喜怒哀楽が表情にわかりやすく出てしまいやすいあたくしは、つとめて怒らないようにしているつもり。
んでもって、よく言えば表情豊かともいえるが、そういう子供っぽい自分を脱しようと、
なるべくいつも平静でいるよう努力してるつもり。あくまで、つもり。byあたしの基準で。又の名を俺流!?
自分では複雑系だと思っているのに、ヒジョーにわかりやすい性格らしいあたくしめは、
自分が思っていることを、最近妙にいい意味で先読みされているなぁ、と思うことが多い。
全然そんなこと触れてないのに、なんでそこに質問がいくかな、みたいな感じ。
ある意味とても嬉しいことであり、セレンディピティに通じていく部分もあるのだけれど、
もし自分がきちんと引き寄せているのであれば、それはそれで喜ばしいことでありまする。
今日、あるお仕事がひと段落して、あとはもう結果待つのみ~の状況になったので、
飲み行くか♪と思いながら帰社して席についたところで、ナ~イスなdrinkメールが
ご近所バーにて、帰りの心配なく飲めるってのは素晴らすぃです。よって今ちょっと画面が揺れております。
心地よい疲労感でヨレていたあたしの今日の英語はいつにも増して破壊的で、
それ以前にロジカルからは程遠い思考が露呈していた。
こういうときは、表情にあらわれる我が単純思考に感謝でござる。もちろん、相手の理解力にも。
野生の勘と感情と、ほんのちょっとの行動力で生きている単細胞の自分にとって、
自分が知らない世界や、自分にはありえないチャレンジングな行動力で生きている人って面白い。
流されるというのとは少し異なるのだけれど、インスパイアされやすい自分の感受性は、
頑固で好奇心を失ったよどんだ空気を発して生きている類に分類されなくてよかったな、と思う。
類は友を呼ぶ、といいますが、もしそれが本当なのだとしたら、
「お友達」と思ってもらえているかどうかは別として、いい出逢いに恵まれていることに感謝です。