シンガポールで3人子育て&庶民的駐妻ライフ
  • 08Apr
    • 昔の経験を今に生かす

      むかーしむかし、20年くらい前の大学生の頃のこと、とても記憶に残っていることがあります。それは、母の友人のご厚意で、葉山のヨットハーバーに停泊しているヨットに乗せてもらったこと。よく晴れたいい天気に、何時間かヨットで遠乗りに行かせてもらいました。確か、初めての経験でした。そうしたら、夜に、なんと海が大荒れになったのです。空には月が見えて晴れているのに、海だけが荒れる現象でした。そんなこともあるのだそう。ジェットコースターよりも激しくヨットが波に上下にさらされ、不規則に叩きつけられる。死んでもおかしくない、凍りつくような経験でした。そんなとき、同乗していた数人の年配の大人がワッハハッハ!!と笑い出したのです。そんな状況で!!私は、素直だったのか、つられてワッハハッハ!!波で上下に落ちるときも、すごく楽しそうに、こんな経験はなかなか出来ないな!ヨットは沈まないから大丈夫!!と言って安心させてワッハハッハ!と。私は、つられて一緒に笑うしかありませんでした。でも、笑ったら怖さがどこかに飛んでいきました。で、無事に生還しました。後から、あのとき、初心者の私が泣き叫んでいたら困っていたよ、、と母に同乗していた人が言っていたそう。つまり、私を元気づけるための、みんなでワッハハッハ作戦だったそうです。あの晩のことは、不思議に鮮明に覚えていて、すっごく怖かったのに、自分で怖くなくする方法というのを学びました。怖いというのが自分の気持ちなら、それをコントロールして怖くなくすることも出来るんですね。今の状況、明日の予定も立たないし心細くなりますが、なぜかあの晩のことを思い出すのです。なぜなら、気がつくと気持ちが暗くなりそうだからです。そうすると、子どもたちまでなんとなくイライラとしてしまう。なので、今度は私がワッハハッハ!!と笑って、子どもたちを安心させてあげたいと思っているのです。なかなか難しいですけれど。自分で自分を元気にして、それが家族にも伝わってみんなでニコニコ過ごせますように。朝には、フルーツをたくさん食べて元気をつける!!

  • 07Apr
    • Circuit Breaker中の目標を立ててみる

      今日からシンガポールは、 Circuit Breakerに入りました。これから毎日の目標を書きたいと思います。○ラジオ体操を毎日する!これは、朝にやると身体がほぐれて良い感じでした。You Tubeで、このラジオ体操の音楽を聞くと、夏休みのような気分に戻るから不思議○子どもたちの好奇心を伸ばす!この機会に、小学館の図鑑を購入して、DVDを見せてみたら、子どもたちが熱心に見ていました。家にいても、世界の不思議なことを見たり読んだり出来る時間はプライスレス!子どもたちの教育に、自分なりに取り組んでみようと思います○一日に一度はウォーキング!籠もる毎日ですと太りそうなので、食べる量を調整して適度な運動もしたいと思います。太らなかったら、自分に勝ったことになるような、、ま、ただでさえ、ストレスがたまる日々なので、あまり無理せず。とりあえず、3つを頑張りたいと思います。

