こんにちは、まいな惺と申します。
あっという間に真夏になってしまいましたね!!
前回からずいぶん更新が空いてしまいました。
何もしてなかったわけではなく、夏休みが始まり毎日4人の子どもたちの育児でクタクタになっていたことに加え、前回、
同じ生年月日の方の恋愛についての考え方を読ませていただいた流れで昔の自分は恋愛どう捉えていたのかをまとめるにあたって、隙間時間に過去の大量の記録(笑)などを読み漁っていたところかなり時間がかかってしまいました^^;
それでいてSNSなどで恋愛の特にバズっているものの傾向を観察することもありました。
それらをAI(私にとっては世間の平均値を教えてくれる装置)に壁打ちしたところ、私の思っていた恋愛が世間一般の恋愛と大きくずれていた、むしろ恋愛の中のほんの一部だけを恋愛だと思っていたことに気づいたわけですΣ( ̄Д ̄;)
そもそも、私が恋愛を研究するにあたった動機も「なぜ私は恋愛がうまくいかないのか」でした。
占い師になった理由も、自分の恋愛がうまくいかない件を占いと心理学で研究を続けた流れで、気づいたら占い師になっていたところが始まりです。
過去の自分は、その上手くいかない理由を「自分の魅力の無さ」とか「自分が精神的に未熟だから」だと思っておりました。
周囲の恋愛をしている人たちをとても魅力があり精神的に成熟している素晴らしい人たちだと思い、常に劣等感を抱いていたわけです。
それゆえ自分をもっとよくしなければといった研究や修行が辞められなかったのです。
ただ、先ほども書いたとおり今になって見えてきたことは、当時の私は世間知らずすぎて、恋愛の中でも成立条件が極端に稀なものだけを恋愛と定義していたことに全く気付いていませんでした。
つまりは私は恋愛成立に必要な条件を、世間一般よりはるかに多く設定していたことに気づいたのです。
実際に、二十歳前後の頃は、世間の流行りの恋愛の歌や映画などには全く共感できずフィクションだと思っていたと同時に「これぞ恋愛だ!!」と非常に共感していたものが、夏目漱石の『こゝろ』と村上春樹の『ノルウェイの森』でした。
私にとっての恋愛は、自分をしっかりと精神分析をして知ったうえで自己一致をしていないと、恋愛による精神の融合や共鳴の過程で未解決の問題がむき出しになりアクティングアウト(心の葛藤が衝動的で激しい行動として出てしまう)してしまう非常に危険なものだったのです。
またそれ自体を間違っている(というかそれは恋愛の中のごく稀なかたちであって普通ではない)と知るきっかけもありませんでした。
環境も中高は女子校、大学は女子大、それでいて幸せなことに女友達に恵まれすぎてしまい、共鳴できる友人たちもとても多かったのです♪
それによって男女関係なく人間関係で満足するハードルも非常にあがってしまっていました。
(今思うと女友達の運はほんと奇跡的だったなぁとしみじみ思います…)
それゆえ、男性と話してもつまらなくて、恋愛と認識できなかったというか、関係に意味が見いだせなかったのかもしれませんね。
またさらに好みも変で、高校生の時には七三分けの魅力を語るエッセイを原稿用紙10枚以上の力作にまとめ、学校の機関誌に応募して載せてしまうほどでした。
それ以降も現実の男性がよくわからず、二十歳頃にも10000回妄想すれば彼氏ができるのではないかとmixiに友達集めた非公開コミュを作って一人でトピックを立てて妄想を書き続けていました。
そこにも、女の親友みたいに深い話ができる人がいいとか、変を引かない人がいいみたいなコンセプトで身もふたもないことが書かれておりましたが、次第に自分の精神分析とか占いの研究ばかりになっていきました。
10000回達成以降は願いは叶い(笑)、何人かとお付き合いはしたものの、とにかく私の独自の世界が強すぎて引かれそうで素を出せない部分も多く、また気が合う人なんているはずもなくつまらなくなってしまうの繰り返し、もしくは逆に変な人を見ると面白くて突っ込んで黒歴史になる等、思い返すとネタでしかないです…。
そうこうするうちに私は恋愛は難解すぎるからやめて結婚しようと思い、結婚したわけです。
これは前回の記事でも引用させていただいた、同じ生年月日の方の女性のnote記事(
