私は父との付き合いがあまり得意ではありません。

物事を見る視点が違うし、とらえ方も違うし、発想も思考の展開の仕方も、とにかく私と全然違うので、ちょっとした会話をするにも必要以上の労力がいるように感じます。だから会話をすること自体が億劫で、なるべく話しかけないし、話しかけられても聞こえない振りをしてしまうこともあります。

例えば、いつもは翌朝の分まであるご飯がなくなっているのを見て、朝一番に台所に入って、朝食も済ませていた父に「昨日のご飯はもう残ってないの?」と聞くと、「どうしてご飯がいるのだ?」という。

「ご飯が欲しいから」
「○○(息子)はいつもパンを食べるだろう」
「ご飯はあるの?」
「パンが無いのか?」
「パンの話はしてない。ご飯はあるのか知りたいの」
「昨日の夜、最後にご飯を食べたのは母さんだから、母さんに聞けば?」
「今朝、最初に台所を使ったのはあなたでしょ?今朝ご飯は食べたの?」
「冷凍ご飯を食べた。昨日のご飯は探してない」
「なかったから冷凍のを食べたんでしょ?」
「探してないから知らない。母さんに聞け」

朝には、いつものところにご飯がなかった。その事実を話すのがどうしてそんなに嫌なのか私には理解できません。

旦那さまは、父と私のこんな会話を聞くとおかしくて仕方ないと言います。他人のかみ合わない会話は面白おかしいでしょうね。でも、冗談でやっているわけではなくて、一事が万事こんな感じだったら誰だってイライラすると思うのですが、私が短気なだけなのでしょうか?

旦那さまと父は少し似ているのだと思います。だから、笑えるのです。今のところ、まだ予備軍ですが、片鱗はみえています。だから、父よりのコメントをすることもよくあります。私の「私が聞きたいこと以外しゃべるな」という態度がいけないと言います。

父は、相手の状況や、相手がどう取るかということに配慮して言葉を選ぶことが出来ません。そんなコミュニケーション能力の欠如があるために、母が病気で寝込んでいるときに思いついた唯一の言葉が「夕飯はどうするんだ?」だったんだ、と教えてあげました。別に母に嫌がらせをしようとしたわけでもない、照れ隠しと冗談交じりと無事を確かめたい気持ちがこの言葉になったのだと。

そういったら考え込んでました。少しは旦那さまの「父化」を遅らせることに役立ってくれたらいいのだけど。