  • 06Apr
    • オススメなアイスクリーム作り

      外に出るのも好きですが、実はうちにいるのもキライではありません外に出ちゃいけない、というのは気持ち的に多少窮屈ですけれど、、でも、昼下がりの日曜日。何か楽しいことをと思いついたのが、アイスクリーム作り!!というのは、アイスクリームの本をたまたま借りていたら、作り方が書いてあったからです。もちろん、作るのは初めて!でも、子どもたちがみんなアイスクリームが好きですので、盛り上がらないわけありません。いつも買ってばかりですが、意外にシンプルな材料で簡単に出来ますしかも、ちょうどイチゴとバナナを買ったばかり。よーし、パフェ作ろう!!と言ったら、大はしゃぎでしたで、出来たのは、こちら。下にバナナを埋めてあります。  本当は、コーンフレークも下に入れようとしたのですが、いらないと言われてしまい、、こちら、自宅で育てているミントハーブが初めて役に立ちました一枚のミント、良い仕事をしてくれましたちなみに、作り方はこちらを参照しました。たった、4つだけの材料で出来るんですね!みんなでびっくり!見にくくてすみません、ざっくり言うと、材料を温めてお砂糖を溶かして、それから冷やすだけです。ただ、この作り方ですと、すぐに固まらなかったので、金属のボウルに氷を入れて、塩を沢山ふりかけて、その上にアイスクリームのボウルを載せて、冷凍庫に入れました。(美味しんぼの漫画のやり方を参照しました。)こんな感じです↓この残りは、上のミニパフェを作った余りです、、割と食べきるのにちょうどよい量でした。時間的には、昼2時半に作り、夜8時のデザートタイムに間に合いました。けっこう時間がかかるので、次は朝に仕込んでおやつタイムに食べられると良いなぁと思いますそれと、バニラアイスクリームなので、煎茶パウダーを入れて混ぜて食べたり、アレンジもききました。次はもっとアレンジを楽しみたいと思います!暑いシンガポールでは、ぴったりの暇つぶし、さらに食育にもなり、美味しいしでオススメですこの、普段はやらない料理やお菓子シリーズは、今後も続きそうです

  • 05Apr
    • ちょっとショックなこと

      ちょっと前にバスに乗ったときのこと、、バスに乗ったら、一人の青年が、バスの中でエッグタルトをガツガツ食べていました、、もりもり食べて、カスはあろうことか、下にパッパッと払っています。。食べているのも、びっくりしたのですが、ショックだったのは、日本代表のサッカーユニフォームを着ていたこともちろん、シンガポールはバスの中では飲食禁止です。理由としては、蟻が入り込み故障の原因になるからと聞いたことがあります。シーンとしたバスの中で、モシャモシャ食べていて、かなり目立ってました。この時期に、観光客ではないだろうし、シンガポールのルールを知らないのはなぜだろうと思いつつ、モヤモヤ。娘も、ご飯食べちゃいけないんだよね〜?と言うし、私は、彼が日本の旗がついた服を着てるので、ついソワソワしてしまい、コソッと日本語で、お節介だけど教えてあげようかな、、と思いました。それで、日本の方ですか?と声を掛けてしまいました。そうしたら、???というリアクション!!つまり、日本の方ではなかった模様、、!!!なんとなく、日本人でなくてホッとするような、日本の旗をつけて、不法行為しないで欲しい!!と怒りのような気持ちになりました、、(日本語が分からないから日本人でないというわけでもないのですけどね。)外国に住んでいると余計に、現地に住んでいる人からの日本人に対する気持ちに敏感になります。(私は)それは、心のどこかで、日本が昔、シンガポールでやった行為のこともあり、なるべく日本人が良く思われるようにしたいと思うのです。そんなわけで、日本人じゃないのに、日本の旗をつけて不法行為するなんて、ある種の日本人を落とし入れる行為だなぁ、、と複雑な気持ちに。。日本代表のユニフォーム着てるなら、日本のチームのファンでしょうけど、あなたの行為、日本を応援してませんからーーー!!と、ツッコみたくなりましたボヤキですが、共感してくれたらと思って書きました。。

