11/6 (土): Saakoちゃんと『Shiroh』


起きて、まず、Arima (=Amana。Amanaが、宗教団体

の名前だって、知って、仮名を変更) にメール。

Arimaの言っていた、学祭に行こうか、

Saakoちゃんの言っていた、映画に行こうかって。

Saakoちゃんは、「今まで、観た中で、外れは、

一つも無いけん!絶対、楽しいはず!」って、

大好きな劇団を、めっちゃ押していたから、

心の揺れてる、Arimaの方に、先に、

「どっちにする?」って。


でも、Arimaは、今日は、お勉強日にするらしくって。

そんなだから、能の授業のエッセーについての、

お話しになる。二人とも、長く書きすぎた人たちだって、

お互いに、判って、

"I don't think he wants much more, like double"

に、あっかんべーマーク。

だから、

"have fun cutting words"に、キスマークで応じて。

"You too" ワードカウントとの戦いだね、って。


そんな訳で、Saakoちゃんと、劇団新感線の

ロック・ミュージカル、ゲキシネ、『Shiroh』を観に行く事に。


携帯ナビで、映画館まで、道案内。

携帯ナビを知らなかった、Saakoちゃんの、

「え、それ、喋るん?」って言う言葉に、携帯を、

耳に、あてがって、「ね?」って。

「すご~い」

「でも、目的地付近になると、”お疲れ様でした”って、

見放されるの」

そんな事を、丁度、お話ししていた時、GPSを作動

した途端に、「目的地付近です。お疲れさまでした」って、

終了しちゃったから、二人で、「え~!?」って、

暫く、それで、盛り上がる。


映画館では、Saakoちゃんより、先に、席に座って

いてってお話しで、ルーム8に向かうと、誰一人

居ない、空っぽの客席が、あるだけ。とっても、

びっくりしたのだけれど、私より前の人は、時間が

早すぎて、止められていたのか、後から、

人が、入ってくる。電車の中で、「すごい髭~」って、

思っていた、おじさまが、その中に居て、

その偶然に、今日3度目の、驚き。


劇は、漫画風な、テンションのアップダウンや、

濃いキャラ設定、おちゃらけなムード満載。

隠れキリシタンについて扱った、時代物で

ありながら、ステージには、テレビを置いて、

シュールな映像を流したり、コンテンポラリー

な感じ。


印象に残ったのは、

「くのいち」は、「女」と言う字を切り刻んで、

「く」「ノ」「一」と言う部分に分けてしまうって事。

「くのいち」たる者、女心を捨て去って、

強く、疑い深く、在るべきところを、恋心に駆られて、

死んでゆく、忍びの女の、守りの剣。

そして、その剣に守られた、純粋な心の少年の、

彼女の死への憤りと、心の移り変わりが、

「3万7千人の命、貴様に、くれてやる!

