さて、一連報道やSNSを見ると以下の分類になるかな~?


1.宝塚が無条件に好きな方々は、早期の公演再開に歓喜する。

2.宙組に推しがいる人も歓喜する。
3.パワハラ行為とされるのはなかった、ねつ造だと主張して、上級生は悪くないという人も歓喜する。

4.下級生を舞台に立たせてあげたいと願う方々も歓喜する



しかしながら、亡くなった方への哀悼を表明している方々は少ないように感じる。


とくに1.~3.に当てはまる方は。


一方で、以下の観点で公演再開に疑問や怒りを主張する人もいる。

5.パワハラを認めていながら阪急電鉄、宝塚歌劇団の対応は鈍く、社会的に問題があると指摘する方々がいる。

6.さらに踏み込んで、パワハラの実行者が懲戒されていないのは、世間一般企業のあり方と比較して、社会的に許されないとする方々がいる。

7.そもそもが、ご遺族、故人の悲痛な思いを、阪急電鉄、宝塚歌劇団は分かっていないと主張する方々がいる。


では、どちらが世論を味方にできるのか?社会的倫理観に照らして、賛同を得られるか?となると、

5.~7.が圧倒的に賛同を得やすいだろう。


そこでだ、自分の姉妹、子弟、子女が同じ憂き目にあったら、1.~4.の方々は、自分のいまいまの態度を、他人がしていたら許せるだろうか?


決して、容認はできないでしょう(苦笑)。


どちらも表現の自由があるから、各々が主張するのはよい。だけど、自分の身に置き換えた場合を考えているかどうかは、人としての生き方、人間性を垣間見ることにはなるでしょう。


さて、当事者は何を思うのでしょうか?