  • 03Apr
    • 色々初めて記念日

      久しぶりのブログです。それくらい、忙しくてもささやかで単調な毎日でした。しかし、そんな中、初めて日本人ではないお母さんのクラスメイトと遊べました。これは、私の中で非常に、大きな出来事でした今まで、友達と遊ぶと言っても、どうしても日本人のママ繋がりでした。やっぱり言葉と心の壁があったからですでも、息子のローカル幼稚園での友達が、二人とも転園したり帰国していなくなってしまったので、なんとかしないとな〜と思い、とうとう、日本人ではないママに勇気を出して声をかけたら、オッケー!!と。1年7ヶ月目にしてようやく、、長かった日本人ではないママと付き合うのは、私にとってはとてもドキドキすることなので、初めて記念日です一緒に遊んでみたら、多少の言葉の壁はあるものの、全然大丈夫でした。コロナウイルスの影響があるので、屋外で距離を保ちつつ、自転車で遊びました!そして、上の娘もお休みで一緒に遊んでいたら、なんと、娘が補助輪なしの自転車にあっという間に乗れるようになってしまい、こちらも初めて記念日になりました私は、どうやって補助輪なしの自転車の練習をさせたものか分からなかったのですが、そのママが、長めの紐で上半身を軽く引っ張り上げるように支え、そのまま自転車に乗る練習をしたら、なんと2度目で乗れるようになりました。魔法のような練習方法でした!こういうのも、他のママと遊ぶことで初めて得られる情報だったりするんだなぁと感慨深かったです。私も娘も世界が広がった一日になりました。ホーカーは相変わらず盛況です。並ぶのも座るのもソーシャルディスタンスを保ちながら!!これで、ホーカーのおじちゃんやおばちゃんも食べていけるし、台所で作らない家庭も飢えないし、素晴らしい。

  • 30Mar
    • ピンチはチャンスなサービス

      先日、からっぽなレストランを体験してショックを受けたブログを書きました。貸し切り状態のプラナカンレストラン気にして考えていたら、こんなサービスを見つけました。このリンク☆素晴らしいな、と思いました。出掛けられなくても、こういう応援の仕方があるんですね。ピンチはチャンス、とか、大変は大きく変わるときと言いますもんね。私も、改めてそういう心持ちで考えていきたいと思います。ということで、私に出来るささやかなことは、これをブログに書いて紹介することと、利用してみることかな。

  • 28Mar
    • 在宅学習への切り替えの布石

      4月からの仕事始めに伴って、一番下のチャイルドケア入園を検討していましたが、、昨今の状況により、正直迷っていますもう、申込書も提出済みではあるんですけどね、、そんな折、とうとうこんなニュースが政府から出ました、、シンガポールの学校も、4月から週に一度は在宅学習に切り替えとのこと。今後、もっと在宅学習が必要になった場合の布石ですね、、これは、近頃、学校のクラスターが出来つつあるからでしょうか??この過去に発覚した感染者もあとから全て調べて公表するシンガポールのやり方は、本当にすごいとしか言えません。そんなわけで、夫も在宅勤務だし、この時期に一番下の娘を入園させなくてもいいかな、、という考えに心が傾いています。何もかも先が不透明で、モヤモヤしますね。でも、モヤモヤしているのはきっとみな同じ、、夕方に川辺をランニングしている人が、心なしか増えているから!在宅勤務で身体もなまるし、走りたくなるんですよね、きっと!

  • 27Mar
    • 貸し切り状態のプラナカンレストラン

      就職前の貴重な平日ランチタイム。不要不急の外出は控えるべきですが、どうしても行きたくてとあるレストランへ行ってきました。そうしたら、どちらかというと観光客向けのレストランだからか、11時から13時のランチタイム、私達2人しかお客がいませんでした、、、このご時世ですから、当たり前なのか?でも、まだ外出禁止でもなく、レストラン営業禁止でもない。このレストランの電気代、材料費など明らかに赤字であろう状態でしたが、対応は丁寧で穏やか、料理も丁寧に作られたお味でした。初めてのプラナカン料理のハイティーでしたけど、自分の想像の上をいく料理。こんなに美味しいミーシアムは初めて。少しずつ盛られたお料理。名前は分からないのですが、あとでハイティーに含まれている料理の写真があります。パンダンやドリアンなどの様々なお菓子たち。これ、青いもち米に甘いココナッツ。見た目にびっくりですが、意外に美味しい。笑。シンガポールで食べた中で一番美味しかったチェンドルのかき氷。マラッカミルクティーを頂きました。セットに含まれています。このハイティー、こんな素晴らしいのに、1 for 1で半額でした、、つまり15ドル。字は小さいですが、右側のハイティーです。連絡先はこちら。Call Us:+65 6262 4428Visit Us:442 Orchard RoadLevel 2 Claymore ConnectSingapore 238879ランチタイムに私たち二人だけ、、なかなかショックな体験でした。プラナカン料理を食べたくなったら、オススメです。

