東京という街に出てきて…
もう18年。
九州を出た年が18歳なので
私は半分東京の人になったのかな。

舞台がやりたくて東京に出てきた。
芝居が好きで、舞台以外の仕事はやりたくなかった。
その為なら貧乏でも構わなかった。

東京に出てきて最初に平山先生に出会った。
どこか冷めていた私に、情熱を注入してくれた平山先生。
平山先生に出会わなければ、今の私はない、という最初の人。
東宝で舞台の演出家をされていた平山先生は、舞台での見映える動きや立ち位置の話をよく教えてくれた。絵画を見なさいと。
今にも動き出しそうな絵画の美しい構図を思い出しなさいと。(同じことを座長にも言われてビックリしました)

平山先生の私塾に通っている時に、ある悲しい出来事がきっかけで、私は芝居をやることが虚しくなりました。友人の死に直面した私はもう、何をどうしていいかわからなくなり、気が狂いそうなのに、狂い方がわからない状態で、ただ日々が過ぎていく…
一年くらい、バイトをしながら、柿の種を食べて暮らしていたかな…

ある人から、バーで芝居やるからって送られてきたフライヤーの出来があまり素敵で、その芝居を観たいって思い、久々に観劇に来たバーが、下北沢ライブバーサマサマ。そこのバーのマスターが藤森一朗。
エアースタジオの前身のライブバーの更に前身のバーでした。

私は、一度来ただけで、サマサマが好きになり、友人に藤森さんを紹介してもらいました。

それが座長との出会いでした。

そしてもう一度舞台をやりたいと思うようになったのです。


続く


本日本番だと言うのに、ノスタルジーになってしまいました(^^)
みなさまお待ちしております