ぽよよ~んと過ごした3連休もあっという間におしまい。
実家ではいつも以上に崩壊気味になる出戻り姉さんに、弟はコンシェルジュのごとく仕えてくれます。
弟はサヴァンではないけれど、音や人の動きに非常に敏感かつ私達が区別できない聞き分けができ、
また一度こうしてね、と言ったことは必ず覚えています。
私に入れてくれるコーヒーの濃度&クリーム量は完璧、ワインの注ぎ方もソムリエ級です(あは、アネバカ)。
あたくしの離婚や今の生活、父の死をどう理解しているのかわかりかねるのですが、
一度として前夫の名前やお父さんという言葉を口にしないところを見ると、
私が思う以上に色々な事を理解しているのかもしれません。それに我慢強い。
時折、じーっと父の写真コーナーを眺めていて、特にちょうど5年前の最後の家族旅行となった写真を
食い入るように見ています。
最初の大きな手術で覚悟を決めていた私たちにとって奇跡のようだった温泉旅行は、
結果的に4人の最後の泊まり旅行となりましたが、きっと弟の記憶にしっかり刻まれているのでしょう。
今既にある嫌な状態が継続している弟に、追い討ちをかけるように背中に腫瘍ができてしまいました。
ただでさえ大変な思いをしている母と弟を見て、ある部分の責任を感じている私は自己嫌悪に陥る。
弟の背中のガーゼを変えながら、ふと父の背中を思い出す。
2回目の手術で人工肛門になった後、再発が体を蝕んで、背中にもありえない形で姿を表した。
激痛だったはずなのに、力を入れて耐えていた背中は今の弟のそれと重なる。
新しく引っ越した新居で、疼痛に耐えながらも過ごした3ヶ月は、辛いけどでもれっきとした思い出。
その後病院で過ごした4ヶ月も辛かったけど、それも忘れ得ない思い出。約2年半の辛い闘病も思い出。
実家のマンションのコンシェルジュの方で、本当に癒しのような素敵な笑顔の女性がいる。
まだ移り住んで間もない頃、すでに疼痛で歩くのに不自由だった父に優しい言葉をそっとかけてくれ、
福祉タクシーの入庫、父が最期自宅に戻ってきた時のゲートの管理にも手を貸してくれた。
今も実家に行く度に、いつも変わらない笑顔を向けてくれ、そして母にかけてくれるちょっとした言葉。
必ずしも深い会話を交わさなくても、支えや励みになってくれる存在。
私は人に対して、そういう笑顔、態度で接することができているだろうか。
ひとりがんばっているつもりで、色々な人に支えてもらっていることを忘れてはいけない。