その滴る血で、貴様の乾きを満たすが良い!」

って、言う、初めて発せられる、神に対する

ヒステリックなまでの、怒りの叫びに、表されて

いる。それに端を発する、キリシタンの殉教も、

その叫びも、また、ロックな精神に満ちている。


「ミュージカル独特の、わざとらしさが、良いね」

とか、「天使の歌声やわぁ。日本演劇界にも、

いたんやぁ」とか、「これ、何の曲だったっけ?」

「あ、SPだ!良かったぁ、すっきり、寝れる」とか、

そんなこんな、お話ししながら、駅まで、歩くと、

話題が尽きなくて、Saakoちゃんと一緒に、居ると、

楽しい。


台湾$が、私のお財布に、まだ、入っていることと、

Saakoちゃんのお財布には、金運UPの昔の銅貨

が入っていること。黄泉行きに、いるやつだよね。


Saakoちゃんの、色んな事を、今日、知った。

Saakoちゃんは、お料理好き。スーパーのチラシの

値引きをチェックするのが、楽しみらしくって、

日常に幸せを見出せるって、良いなって、思った。

「ちゃんとしたお料理を、つくれるように、なりたいけん」

って、言うから、「ちゃんとって?」って聞くと、

「手抜き料理」って。そう言えば、


母親の、

時間のやりくりの知恵を、

そうやって、尊敬して、

「ちゃんとしたお料理」を、

「手間暇かかったお料理」でなく、

「手抜き料理」に、

結びつける、あさこちゃんは、

やっぱり、すごい。


Saakoちゃんは、イベント系のスタッフアルバイトで、

涙流すお客さんを見るだけで、感動して、

涙したって、言ってた。

人の喜びを分かち合える、素敵な人。

一緒に、涙するほど、喜べる日が、来ると良い。


Saakoちゃんは、アナログな人、

セールに弱い人、31アイスクリームが、大好きな人。


知らない劇団とか、聞き慣れないものには、

ちょっと、躊躇しちゃう、心隔ての心境が、

新しい世界を知る事を阻んできたけれど、

今日は、来て、良かった。ちょっと、冒険出来たし、

Saakoちゃんと、心を許せる関係になれそうって、

期待しちゃうほど、お話しするのが、楽しかった。


夜中に帰ると、ママは風邪で、パパは、疲れて、

ちょっと、不機嫌。めったに飲まない、ウイスキー

を飲んで、「良い匂いでしょ?」って、言うけれど、

大人な香りで、私は嫌。な~んだって、すごく

寂しい気分で、ママ、降りて来ないかなぁって。

久しぶりに、お皿洗いサービスしながら、

Saakoちゃんは、誰も居ないお家に、もう、

帰っている頃かなって思うと、可愛そう。


11/10 (土):


徳永英明の昔のカバー曲を歌っていると、

パパが、「いいねぇ。maiginuも、俺たちの年代に

なって来てるねぇ」って。ママと、一緒に歌えるのが、

ちょっと、楽しい。ママは、ゆーみんのコンサートに

行きたいみたい。


W大の雑誌が、最初から、机に置いてあって。

「これ、あなたの?」って、外国人の女の子が、

聞いて来る。読みたかったみたい。折角、声を

かけてくれたのに、お話しを続けられない私に、

内心、しょげる。大抵の子は、ちょっとの、きっかけで、

お友達になったり、出来るのだろうな。

でも、セミナーのクラスで、ikuちゃんと、お友達に。

「応援団で、早慶戦で、楽器、吹いてたんだよ~」って。


電車で、戦時中の母の生きざまについて、語った、

エッセーの広告や、「1日150円、ペットボトル一本

の値段(月4500円)で、子供たちを、救えます」って、

広告を読んでいて、一握りの幸せで、教育を受けている

人の内の一人なんだから、人のために働かない

わけにはいかないなって、思い始める。

応募した、幼児教育のアルバイトは、落ちちゃった

けれど。全然、能力がついていかないから、

この数年間、普通の企業への就職は、諦めていたけ

れど。もっと、本気で、就職について、考え始めようかな?


皆、私の歳の子は、就活で忙しい時期なのに、

留学後のお休み期間のせいで、卒業が伸びたから

って、のんびりしていて、これまでに無いほど、

遊び呆けている。皆、お勉強に、就活、バイト、

色々、スケジュールをこなしていて、偉いな。

私も、頑張らなきゃって、思って、中間に向けて、

ちょっとだけ、生活や心について、考える事より、

お勉強を優先しようと思うの。


記憶に留めておくため、メモ。

あまり、考えず、事実だけ。


11/5 (金)

今日は、ガストでお勉強日に決めて、すごい

長い間、居座っちゃった。お勉強のご褒美に、

12cmのシフォンを頼んだら、予想外に大きくて、

ママにヘルプコールをして、一緒に食べた。

私の、頭の中の尺度って、すごい、間違ってる。

エッセーの長さ感覚も、そう。気付いたら、

いつも、長く書きすぎていて、今日も、骨折り損。

どうやって、短くしよう??