  • 24Mar
    • 在宅勤務がとうとう始まる

      夫が、とうとう在宅勤務に切り替わりました周りではそのような話を聞くものの、うちは全然そんな話が出ないので、無関係なんだな〜と思っていたのですが、ようやくです結婚して12年、初めての事態です。夫は初日は、在宅勤務に慣れるのに大変そうでしたけど、私は、ランチを一緒に食べられるのは嬉しかったです早速、近くのホーカーに行ったら、なんと2ヶ月の改修工事でお休み、、夫は、付き合っていたときからこういう不運にみまわれること多し、、仕方ないので、近くのプラタやさんでプラタでも、、辛いカレーは、子どもたちがいるときは食べられないので、それもオッケーでした子どもたちがいないゆっくりランチ。あ、でも、夫は1時間以内に戻らなきゃとそんなにゆっくりはしてませんけど。でも、それでも、在宅勤務の恩恵でした、、何事にも良い面と悪い面はあるんだなと。コロナウイルスで、家族の絆が深まるとは聞くけど、あながち嘘ではないかもしれません、、

  • 23Mar
    • 日本人小学校の歴史を知る

      このところ、ようやくシンガポールについて、もっと知りたい気持ちが高まってきたみゃーこですシンガポールの日本人小学校は、世界にある日本人小学校の中でも、1位と2位を争うほどに優秀らしいと噂に聞いています私なんかは、そう聞くと少し尻込みしちゃうタイプですが、もちろん熱心な小学校のほうがありがたいと思います。娘が小学校に上がるため、少し興味を持っていたところ、こんな本に出会いました。こちらの校長先生は、1986年からシンガポールに3年間赴任されていたので、結構前の話ではあります。しかし、小学校が出来るまでの歴史、シンガポール日本人小学校の特色、それから赴任されていた間にされた改革について書かれていました。今から34年より前は非常にルーズで、日本の小学校よりもレベルが低く、日本に帰国してから子どもが苦労していたそうですしかし、海外に来る子弟は優秀なはず、その子どもたちに苦労させたくない、伸ばしたいという気持ちで改革されたそうです。改革するときには、痛みも伴います。そのご苦労もあったようですが、その姿勢が引き継がれて、34年、それが今の優秀な小学校なんだと思われます。昔の方の努力があっての今の姿なんですよね、、ちなみに、こちらの本は、29年前に発行されています。今までは見知らぬ小学校でしたが、本を読んで、親近感が勝手にわきました。笑。小学校入学が楽しみです

