https://diamond.jp/articles/-/351309
この記事は週間ダイヤモンド、経済雑誌の記事の一部です。
いま、悪い意味でのToo Hotな阪急電鉄の創業者です。
一三翁は、戦時中、商工大臣をしていて、公職追放令で政財界から追い出された方でもあります。
私は一三翁自身には会ったことはありませんが、お嬢様であるサントリーのゴットマザーと云われた方に10代、20代の頃に年に数回はお目にかかり、お話もさせていただきました。
一三翁のお嬢様よろしく厳しい方でした。
早くにご夫君を亡くされ、傾いていたサントリーを裏から支えた方なので。いつしかサントリーのゴットマザーと呼ばれでました。
まさに傑出した方でした。厳しい。大変厳しい方でした。
ご子息は、高校は国立大学附属に進み、そのごは、私の大学、神戸大学の先輩であり、かつ私の在学中に客員教授として教鞭をとられていました。
ゴットマザー様は、ご子息に、お金持ちにありがちな慶應義塾や成蹊、成城といったお坊ちゃんルートを通らせなかった烈女でもありました。
私にも、身内に関西私鉄(阪急以外の)経営者で、私を扶育してくれて、教導してくれた翁がいましたが、サントリーのゴットマザーとご子息には敬意を抱いています。
そんな立派な一三翁の娘と孫がいる一方で、大本の阪急電鉄、宝塚歌劇団はあの体たらくです。
やはり米三さん亡きあと、他家に移ってから阪急電鉄のスローガンは空念仏になったのだろうな…とつくづく思うのでした、