11/3 (水): 初めての早慶戦。


前日に、SaakoちゃんとArimaと歩いていて、

早慶戦のパンフを貰って、行きたいねって、

話になる。決勝戦で、早慶が対抗する、50年ぶり

の試合で、歴史的瞬間に出会えるって、

Saakoちゃんは、キラキラしていた。

そう言えば、この前、Arimaのお家で、

お客さんのお兄さんに、「ゆうちゃん、おめでとう

ございます」って、言われて、何か解らなかった

けれど、斎藤ゆうき選手が、ドラフト選抜された

って言う説明をママから後で聞いて、今回が、

早稲田で斎藤ゆうき選手が戦う、最後の試合って、

知る。そんな、すごい決勝戦でも、水曜日は、

家族旅行する予定だったし、実は、乗り気

じゃなかった。けれど、「愛校心を高めて来な」、

「燃えて、騒ぐ、あの雰囲気を味わって来な」

って言う、パパママの薦めで、行く事を決意。

パパは、「じゃあ、パパとchisaは、maiginuと

反対側のスタンドで、慶應を応援してるから」って、

冗談を言っておきながら、ママと銀座でJAL

ショップに行くらしい。


でも、翌朝、起きたら、もう、

待ち合わせの時間に間に合わずに、

「約束をすっぽかすなんて」って、パパママに

責められて、とっても落ち込む。だらしない人。

でも、Saakoちゃんが、チケットを先にとって

おいてくれるって言ってくれて、ハッピー。

やっぱり、起きたばっかりの、Arimaに電話して、

「私も行く」の言葉を貰って、急いでお支度。

「私も、時々、おねぼうさん、なります」って、

Arima。ちょっと、安心しちゃうけど、

Saakoちゃん、待ってくれてるのだものね、

駄目だよね。


「弁当が異様に高いけん、コンビニで

買ってきてもらえんかな」メール

を貰って、三人分のお弁当とお茶と、

ドーナッツを持って、球場に向かう。

ちょっと、二人の役に立てて、罪悪感が、

薄らぐ。「山椒と柚子の味が美味しい」、

「良いの選んできたね」って、言って

貰えて、嬉しい気分。


「こっちが、早稲田の応援席、あっちが、

慶応の応援席」、Saakoちゃん。

球場のグラウンドがコーン型って、

気付かずに、四辺の観客席を見て、

「(対抗している大学同士の観客席の

位置が)対岸じゃないんだね」って、言うけれど、

「maiginu、maiginu、対岸は、あっちやで」

って、直角に触れている左側の、

観客席を指す、Saakoちゃんの声が、

優しくって、キュンってする。

ルールを知らない、私に、色々、

教えてくれる。もっと、野球も校歌も、

お勉強してから、来れば、良かったな。

校歌や応援歌は、ずっと、「ランラン♪」って、

歌って、皆の邪魔をする。良く、皆、

その場で、かけるべき掛け声が、判るな。

応援団長の身振りを見て、判断する

のかなぁ?不思議。後ろの男の子たちが、

通な感じで、ちゃんと、歌も掛け声も、

相応しいものを口にしているらしいから、

真似して、後から、ランラン。

時々、「あ、間違えた」って、言っていた

けれど。


熱狂してる球場の、雰囲気が、楽しかった。

三人で肩を組んで、歌ったり、仲間気分

を、エンジョイ。応援部の人は、いつも、

学ランみたいなのを来て、馬場歩きは、

小走りじゃなきゃいけないだとか、Saako

ちゃんから、大学のトリビアを、教えて

貰ったり、もっと、大学を知って、もっと、

学生の中に加わって、ちょっと、早稲田

の一員になった気分を味わう、非日常

の休日。隣で、Saakoちゃんは、腕を

組んで、前を見つめる、団長の、

「カッコいい背中」を、快く笑っている。


結果は、10対5で、早稲田の勝利。

斎藤ゆうき選手の言葉。

「僕は何かを持っていると言われてきて、

今日、僕が何を持っているか、解りました。

それは、仲間です。」

Saakoちゃんと、「かっこいい、素敵」

って、はしゃいでいたけれど、後ろの男の子たち

が、「考えて来てるな」って言っていて、

確かにって、少し、心の中で、笑っちゃう。

嘲笑しているんじゃなくって、ちょっと、

フレンドリーにからかう気分程度にね。

でも、考えた末に、素敵な言葉を言えるなら、

それで、良いかな?世に、クサイだとか、

陳腐だとか、偽善的だとか、ワザとらしいだとか、

言われる言葉も、


本人にとって、それが、真実なら、

本当に深い意味を持ち得るでしょ?