  • 22Mar
    • ご近所付き合いの進化の過程

      HDBに住んで一年半、つい最近、お隣さんとおかずの交換をするようになった我が家ですこんなに隣近所と親しくなるとは思っていませんでした初期の頃、挨拶をしたりはしていたのですが、小さい子どもがお互いにいるため、子どもが家を覗いてしまったりして段々話すように。こちらでは、玄関が扉と鉄格子と2重になっていて、鉄格子だけにして風を楽しむ家庭が多いのです。なので、中は丸見えです。最初は、中が丸見えなのに慣れなかったです。なので、扉もすべて閉めていました。が、産後ケアのナニーさんが来て当然のように扉を開けるようになり、それからは風通しの良さに感激して開けるようになりました。それから、まずは、家の前の廊下をウロウロする子どもが相手の家からお菓子をもらうので、こちらもお菓子をお返しにあげるように、、その後、我が家にヘルパーさんが加わり、隣近所のヘルパーさんがみんなフィリピン出身だったこともあり、急速にヘルパーさん同士が仲良くなり、そうしたら、どこかで買ったお惣菜を美味しいのよ〜とお裾分けされるように。さらに、なぜか、お隣さんが作ったご飯もどうぞと。。(特に中華料理でもなく、すごく美味しいというわけでもない、、でも、気持ちは嬉しい)これは、シンガポールでは普通なのか?それともフィリピン流のお付き合いが混じっているのか?謎です。しかし、しばらくの間、我が家はどうしても自分の家のおかずをお返しする気になれなかったのです、、(前に、夫がお姑さんの手作りの梅干しをあげて引かれた感じがしたからです梅干しって和食の中では上級者向けですもんね、、)が、お隣さんは、日本料理が大好きらしいというヘルパーさん情報がそれで、ついに夫が炊き込みご飯を作り、それをあげることに。炊き込みご飯のおにぎりを4つ渡したところ、すぐにデザートのタイミングで、カステラが届きました!どうやら、喜んでもらえたようです。日本だったら考えられなかったご近所付き合い。このまま続くとどうなるのかしら、、笑。シンガポール生活の忘備録として、ブログに書いてみました。さて、、ジャックフルーツがなっているところを初めて見ました!木の幹から、ニョキッと突き出すようになるんですね〜びっくりしました。

  • 21Mar
    • シンガポールで働くための心構え

      シンガポールで働くために、どういう心構えが必要なのか?考えていたところ、29年前に発行されたというこちらの本に出会いました。読んだあと、なんというか、とても感動しましたシンガポールと日本の間で尽力された方のエピソードを拝読して、先人が築いてきた道があることに気付かされました。当たり前ですが、観光で来たり、住んだだけでは分からないことがたくさんあります。やはり自分で知ろうとしないと分からないですよね。もっと、他にも勉強しようと思いました。そして、こちらの本を読んで、思い出したことがあります。それは、大学生の頃、内閣府の主催する国際交流事業である青年の船に乗りたくて、でもお金がないので、自分の通っていた大学の経済学部女子奨学金に応募したんです。給付型で返還の必要がない奨学金で、たった二人しか枠がない。ダメもとで応募しました。実は、大学1年生の頃に新聞奨学生をやっていて、その時は勉強が出来ず、その部分の成績はあまり良くなかったので、奨学金を貰える可能性は低いと思っていました。しかし、小論文になぜ応募したのかを書き綴り、面接で理由を話した結果、熱意が認められたのか、なんと、奨学金を受けることが出来ました。青年の船の選考も、書類選考、面接と無事に通り、希望通り、船に乗ることが出来ました。当時は、2つの試験に通って喜んだだけだったのですが、40歳になるとまた別の視点から考えられます。今思うのは、その時の選考して下さった方々は、自分の将来に期待をしてくれていたんだということです。その後私がやってきたことは、当時の選んで下さった方たちの期待に応えられていたのかしら、、?この本に書いてある内容を読みながら、ふと思ったのでした。それで、このまま楽をしてたらやっぱいけないなぁとも思いました。まだまだきっと、微力ながら社会に対して私が貢献出来ることがあるかもしれないと思うのです。たいしたことは出来ませんので、目の前の仕事を一生懸命やるという心掛けだけでも持とうと思いました。この本を読んだら、お金を稼ぐということの他にも、自分がこれから働くことの意味を見い出せたような気がしました。

  • 20Mar
    • 自分を景気づけするしかない!

