あけましておめでとうございます。


今年は災害とか、あまりないといいですね。

皆さまに幸多い年でありますように。





以前、福島近辺の作物や魚を食べるのに、ちゅうちょするという記事を書きました。(「ザ・風評被害 」)


被災地に方々は頑張っているし、放射能の検査も重ねて重ねて行っているでしょうし、国の発表でも問題がなさそうだし。


それでも、何を信用してよいかわからない私たちは、「買わない」と判断するしかない。



というような内容でした。




つい数日前、鮮魚売り場に牡蠣が売っていました。


パックにむき身がつめられているものです。


パックだと、鍋に使うような加熱用が多いのですが、その牡蠣はなんと「生食用」!



うそだーと思いつつ、大ぶりの牡蠣が8個も入って600円前後で、思わず購入しました。



私は牡蠣が大好き。


その他魚介類もホントーに好きなのです。




帰宅後、ちょっと水洗いして、とりあえず1つをポン酢で食べてみました。



これはこれは、ありえない衝撃!


とんでもなくおいしかったのです。


飲み屋さんで、三杯酢でもみじおろしがのっている、「おいしいね~」と思わずつぶやいてしまうレベルです。




なんだなんだ、と思って、捨ててしまったパッケージを拾って見直してみます。


オゾンマイクロバブル洗浄をしている・・・・ふむふむ


宮城県女川町!




敬遠していた地域のものでした。


しかも貝なので、なんだか蓄積されていそう・・・



でもおいしすぎるし、ちょっとHPをみてみよう。







・・・そのHPを見て、自分の考えがいかに浅いかを思い知り、恥ずかしい気持ちになりました。




HPには、嘘ひとつない、今の状況がかかれているように思えます。


放射能の検査もされているし、どうにかこのおいしい牡蠣を、みんなにまた食べてもらいたい、という気持ち、本当に心からそう思っているだろうことが伝わってきました。


そして、「放射能検査成績書」というものも閲覧できるようになっていました。




実際に食べて、牡蠣好きの私が言うのだから間違いないです、おいしいです!


パック詰めされてるだけで、おいしさ半減な気分がありましたが、まったくまったくそんなことナシなのです。


とても丁寧な洗浄で、「磯臭さがない」と記載されていましたが、たしかに私の好きな磯臭さは若干薄れている感じがします。


それでも、しいて言えば、のことですね。




この牡蠣のおかげで、少しずつかもしれませんが、また被災地のものを食べていこう、という思いになりました。


正直言うと、もっと他に疑うべき食物があるのでは?と思ってしまったのです。




本当に、女川の牡蠣を食べてもらいたい、と真摯に思う気持ちが伝わってきました。


お金だけが欲しいわけではない、「ちょっと食べてみて!絶対おいしいし、絶対安全だから!」という気持ち。




また、見かけたら購入します。


いや~それよりも取り寄せてしまう気がします。


神奈川で生牡蠣を食べようと思っても、ちょっといいトコに食べに行かないと食べられないですからね。




年も変わったことですし、自分の意識も変えないといけないところは思いきって変えないとな!


と思う次第です。




全然まわしものではないのですが、載せちゃいます

すばらしくおいしかった!もので・・・


牡蠣の販売元

http://www.kaki-marukin.com/

20歳頃から、眠る瞬間が苦手でした。



音が聞こえる、声が聞こえる


何か見える


体がかたかた揺れる


等々が非常に多いからです。



見えたり聞こえたりした瞬間、やはり目覚めてしまうことが多いので、あー眠れないしちょっと怖い・・・と思います。


眠ろうとする瞬間、非常に感じやすい状態になる、とはよく聴きますよね。


スピリチュアルの世界では。



完全に「無」に近い状態なのだな、と思います。





聞こえるもの、見えるものは



誰かの名前を呼ぶ声


カシャーンとかピンポーンのような音


けっこう怖い誰かの顔



が多い気がします。


「うわ、コワっ!」と入眠状態から出ることもしばしばです。


ゆうべは、たしか笠をかぶった人でした。



一晩寝てしまうので、ほとんど忘れてしまうのですけれど。




特に私の霊感だとかいうことでもなく、そのあたりに漂う人の思い等が主なものなのだろうと思っています。



こんな話題出したことがないけれど、みんな、そんなことないのかなぁ?


2012年から2013年くらいまで、他のブログをたちあげていました。


そちらは削除しましたが、どうしても残しておきたい記事があるので、少々手直ししてこちらにアップします。



忘れてはいけないような、気がしています。




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小中高と、私には記憶があまりない。


学校は好きではなかったけれど、それなりに楽しいこともあったはず・・・なんだけれども、本当に印象的なできごとしかおぼえてない。



中学の友人と話していると、そんなことあったっけ?とよく思う。




そんなことを最近考えたりして、いろいろ関連付けて昔の記憶を思い出してみた。


よーく考えると、ポロポロ出てくる。




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その中で強烈に思いだしたこと、小学1年生の時に友達だった、えりちゃん。


小学校に入学したての、春から夏くらいまでよく遊び、確かえりちゃんのおうちの近くで遊んだりもした。


桜の木がたくさんある、ちいさな公園。


そこに面したアパートに、えりちゃんは住んでいた。




夏の終わりくらいから、学校に来ていなかった気がする。



その年の秋か・・・もしくは年が明けた春に近い頃か。


担任の先生が、泣きはらした顔で、朝の教室に入ってきた。




そして、えりちゃんが亡くなったことを、みんなに知らせた。




骨肉腫。


よくわからなかったが、6、7歳の私の脳にその単語は残った。




その後、えりちゃんのお通夜に、クラスの2名が代表で行くことに。


「仲の良かった人は?」


と担任が聞き、クラスのみんなが、私を見た。


確かによく遊んでいたが、私なんかより、もっと他に仲良かった子がいたのでは?

と、思ったので


「えー仲良くないよ!」


と言ってしまった。




結局、私が一番仲が良かったみたいで、お通夜には行った。


お墓のあるお寺も、おぼえている。




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実は20年くらい、えりちゃんのことは忘れていた。


なにかの拍子でフルネームを思い出し、その後はたびたび思いだす。



顔も思いだせる。


お母さんに似ていて、くちびるがぽってりしている。


おとなしく、でも朗らかな子だった。




えりちゃんは、6年くらいしか生きられなかったんだ、と思うと、死に対して、なんの感情もなかった当時の私の発言が、本当に本当に悔やまれる。


病気だったことも知らなかった。


お見舞いにも行ってない。


きっと、学校のこと、もしかしたら私のことも思いだしたかもしれない。


病院のベッドの上で。




もっと生きたかっただろうなぁ。


ご両親は、生きた心地がしなかっただろうなぁ。



どちらの気持ちも、少しは想像できるようになり、今になって胸がいたむ。