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美しく知的、上品で華やかでありたい私の独り言

あれもこれも、欲張りな自分にとって、その時その時であるべき優先順位をつけて行動することは

必須の課題でございます。


欲しいモノは多いし、やりたいことは多いし、インプットするべきことは多いし、そんな自分をふと思う。

もしかして、あたし要領悪いんじゃないかしらん!?


自分なりの観察&分析を経て得た結論は、要領というより余分なものが多いという想定内の事実。

本や雑誌、ノートやスクラップを含め、「紙」類が多すぎな気がする。あ、手紙や年賀状もあるね。


他のものはバンバン処分できても、知的な部分や頑張った自分の証や思い入れがあるものは、

たとえペーパーと言えどなかなかポイできません。

電子ファイルにするのも一案ですが、その手間あったら捨てるわよん。

ということで今まで見て見ぬふりしていたちょこまか作業を、日々少しずつ行うようにしています。


少数精鋭の(?)紙類が美しく完璧にファイリングされ、使いやすい状態になっている会社や人を

発見すると、ジーっとガン見してその映像を頭に焼き付けます。

あ、これは自分が憧れる人やなりたい姿を見たときも同じです。


新しいアイデアの創出や、なりたい自分になるためには、想像力が必須で、その想像力は、

日々自分が出逢い接する人やモノ、環境により養われるのでしょう。


自分で整えられる環境は、自分で何とかしなくてはですね。

ついこの間までピンクだった千鳥が淵も、葉っぱがにょきにょき出てきました。

これから5月にかけての新緑の季節は、空気が浄化される気がして思わず深く息を吸い込みます。


珍しく昼間外をテクテク歩いて気がついたことは、エリアや場所により好・不況がくっきりだということ。

おうちの近くや、静かなオフィスエリアにひっそりある素敵レストランは、あ~れまぁ~の大盛況☆

普段男性に囲まれて過ごす時間が多いので、マダム達がずらっと占める空間は、圧巻・・・


どんな状況においても、サバイブする力が欲しい。

必死こいて生き残るという狭義の意味だけではなく、それもありか、と受け入れる器、

それも面白いかもね、と思える好奇心、自分で工夫して、楽しく生きる術を見つけ、学び、

色んなことに応用・展開させていく力。


絶対、とか、これじゃなくちゃ、というのは、実際にはそうでもなかったりすることが多い。

自分が知っていること、身を置いている世界の狭さを認識してこそ、

what's next, へぇ~それいいね、you, やっちゃいなよ、に出逢えるのでしょう。



今日またひとつの節目をむかえました。

自分が思う以上に、アグレッシブかつチャンスに貪欲であることに気がつきました。

そしてチャンスに恵まれていることにも・・・


ワタクシは年齢の割に人より転職回数が多いのですが、今回と今までとで違ったのは、

去り際に全く未練がなかったということ。

それは必ずしも否定的な意味ではなく、また嫌でせいせいしたという短絡的な感情ではありません。


与えてもらったチャンスや経験、素晴らしい出会いには素直に心から感謝しつつ、

気持ちは完全に次へと向いていると言ったらよいでしょうか。


人生には忍耐や我慢も時と場合により必要なことはありますが、気をつけなければいけないのは、

それらを行動しない自分の言い訳にしていないかということです。


時間がたてば状況は変わる(eg:あいつはそのうち失脚する、誰かが何とかしてくれる)と待つのは、

ひとつのオプションかもしれませんけれど、生き急ぐワタクシにはない発想です。


話は変わりますが、人の本性って面白いな、と思いました。

「名刺」だけを拠り所にする人、腐っていても「長いもの」に巻かれる人、一見「ふわふわ」してる人。

どうでもいいけど、行き着くところ、類は友を呼ぶ、であることを実感です。


明日からは、次の節目へ向かいます。

まだまだ自分が知らない場所、訪れたことのない場所が、世界にも日本にもたくさんあります。

ということで、心身ともによくも悪くもプチ疲労気味だった今週、こんなところで生気を養ってきました↓


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ワイルドな波の音が心地よく、胸の奥のがさがさしたつっかえを一掃してくれます。


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リゾートの海とはまた一味違う、松と岩と海岸の組み合わせに、日本独特の情緒がありますね~。


生きていると必ずしも自分の落ち度ではなくても、理不尽なことに直面することもありますわな。

向き合うべきことと、必ずしも真正面から向き合わなくてもいいもの。

絶対の正解は存在しないなか、周囲のオピニオンやアドバイスを素直に冷静に受け止めつつ、

最終的に決めるのは自分。自分をまもるのも、自分。

今日、生まれてはじめて「訴えるぞ」とやんわり脅されたのよ、あたくし。

思わず冷静に、「それ、法的根拠ありますか?」なんて返しちゃったけど、

あまりにも気分が悪くなって、一応その道の人に聞いてみた。


「んなわけないだろっ」と一蹴してくれたので、ホッとしましたが、何ともなぁ。。。

2日前には穏便にクローズできると思ったのに、手のひら返したような態度に急変。


喜ばしい状況のはずなのに、このせいで家に帰っても気分暗くなってしまったので、母に電話。

いつもは穏やかなママが、もしそんなことがあったら最強の弁護士つけなさい、と言ってくれたので、

元気出た(笑)。プラス、それくらいの嫌がらせ、予想してたでしょ、と。


そうなの、ワタクシの悪いところであり、まぁまぁいいところでもあるのだけれど、

嫌な人の嫌な部分を、時間がたつとすっかり忘れてしまうのですよ。

で、改めて、あ、そうだっ、嫌な人だったんだ!と思い出すの。。。


嫉妬や卑屈感というのは、多かれ少なかれ誰にでも潜んでいるし私にもありますが、

その度合いが強いほど、結局は自分を許せていない、認められていないんじゃないかと思います。

一番苦しいのは本人だと思うけど、とばっちり受けちゃう周囲もめんどくちゃいね。