      コロナウィルスでなんとなく気持ちが制限されウツウツしがちな今日のこの頃。さらに、繋がりがあった方が次々に本帰国、、気持ちが、塞がりがちに、、そんなときは、自分で自分を景気づけするしかありません!!私の思いついた方法は、日本人会に読書しにいくこと。そして、大好きな活字に触れてから、日本料理を食べること。就職前の最後の自由時間いつも、一人でレストランに行くことはないのですが、今回は自分のお小遣いを使ってでも行ってきました。なぜなら、山菜の天ぷらとそばのメニューを見つけてしまったから、、、もうね、ほんの一口でしたけど、フキノトウを食べたくてたまらなかったのです、、(急いで食べたので写真なく、、すみません。)一口食べて、望郷の念が、、でも、元気になりました!!で、自分だけ天ぷら蕎麦を楽しんでは家族に申し訳ないので、、帰宅してから、ジャンジャン揚げました!1年に一度くらいしか揚げ物をしないので、私の揚げ物スキルは散々なのですが、、なんとか挫折しないで揚げきりました。オクラの天ぷらとネギと人参のかき揚げ。ナスとインゲンの天ぷら。ししゃもの天ぷら。ざる蕎麦。あー、もう、、私は、バエない写真ばかりですが、臨場感が伝われば良しですそんなわけで、天ぷら蕎麦祭り食べたあとに、3人の子どもたちがお腹がパンパン!!触って〜〜と寄ってくる。お腹がみんなポッコリしてて、作った甲斐があったなぁと幸せな気持ちになりましたとりあえず、日々のささやかな幸せを噛み締めよう。

  • 18Mar
    • 翌朝のマーケットとフェアプラ

      棚がスッカラカンのフェアプラに、暗澹たる気持ちを抱いた翌朝、早起きして近くのウェットマーケットへ。そうしたら、野菜や鶏肉、豚肉も買えました。とりあえず、ホッとしました!友達からのLINEでも、フェアプラのスッカラカンの棚が補充されていたよ、と。やるな、シンガポール!!我が家は、大家族のわりに冷蔵庫が小さくて、ほとんど買い溜めは出来ません。なので、ウェットマーケットやフェアプラの売り場がスッカラカンになったら、そのまま我が家もお腹ペコペコになるので、ドキドキしました。マレーシア封鎖で、今後もどうなるかは注目ですが、とりあえずホッとした朝になりました。夫がさらにハーブを同僚から頂き、着々と増殖中のハーブ。香りに癒やされます!!

    • パニック再びとびっくりしたこと

      前回の買い占めに引き続き、第二弾の買い占めが勃発ですね、、昨日、フェアプラに行きましたら、野菜売り場、鶏肉、豚肉などがスッカラカンでした。こういう状況は、何度見ても血の気が引くような感じになります。やはり、ASEAN、特にマレーシアからの入国制限が発令されたからでしょう、、もしくは、マレーシアの封鎖ニュースが原因かと。物流はそのままと言っているらしいですが、HDBの顔見知りのアンティーが、向こう二週間は野菜とか買えなくなるよ、と話しかけてきたりして、みんな物流はそのままという情報を鵜呑みにしてない感じです、、シンガポールは輸入に頼っているから、こういうときの心細さったらないですね。でも、制限から外れているオーストラリア産のものはちゃんと売れ残っていて、笑みんな、産地をよく知ってるな!!と思いました。で、買えるものがないので、冷凍肉などを見てみたんですが、見たことないものが、、えーと、クロコダイル肉!!??ワニ、ですよね。今まで売っていたっけ、、?すごくびっくりしました。けど、鶏肉も豚肉もない今、オーストラリア産の牛肉はありましたけど、牛肉は食べられない宗教があるから、宗教が関係ないお肉はクロコダイル肉か、、(あ、でもムスリムにとってはハラルじゃないとダメか、、ハラルのワニってあるのかな、、魚としてカウントしていたりして?)と、ひどくびっくりしつつ、納得してしまったのでした。私は、ししゃもを買って帰りましたけどね、、

  • 15Mar
    • 赤ちゃん返りは何歳でもある?

