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はー、なんださっきの日記。すげーやなやつだ。マリーアントワネットっぽく言うと「パンがない人たちに麦でも粟でも食ってろだなんてひどすぎるわ!まーわたしはお菓子を食べてますけどプゲラ」じゃないですか。ひどすぎる。こういうやつがね、一番無神経なんですよ。繊細なふりした無神経なの。


あー、大塩平八郎ってかっこいいよね。憧れる。わたしはやっぱり私利私欲のためにしか動けねえよお。でも、平八郎さんみたいなタイプって、今の時代ならもしかしたら鬱になりやすいタイプなんじゃないかと思うの。ストイックすぎる…。


う~ん、インターネットちょうだいすきなわたしが言うのもなんですが、様々な情報を得ること、特に自分と直接関わることのない世界の人たちの生活を具体的に知ることができるって恐ろしいなぁと。いや、人の上に立って色々変えていく人たちは別ですよ。しかし多くの庶民は知る必要ないんじゃないかって思うんです。


やっぱり人は自分と他人を比べてしまう生き物だと思うんです。もしかしたら、狭い世界の価値観だけで生きていられる方が幸せなのではないかと。たとえばね、女が『主婦になる』『外に出て働く』のどちらをも選択できることが可能になったのも、よいことであり、恐ろしいことでもあるわけです。どちらかの道を選ぶことにより、片方の可能性を潰したということを自覚せざるを得ないのだから。これが『主婦になる』道しかなかったときは、自分の進む道はこれしかないのだと信じることができて、自由はないかもしれませんが、多くの女性にとって幸せではあったのではないかと思いますね。


多くの、と書いたのは、外に出て働くことが向いている女性は確かにいる、しかし極少ないと思っているから。


「今の日本に必要なのは独裁者だ」「馬鹿に参政権を与えるな」と主張していた友人が、やっぱり正しかったように思えてならない。やっぱりというのは、それを聞いていた当時から「この人の言うことなら間違っていないんだろうな」って思っていたから。それは「自分が認めた(というとなんか偉そうだけど)人の言うことはできる限り信じたい」という思いからなのだけれど、今は少しわたしの思想に入り込んできている。本当に正しいかどうか判断できるほど、わたしはまだ賢くないですけど。だってその理屈でいうと参政権剥奪されちゃうもの><

できて当たり前のこと、とされていることができないのはどんなに辛いことだろうか。それがたとえ一時的な不幸であっても。


蹴落とし合いいがみ合い生きていくのが人間の生き方なんだろうか。自分の常識を他人に振りかざし白い目で見ることが善なんだろうか。あなたにできることがあの人にもできることとは限らないよ。


たとえば派遣村が話題になっていたとき「働き口がない」と言う人たちに「それはえり好みしているからだ。職を選ばなければいくらでもあるだろう」と言う人たちがいた。わたしは元から働く気がないのでまったく関係ないにも関わらず、なんて嫌なことを言う人たちだろうと思った。確かに正論かもしれない。でも、自身はやりがいのある好きな仕事に就いておきながらそういうことを言うのはとてつもなく傲慢である。それを自覚した上で言うのは鬼畜だが、自覚せず言うのはただの馬鹿だ。そして、自身がやりたくもないきつい仕事をやっていてそういうことを言う人には『自分だって嫌なことをやっているんだからお前だけ嫌なことから逃げ出すのは許さない』という意識があるように思われる。こういう人間は人の足を引っ張ることしか考えていない。恐ろしい。


職業選択の自由ってなんだ?どの職業に就いても企業の、更には国の、奴隷ではないか。


わたし自身には今のところ本当にまったく関係がないのだけれどもね。でも、わたしは、わたしの大事な人たちが苦しい思いをするのは嫌だ。嫌だと思っているだけで、革命を起こそうとしないところが糞すぎますけれどもね。だってめんどい。


しかし、もしもわたしが、定職に就かず、結婚もせず(子も産まず)、一生を終えたとしたら、それはなによりもの反抗なんだ。理解してくれる人は少ないだろうけどね。たまたま恵まれた環境(女という性別も含め)に生まれたというだけで、なんの疑問もなく幸せな人生を送ることができるほど、わたしはしあわせなあたまを持っていなかったよ。うれしいね。かなしいね。

走れメロスってなんで命令形?友を人質に取った王からの命令?それともメロスが自分を奮い立たせるためのセルフ命令?単純にナレーション的な命令?どれでもいいんだけど、走るメロス、だったら途端につまらなくなりそうだと思った。ただの状況説明かよ!みたいな。

でも走るー走るーおれーたーちーって曲が、走れー走れーおれーたーちーだったらこっちはそっちがつまんなさそうな気がするってかなんか笑える。

タイトルって大事だ(でも確か走るー走るーおれーたーちーはタイトルではない)

そしてうぃきぺでぃあに載ってた走れメロスを書くきっかけになった出来事みたいなのが本当だとしたら太宰治クズすぎてわろすwwwwwwちょっとはメロスを見習って!wていうか借金の申し込みできなくて友人を数日待たせるならその間に働いて稼げwwwお前には働いて金を稼ぐという概念がないのかwお前はわたしかw

ていうか待たされた友人からすると、待たされた挙げ句それを元にあんな美談的な話書かれたらドン引きじゃないですか?ちょwおまw自分美化しすぎwwwみたいな。いや、別に太宰治は自分を美化したかったわけではないとは思いますけれども。

いやー、クズが「俺クズっすからーw」と開き直れずに「何故自分はクズなのか」自問自答し自分を追い詰めて、それを物凄い文章力で表現したら文豪になれるんすよ。すげー太宰さんマジパネェっす。

いや、太宰治に限らず、行動や発言はひどくても根は純粋な人なんだよ、という考えがあるのはわかるんですけど、でもそれでもやっぱりクズはクズだよね。太宰治はクズ故の天才ですよ。クソムシも少しはあやかりたいので太宰天満宮に行こうと思います(マジボケです信じてわたし天然だよ)

こんだけボロクソに崇めてますが、太宰治の作品は人間失格を10代の頃に親にすすめられて読んだくらいです。面白かったよ。

余談・走れメロスの表紙がテニスの王子様の作者画のやつ、メロスが「走るの楽しい!」って顔してるのがいかにもテニスの王子様の作者だなぁという感じでうけた。