ゾワワワワ
今までにないくらい、緊張。
来る、やって来る、その時が
20分後、ピンポーン
インターホン越しのしんさん。
笑ってる、、、
このまま、ピッて、切りてぇ(口悪い)
『ただいまー』
『おっ、、おかえり』
挙動不審すぎる私。
一緒に頑張ってきた、
前向きに捉えてきた、
痛みにも必死に耐えてきた、
親子連れが死ぬほど羨ましく見えた、
多額のお金も投入した、
だけど、だけど、
この時代の医療では、
私たちが子供を持つことは難しい。
それを、私が伝えなければならない。
たった三行のメール。
しんさんが落ち込んで、
仕事にいかなくなるんじゃないか
生きるのがつらくなるんじゃないか
私といる意味がわからなくなるんじゃないか
鬱になるかもしれない
お酒に溺れるかもしれない
彼にとって子供は、なによりも会いたい存在だから。
昔、お見合いで出会った女性は40台前半。
しんさんは、子供が欲しいと言った。
何も考えず、ただそう言った。
『私は、今から産むなんて無理。望まれても困る。』
と、彼に言ってお付き合いを断った。
そして、39歳の私と出会った。
年齢はあんまり変わらないけど
でも、最後の力を振り絞ればいけるかな、と、軽く考えた
しんさんも、すぐに子供はできるだろうと。
それに39なら産めるだろうと。
『三人欲しい』
何のためらいもなく、しんさんは言った。
なのに、
そのしんさんに私が伝える言葉は、、、。
会心の一撃になることは間違いないから。
『マヤちゃん、難しい顔になってるけど。調子悪いあ、まさかご飯無いとか』
しんさんの不思議そうな、アルパカ顔を見ながら、今は言えねぇと思った。
そそくさとご飯を並べ、
いただきます
『しんさん、今日は仕事大丈夫だった』
はは。しらじらしい
『ふつう、かな。ま、腹立つこともあるけどね』
よしよし。機嫌は悪くない
『マヤちゃんは今日も、ゴロゴロ』
『そう、ゴロゴロ。ちくしょーしとらんわい』
ここまではいつもの会話。
あとに延ばしても良いことはない
息を大きく吸った。
『しんさん、先生からメールきたよ。』
『なんの?』
『不妊治療の。』
『ああ。時間かかったね』
『ホント、腹立つのよ迷惑メールに、振り分けられてたんじゃないかってさ』
あえて怒ってみせた。
『で?なんて?』
『セルトリ細胞遺残症候群っていう、よくわからないけど、ひとつの細胞に不具合があって、不妊になってるらしい。』
『へぇ。』
『細胞レベルの問題だから、難しいって。』
私は一番言えない言葉を、
卑怯だけどメールをそのまま見せた
しんさんは、じっとメールの文面を見ていた。
たった三行。
すぐ読めるはずの、三行。
長い長い時間、見てた。
先生の、
『お役にたてず、残念です。』
その言葉がすべて、だ。
たくさんの症例を見てきた先生が、
さじをなげた。
難しい、と。
しんさんは、
『そっか。』
としか、言わなかった。
予想どおり、セルトリ細胞って何だろう、とは聞かなかった、、、
しんさんは、夕食のハンバーグをひと切れほおばる。
私も、牛乳を一口
『わかった。細胞が生き返ればいいわけね。』
あ
耳を疑った。
『え?聞こえなかった』
『だから、細胞が働けば、自然妊娠も可能ってことでしょ簡単な結論だね。』
全身のチカラが抜けた。
あまりに抜けすぎて、めまいがした
『原因がわかってよかったね、マヤちゃん。頑張りどころがはっきりしたね』
そう。
こんな人。
私の愛するアルパカ似の旦那様は。
頭悪そうなこと言うけど、
ちゃーんと考えてる
「逡巡」<しゅんじゅん>しない。
しんさんの目標らしい。
難しいでしょ?
意味わからん、と思っていました
調べると、
【少し悩んだり迷ったりするのではなく、深く考え長いことぐずぐずしている様子】と。
つまり、いつまでも、クヨクヨしないこと。
いろんなことに時間はかかってしまうけど、
クヨクヨ悩み続けることはしない
それがしんさんだ。
ま、楽観主義すぎるところもあるけれど、
だから私は救われる
石橋を叩きまくって壊して、渡れなくなる私と
渡るのに時間はかかるけど、確実に前に進むしんさんと
しんさんの後ろなら、何とか恐れずに私でも挑戦していける気がする
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たくさんの人が、不妊で悩んでいらっしゃると思います
どうして私ばっかり
そう思ってしまうのは当たり前のことです。
悪いことした訳じゃないのに、と。
でも、何にも悪くない。
だって、大切な生命の誕生を心から願い、
その子を幸せにしたいと心から思える人だからです
ただ、いろんな病気と同じで、
こればっかりは事前にわからないことが多いから
立ち向かうしかないのだと思います。
私はしんさんの子供だから欲しいと思いました。実はそれってほんとにすごい事なのではないかと思っています
世の中、離婚や虐待、いろいろな問題がありますが、、、。
そんな中で、40直前で、高齢出産とわかっていながらも、子供を抱けることを夢見て前を向いて歩ける主人と出会えました
たくさん泣きました
たくさん悩みました
たくさん怒りました
たくさん、、、笑いました
普通に妊娠して出産した人には味わえない経験をしました。
手術も乗り越えました。
結局、ハッピーエンドではないね、と思われても、私たち二人にとっては、かけがえの無い一年半でした
痛みは、自分が実際に経験してみないとわからないと思います
でも、この不妊で悩む人は、できれば少ない方がいい。
これを読んでくださっている方が、
少しでも笑顔になれますように
心からお祈りいたします
できれば、私たち夫婦とは異なる結果になることを。
でも、今なら言えるな。
強くなるための試練をありがとうございました。しんさんと本物の夫婦になることができました
しんさんは、私を選んでくれました。
今度は私が、しんさんを選びます
また、生まれ変わっても夫婦になりましょー
でも、その前に、もう一回奇跡を起こしましょー
【今日のえんま帳】
『はい、あんたたち、来世も夫婦ね。』
by えんま。