      何歳でも子どもにとっては、下の弟妹が出来るのは恐怖なのかもしれません今からおよそ半年前のこと、娘がどうにも行動が他の子に比べて幼く、聞き分けもないような気がして本気で心配していましたこの子、大丈夫なんだろうか。と。。でも、半年たって、本当にスッカリお姉さんぽくなったのです。それで、気が付きました。あれは、赤ちゃん返りだったのでは?と。赤ちゃん返りといえば、一番下が生まれたとき、当時2歳の息子の方を心配していたので、当時5歳の娘の方はあまり心配していなかったのです。なので、娘の変化に気付くのが遅くなりました。でも、何歳になっても、お母さんの関心が減るのは寂しいし、大きくなっていても、抱っこが減るのは寂しいんですよね。いま、ようやく落ち着いた娘を見て安心するとともに、当時の娘の寂しさをもっと理解していたらなと思います私自身、3人を育てているとはいえ、長女についてはいつも初めての経験ですし息子においても初めての男の子育児、末っ子は一番気持ち的に楽ではありますが、末っ子と長女は同じ女の子でも性格も違うしで、同じ子育てがハマるわけでもなさそう。いや、むしろ長女にした子育てが正しかったのかさえ、分かりませんし。そんなわけで、常に子育てに自信を持って取り組んでいるわけでもありません。この半年間、非常に悩んでいたけれど、それは5、6歳でも赤ちゃん返りをするんだ、というのが思いもよらなかったのです。解決方法は、この半年間、ひたすら娘と向き合う時間を増やしたということだったように思います。恥を忍んで、育児記録として書いてみました。

  • 14Mar
    • 焼き魚、焼きまくりの夕食

      シンガポールに住んでから、一度も焼き魚を家庭で作ったことがなく、たまに食べるのは、ホーカーのサバ。さらにまれに食べるのが、日本食レストランで食べる焼き魚、、しかし、お高い。もっと心ゆくまで焼き魚を食べたい、、そんな気持ちが夢にまで現れ、夢でししゃもを食べてました。で、起きて、ししゃもってフェアプラの冷凍魚コーナーにあったよね!?と、勢いで買ってしまいました!存在を知りながらも、1年くらいどーなんだろーと手を出さずに買わなかったししゃも。一パック、8匹入りで3ドル75セント。さらに、明治屋で、これまた長いこと悩んで買わなかった魚焼き網も購入。コロナウイルスで外食減ったし、家食を充実させよう!そんな折に、サクラやで、ホッケの干物がワンフォーワンをしていて、それも購入。ついでに、生サンマも2匹で5.8ドルなのを発見。ししゃも、サンマ、ホッケ、揃いました!もう、焼くしかない!!バーベキュー方式に、ご飯とお味噌汁とサラダを先に用意して、焼き立てをどんどん子どもたちに食べてもらう。で、ししゃもから。あっという間に完食!!お次のホッケは、身が崩れて焼くのが難しかったです!必死すぎて、焼いてる写真は撮れず。お皿に載せたらあっという間に食べられました。でも、ジューシーでこれまた美味!!最後は、サンマ〜このあと、脂が乗っていたから燃えて煙も出て、一番焼くのは大変でした。でも、娘が美味し過ぎるから、サンマを養殖したいという意味不明な発言まで飛び出すくらい、大好評でした。今回わかったのは、子どもたちが、ししゃももホッケもサンマも名前を知らなかったということ!当たり前だけど、軽くショックでした。日本に住んでないから仕方ないけど、魚の名前を教えられて良かったです。

