意味を調べてみました。

 

そこには【自分の人生を生きる】ということの自由、と書かれてありました。

 

その他にも【自分のやりたいことに目を向ける】

第3チャクラの【個人として確立すること】とも。

 

あ~そうか。

 

今日は或ることから何もする気が起きずにいました。

何もする気が起きないと言っても遣らなければならないことはあります。

 

それを終えてまた、ポッカリと穴が開いた空間を眺めているような気分に戻りました。

 

力が湧かない。

創り上げていこうという強い気持ちが何ぼも足りない気がする。

私の奥深いところには在るであろう創造力を出せない。

 

 

 

私ってじれったい奴だ!!

 

 

仮面の下に隠れている私を表に引きずり出したい衝動にかられた。

 

人の目を気にして、いつまでビクビクしているんだ?

 

自分に嘘ついてどうする?

 

自分を裏切るのか?

 

自分を置き去りにしていくのか?

 

この間は自分を信じていたって言っていたじゃないか?!あれは嘘だったのか?

 

自分を置き去りにしたまま、どこへ向かう気だ!

どこにも行けやしないぞ!

どこにも居場所なんて見つけられないぞ!

 

泣いて終わる人生を選びたければ、このままそこで泣いてりゃいい。

 

 

こんな言葉が繰り返し聞こえてきた。

自暴自棄になったような私だった。

 

 

 

 

 

その声が静まると、無性にあるブロ友さんのブログが読みたくなってきた。

昨年からブログを読ませていただいている。

 

 

過去記事から読み始めた。

 

 

読み始めて直ぐにグイグイ引き込まれていった。

 

力を文章から感じる。

 

その方の人生がそこに在る。

生き様がそこに書かれていた。

 

私の人生ではないのに、疑似体験しているような感覚になってきた。

 

不思議と、自分に力が湧いてくるのを感じながら読み続けた。

 

 

 

そして私にもそんな力があるんだろうか?と肯定的になってくる!

疑いではなく力がみなぎってくる。

 

 

なんてことだろう。

 

 

さっきまでのあの空しさはどこかへ消えてしまった。

 

 

呆気に取られたまま【今の私へ】で、禅タロットを引いた。

 

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嘘で凝り固めても息苦しさを感じて苦しくなるのは自分。

生きる気力を失って自暴自棄になって、それでいい?。

嘘つきのレッテルを自分に張り続けて生きたかないだろ?

 

さぁ仮面を外して自分を見せるんだ。

 

自分の人生に背中を向けて生きるより、今まで生きてきた時間の中で受け取ってきた沢山のギフト(経験)を今度はそれを必要としている人に届けてあげればいいのさ。

 

怖れを解いてやってみたら、自分にもできることがあったことに気づける。

 

そしたら今度は小さかった自分を空から眺められるようになる、きっと。

 

 

 

禅太郎にそう上げてこられては実践あるのみ。

やらなきゃ始まらないし何も変わらない。

 

 

心細さはかなりある。

 

頼りない自分を支えるものは、今、湧いてきた力だけ。

 

持っているものは使わなければ現れない。

 

でも湧いてくる力は私の肉体と同期している。

共に在る。

 

 

心細さは独りだという思い込み。

 

思い込みは恐ろしい。

それに支配されかねないから。

 

だから思い込みだと気づいている自分に気づくことが大切。

 

 

 

いつもブログを書いていて思っていたことがある。

どうして私は断言できないんだろうって。

 

〇〇だと思う。っていう文章が多すぎる。

そこに違和感を持っていた。

 

文章を上手く作ろうとかではなく、○○だと思う、って、自信の無さを自分で自分に突き付けているようで嫌だった。

ブログを書きながら嫌でたまらなかった。

 

そりゃ確かに、それもそのまんま、その時の私なんだろう。

 

しかし嫌だから止めていく。

 

 

 

 

昨日、購入した本が目の前にある。

 

黄色が光を放っているみたいに見えた。