市役所の判定員さんが来てから、母は

なかなか思うように移動ができない。

 

でも、おむつをしつつもトイレで用をたそうと頑張る母

 

可動式の手すりをレンタルし、壁や柱に手すりを付けた。

何とかそこをつたって部屋の目の前のトイレに行った。

 

私は変わらず、母の着替えや入れ歯を入れてやったり、おむつパンツを履かせることをやり

母が食べやすい、そして食べたいものを作った。

もちろん私たちとは別メニューで・・。

食べ物は、思うように動けなくなった年寄りの☆最後の砦☆ではないか

と考えている。

 

 

訪問ドクターにも、料理は全然苦じゃありません!

と言った。

 

ある日ケアマネさんが、ヘルパーさんを遣いましょうと、母がショートステイから帰ってくる前に契約していた。

母が帰宅した。ショートステイで思うようにならなかったのか、切れていた。

 

又だ!と私は思った。でも、その切れ方のあまりのひどさにケアマネさんは唖然とした。

そう、母の私にしか見せない顔だ。あまりにもひどい・・

ケアマネさんの目があったから、私は初めて客観的に母の切れ方を知った。

 

そう、私はこれに何年も苦しめられてきたんだ。

 

急速に体が老化した母の、面倒を看るだけならこらえられたのか!いっぱいいっぱいだったことは確かだけど・・

 

でもこの切れられた母をなだめ理由を聞きだすのが、とてもとても大変だった。

それからも、急にあれもこれも悪口が続いた。いつもの母じゃない。

そんな悪口ばかり聞けない。聞けないから、やめて!って言ったけどなかなか、終わらなかった。

私は壊れてきた。

 

担当者会議で、ケアマネ、デイ、ショート、介護用品や、そしてドクターが集まった。

現状を話すのに涙で、声が詰まってしまう私がいた。

 

担当者たちは、母を尊重してくれていた。ただ、ドクターは、見抜いていた。

アルツハイマーですよ。物忘ればかりじゃないのがアルツハイマー

昼夜逆転も、暴言も、抑うつもそうなのだとか・・。

 

そうだったんだ、それを私はボケてだけいない!!って信じていた。

頭が正常なのに、ボケ扱いされたり、気が付くから、切れると思っていた。

じゃなくてアルツハイマーだったのか。

看護婦さんが「それを知ったことで、娘さんにとっては第一歩ですね」と言ってくれた。

 

涙が、涙が、私はもう限界だった。

 

ドクターの意見書で、要介護5とされたらしい。

 

今は、それを聞いたショーステイ。人気でなかなかロングで取れなかったのに

大丈夫ですよ、二部屋空きが出ましたから・・と、ということでショーステイに行っている。

 

たまには帰ってこないとイケないんだけど

ドクターが、娘さんが回復するには、かわいそうと思っても、続けて預けてくださいと、言った。

 

 

先日一時帰宅した母は、とても安定していて、皆に良くしてもらった。

私はあっちで生活するねと言った

 

私は、なんか胸につかえていた大きなものが、取れたようなそんな感じになった。

 

 

そしてそこに併設されている特養に申し込んだ。