  • 13Mar
    • 駐妻開始から一年半経過後の変化

      シンガポールに来て、一年半が経ちましたまだ、一年半のような、もう一年半のような気持ちです。最初はヘルパーさんもいなくて、妊娠8ヶ月で今より小さい子どもたち二人をほぼワンオペで見なければならず、しかも、仕事を失った喪失感もあり、精神的にかなり辛かったです。その後も、出産してさらに新生児のお世話もあったり、家事もやったりで、パンク寸前、いやパンクしてました。今考えると。なぜなら、昨夜夫がポロッと、前にマーケットでご飯を買ってきたらめっちゃくちゃ怒っていたよね、(わけ分からなかった)と私に言ったのですが朝に、ワンオペで新生児含む子どもたち3人を見ながら、すぐに帰ってこない夫を待つのが、どんなに辛かったか、、と、その時の辛さを思い出しました。と、同時に、夫には私の辛さはまったく分かってなかったということも分かりましたけどもそれで、そんな発言を受けて、一年半前にシンガポールに来たときからのことを振り返ってしまったのですが、今は、だいぶ良くなってます!駐妻生活は、本当に人生を一変させますが、それは、自分次第でいかようにも良くなる可能性を秘めているということなんです。一年半の道のりは、私にとってそんな道のりでした。心を許せる友達が出来たり、家族との絆が深まったり、良いこともありました。しかし、これらは辛かったからこその自分のアクションによる副産物なんだと思ってます。まだまだ駐妻生活が続きますが、これからも前を向いて進んでいきたいなと思います。で、、、あとは、一年半経過して、味覚の変化もありました!来た当初は、何じゃこりゃ〜と飲めなかったアボカドジュース。今や気がついたら、毎週飲んでます!何なんでしょう、、自分にびっくりです。人は変化するということですね

  • 10Mar
    • 就活終了と就職のご報告

      就活、終わります。ということで、就職、決まりました長いこと悩んでいましたが、パートではなくフルタイムです。頭で考えると、パートで働くと無理なく生活が出来そうなんですが、10年後を考えたとき、フルタイムで働いたほうが良いという結論を出しました。実は、勤務形態重視でパートを応募し、仕事内容がまさに描いていたキャリアパスに近い場合のみ、フルタイムで応募していました。なので、就活に、とても時間がかかりました。そもそもパートの募集は少ないし、バックオフィスの私の職種でのフルタイム募集も少ないのです、、しかし、とうとう、幸運なことに?同日に、まさに希望通りの勤務形態のパートの内定と、まさに希望通りの仕事内容のフルタイムの内定を頂きました。そのため、非常に悩みました。子どもたちが小さいので、なるべくそばにいたいという私の気持ちと、あまりブランクをあけたらやりたい仕事に戻れなくなる気持ちでかなり揺れました。結果、現地採用なのに、日本に戻っても働いてほしいという素晴らしいオファーのフルタイムに対し、3人の子育てでお金がかかるという現実と、40歳での就活が、わりと大変だったという現実。今までのキャリアをすべて活かせて、かつ英語での勤務というチャレンジングな面に、自分の将来像を見いだせたということ。それらを考えに考えて、出した結論が、フルタイムでの就職となりました。なぜなら、いま挑戦しなかったら、絶対に後悔するな、という確信がありました。なので、挑戦します。これから、どうなるのか?分からないけど、自分の選んだ道だからこそ、頑張れると思うのです。さて、朝ごはんにフルーツいっぱいのパンケーキを頂きました。りんごと桃とベリーミックス、パッションフルーツの盛り合わせです。元気が出ます

  • 09Mar
    • 引きこもりでも平和な日々

      このところ土日でも、近くの空いているモール以外は行かず、引きこもり気味です。でも、こういう静かな生活も悪くはないな、と思うのです。自分が何か好きか、何があるとホッとするのか、見つめ直す時間になっています。玄関先のプチガーデン。ミニバラが咲いていて、ハーブが5種類に増えました。子どもたちが、植物に興味を持つようになり、子ども用のジョウロも買いました。ハーブの香りを気に入った末っ子。葉っぱを撫でてます。 こうやって、この植物は水が好きとか、日陰が好きとか教えていくのも幸せ。そして、少しだけの時間、夫とカフェへ。雨がいきなり降ってきて、でもそれを眺めながら、温かいジンジャーティーを頂いたり。もう、それだけで幸せ。日本にいつか帰国したら、シンガポールみたいに緑が多いところに住みたいと思うようになりました。仕事との兼ね合いもありますが、そんなふうに思うのは、日本にいたときと自分の中の優先順位が変わったな〜と少し思います。

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