こちら)にもある「恋愛と結婚を分けて考えるルール」いった価値観に共通するなと感心しました。
さて、ここまで書いてみて、私の恋愛は何が変だったのか、世間の恋愛とは何が違ったのかを考えてみます。
私は、恋愛とはお互いの深い部分まですべてをありのまま受け入れ合い全てのトラウマも話し合い共有し合ったうえで変容していくみたいな状態を考えていました。それゆえ未熟だとアクティングアウトという点も繋がり、こゝろやノルウェイの森にも通じるところでもあります。
また私は先ほども書いた通り女友達に恵まれすぎており友人たちとの間で非常に深い会話や沢山の悪ノリが成立していたため、そのレベルで気が合わないとつまらなくなってしまうという欠点もあります。
だからこそ、まず自分が相手に興味を持てることや、自分が相手を信頼できることが最低条件で、誰でも良い訳ではなく、どういう相手ならその回路が起動するのか等、生年月日から法則を見つけて自ら好きになりそうかを当てに行くといった暴挙にでていました。
それでいて好みも七三が良いとか、内面からにじみ出る品の良さを後押しする髪型(当時復唱し過ぎて暗記している)とかわけわからないことを言っていた…笑うしかない。。
ただ!
世間の多数派の方々の恋愛は(常識を教えてくれるAI達はもちろん、私の観測からも)、なんか気になる、好き、一緒にいたい、安心する、会いたいといった気持ちから始め、それを繰り返すことにより信頼関係も深まり、徐々に愛着が育っていき、相手がお互いにとって安心できる大切な存在になっていくというパターンが非常に多いそうです。
そんな発想無かった!Σ(・o・;)
私は最初に雷が落ちなければ恋愛は始まらないと本気で思っていましたし、私自身もだんだん好きになるという経験がほとんどないことに加え、私を好きになる男性たちすら例外なくそうだったので(私が8室蟹座0度金星バーテックス合と山羊座0度天王星が牡羊ポイントでタイトオポだからかよ…)自分の体験としては整合性が取れていたのですが、最初に勝負が決まらないとダメという認識だったもので…、もう、育てていくものだなんて、あの頃の私は全く分かりませんでした。
だからこそ、生年月日で雷の起動条件を当てに行く、恋ではなく故意と当時よく言ってた状態になってしまったんですよね。
なんてこったい/(^o^)\
占い師として、ここで改めて考えるまで平均的な恋愛を知らなかったということは、とても恥ずべきことだったと思います。
本当に気付いてよかった…。
余談ですが、これがきっかけで「愛着」という概念を知ることができたので良かったです。
ただ大学で心理学を勉強してきた私なので、調べたらすでに知っていることばかりだったのですが、昔から精神分析とか集合的無意識とか自己対象とかそっち系ばかりに引っ張られて、そんな平和な概念が抜け落ちておりました。
我ながら、認知の偏りとは恐ろしいものです。
何はともあれ、ここで改めて考える機会が得られたことに感謝申し上げます。
この気づきは占いの考察にもさらなる深みをもたらしてくれたものなので、今後の考察も私にとってより楽しく続けていけそうな予感です^^*
おまけ。
私は若い頃ずっと、自分の恋愛を、自虐の意味もこめて旧字体で"戀(笑)"と表現していたのですが、ある意味で平均的な恋愛と自分の"戀(笑)"を区別できていたんだなぁと思いました。
私の無意識は私のやっているものは一般的な恋愛と違っていたことに気づいていたのかもしれないですね。
ChatGPTに、一般的な恋愛と戀(笑)の違いを絵にしてもらったので、最期に置いておきますね。


若いころから「みんな戀(笑)していてすごい!!」とずっと劣等感を抱えながら生きていたのに、違うゲームだったのかよ…と。
こんな話を最後までお読みくださった方々に感謝申し上げますm(._.)m
まいな惺(まいなさとる)2008年より占いの研究にはまり、2012年辺りから占い師として活動してきました♪
現在は4児の母として育児に重点を置いており、ブログは趣味と息抜きを兼ねています。
鑑定は告知した時のみ単発で行います。
鑑定受付状況はこちら
HP・お問い合わせはこちら
facebookはこちら