©︎ヤマウチシズ先生
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本日5月3日は京都ホームズ
真城葵のバースデーということで
ほんのり甘いSSを書き下ろしてみました。
よろしくお願いします✨

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「へぇ、真城さん、ここでバイトしてたんだな」

それは、大学一年の初夏。
骨董品店『蔵』でバイトをしている際、たまたま同じ大学に通う天野という男子学生が私を見かけたようで、店に入ってきた。
彼は同じゼミの仲間であり、また関東から来ているため、話すことが多い。

「うん、高校の時からね」

私はカウンターの上に彼のコーヒーを置く。彼は「サンキュー」と椅子に腰を下ろした。

「天野くんは、観光?」
「そう。まだ、京都に来て間もないし、あちこちふらふらしてるよ。真城さんが京都に来たのは、高校の時だったっけ?」
「うん、高校一年の二学期から」
「それじゃあ、もう京都に詳しい?」
「詳しいってほどでは……京都は奥深いから」
「だよなぁ。大学でもさ、こっちの人って『一回生、二回生』って言ってるから最初戸惑ったよ」

それはすでに私にとって『当たり前』になっていたことだが、そういえば自分も最初戸惑ったのを思い出して、小さく笑った。

「分かる。あと、コーヒーフレッシュとか」
「そうそう、フレッシュ!あと、スーパーはフレスコ、本屋は大垣書店、パン屋は進々堂とシズヤと東京では馴染みのない店ばかり!」
「言われみれば……」
「特にフレスコは、高くね?」
「高級なものが置いてるよね。私は『なかむら』ばかりだよ」
「『なかむら』?」
「洛北高校近くの」

あー、と彼はうなずく。

「真城さんは、すっかり、根付いてるんだなぁ」

どうだろう? と私は肩をすくめた。

その時、カタン、と二階で音がした。
彼は少し驚いたように天井を仰ぐ。

「二階に誰かいるの?」
「このお店の人が、在庫を調べていて」

ホームズさんは現在、松花堂庭園・美術館で修業をしていて、『家頭誠司展』に向けて動いている。そのため、よく『蔵』にも訪れていた。
今彼は、二階で展示会に出展する作品をチェックしているところだった。

「真城さん、今度、京都の町を案内してくれないかな」

少し前のめりになった彼に、私は思わず動きを止めた。
おそらく天野くんは、純粋に私に案内してもらいたいだけだろうけど、同じゼミの男の子と二人で出かけるとなると、ホームズさんは嫌な気持ちになるだろう。

「あ、ええと、ゼミとみんなと一緒なら」
「二人きりじゃ抵抗ある感じ?」

ここで、『彼氏がいるので』というのは、自意識過剰に思われてしまうだろうか?
いや、でも、言っておいた方が話が早い。

「彼氏がいるから……」

そう言うと天野くんは目をぱちりと開いたあと、小さく笑う。

「いや、大丈夫だよ、そういうつもりで誘ってないから」
「だよね、そうかと思ったんだけど」
「ゼミのメンバー、みんな地元民だし、真城さんなら、観光客目線での京都を案内してくれそうだと思って」

まぁ、言っていることは分からないでもない。だけど……。

「でも、やっぱり二人きりでは、ちょっと」
「真城さんって、真面目なんだね」

天野くんは拍子抜けしたように言って、頬杖をつく。
ノリが悪いと思ったのか、少し不機嫌そうだ。

「あ、ええと、真面目というより……」

その時だ。

「すぐ近くに、その彼氏がいるからですよ」

スーツ姿のホームズさんが、階段を下りながら、そう声を上げた。
天野くんは弾かれたように振り返る。

「彼氏が近くにいるのに、他の男性に誘われたら、どうしても困ってしまいますよね? なんと言ってもその彼氏──ああ、僕のことですが」

と、ホームズさんはカウンターの中に入って、私の肩にそっと手を載せて、引き寄せる。

「とても嫉妬深いんです」

にこり、と笑ったホームズさんに、対面に座る天野くんの顔色がなくなっていた。

「そそそそそれは失礼しました。いや、ほんと、他意はなかったんですけど、うん、彼氏は嫌な思いしますよね、当然です。ほんと、すみません、失礼しました」

天野くんは目を泳がせながら早口で言って、逃げるように店を出て行った。

「……他意はなかった? そうやないから、逃げ帰ったんちゃうの?」

彼の姿がなくなった後、ホームズさんは薄く微笑みながら、ぽつりと洩らす。

「……他意がなくたって逃げますよ。ホームズさん、すっごく黒いオーラ出してましたもん」

私は苦笑して肩をすくめる。

「おや、そうでしたか? 笑顔で応対したんですが」
「悪魔の微笑みでしたよ」
「それは失礼しました」

さらりと答えるホームズさんに、私は小さく笑う。

「それにしても、僕が側にいなかったら、OKしていたんじゃないですか? 葵さんのことだから『きっと下心もないだろうし、京都案内くらいいいかな』と思ったでしょう?」
「下心はないと思いましたが、ホームズさんが側にいなくても、断ったと思いますよ」

はっきりと言うと、ホームズさんは少し驚いたように私を見下ろした。

「もしかして、意外だったんですか?」
「少し……葵さんは警戒心なく人と付き合うところがあるので」

たしかにあるかもしれない。

「複数ならOKですけど、二人きりなら行きませんよ。だって」
「だって?」

「……ホームズさんが同じ大学の女性と二人きりで出かけたら、私は嫌だなって思いますもん」

こうした嫉妬心を知られるのは、恥ずかしい。
目を合わせられずにいると、隣から『ゴンッ』と大きな音がした。
驚いて顔を向けると、ホームズさんがカウンターに突っ伏している。

「ホームズさん!?」
「あかん、葵可愛い。ほんま、あかん。ここは店でまだ営業時間中や」

ホームズさんは突っ伏したまま、拳を強く握っている。

私がそっとカウンターに手を置くと、彼はその手をギュッと握ってきた。

「……店が終わったら、デート、できますか? デートていうか、はよ二人きりになりたい」

静かに問うた彼に、私は顔が熱くなるのを感じながら、そっと頷いて、その手を握り返した。


それは、少しだけ懐かしい想い出。

〜Fin〜