ロマンチストな人って、好きだな。ミーハー

じゃないから、別に、遠くの誰かに、夢中

になる事は、無いけれど。


あと、名前を覚えていなくて、ごめんね。

一人の選手が、三振を奪ったことが、

今日の、一番だったって振り返った時の、

スクリーンの映像が、ヒットを打たれた時の

映像で、「今の文脈から、流すべき映像

じゃないでしょう?」って、球場が、少しだけ、

どよめく。ちょっと、可愛そうな、ハプニング。


次は、恒例らしい、提灯持ちの優勝パレード。

神宮球場から、早稲田までを歩くの。

長~い列の、最後尾を、やっと、見つけて、

並んでいたら、丁度、目の前で、スズランテープ

を張られちゃって、「これで、お終いです。

警察に、人数制限を設けられているので、

これ以上、人が加わると、来年から、パレード

が出来なくなります!」って、必死に、係の人

が、宣言するのだけれど、わいわい、皆、

スズランテープを潜り抜けて、列に加わって行く。

ルールなんてお構い無しの、ちょっと、

クレイジーな感じの、騒ぎ。初めて、

見た、世界で、ちょっと、面白い。私たちは、

「あえて、ノンレギュラーで」って、後ろを、

ちょっと、お散歩している、不関与の人たちを、

装って、とことこ。Arimaだけ、テープの中に、

入って、手招き。でも、稲門会だっけ(?)の、

おじいさまが、「俺たちの時代は、学生運動

の騒動の時代だったが、若者は、もっと、

反発精神を、持っていなきゃいかん!」って、

言う感じで、話しかけて下さって、

「学生は縦の繋がりを作って、もっと、社会

を知らんといかん」だとか、教え諭して

下さって、稲門会に、お招きして下さる。

私は、ご高齢の方が、反発精神とかを説く

のって、私の周りには、居ないな、面白いな、

って、思うのだけれど、おどおどしちゃって、

あまり上手く、お話し出来ない。なのに、

Saakoちゃんは、本当に、どなたとでも、

気さくにお話し出来る感じで、それが、何だか、

とっても、素敵に思う。大人だな。

Amanaは、日本についてお尋ねになるから、

「私、日本、大好き!」って、とっても笑顔。

そう言えば、Arimaは、一年で、帰っちゃうんだ。

折角、お友達になれたのに、海に隔てられる

だなんて、寂しいな。

私たちを隔てる、スズランテープは、結局、

人数制限の効果なしって事でか、切られて、

私とSaakoちゃんも、列に加わる。

稲門会について、

「興味はそそられるのだけど、政治家と、

お話しとか、ちょっと、怖いよね。」

「君たちの志はとかって、聞かれても、

あぁぁぁ・・・って感じだよね。」

おじいさまと別れて、そんな事、お話し

しながら、歩く。


最初は、結構、静かで、Arimaと私は、

「もっと、お祭りみたいな感じを想像してた」

って。でも、だんだん、いつの間にか、

ヒートアップして、大声で、応援歌を歌って、

早稲田生の列は、新宿の町を進んでゆく。

Saakoちゃんは、

「提灯を持って、歩くって、だけなのに、

趣旨が、変わってきたぞ」って、ちょっと、

懸念顔。それでも、「早稲田~♪」って、

掛け声をあげながら、はしゃぐ、Saakoちゃん。

途中で、周りの男の子たちが、酷い替え歌を、

歌い始めて、日本語が、あまり、わからない

Arimaが、歌に合わせて掛け声をあげる

のを、Saakoちゃんが制す中、

称賛は出来ないけれど、ちょっと、

キャンパス・フォークロアって感じの文化

に触れて、良心に反して、興味深く感じる。

伝統的に受け継がれているのかしら?

そんな歌、どこから、知るのって、不思議。

Keioデパートの前を通る時は、Keioの文字

に敏感に反応して、「慶應、倒せ」の

応援歌に、「Isetan、Keio、倒せ」を加えて、

歌う、学生たち。社員さん、すみません、

だけれど、Keioの前を過ぎ去る度に、

後ろの、そのまた後ろの、学生の列が、

同じように、その歌を繰り返すのが、面白い。


「うるせぇぞ、おめぇら!」って、車から、

拳を挙げる、おじさま。

「ハイタッチおじさん」。

それに、ノリ良く、「いぇーい!」って、

メガフォンで応じる、Saakoちゃん。

素晴らしい声楽的な声で、歌い、

反対方向に過ぎ去って行く、通りすがり

のお兄さん、二人組。

驚きのどよめき。

笑顔のお婆さん、抱えられた子ども。

昔風の学ランと、下駄を履いて、前を行く、

男子学生。

「おめでとう」って、言ってくれる、

おばさまに、「お姉さん、素敵!」って、

応じる、学生たち。

色んな人が、居て、皆、可笑しくって、

とっても、楽しい。


ホームグラウンドの早稲田の商店街は、

いっそう、温かく、人々が出迎えてくれる。

大学と地域が、繋がっているって、感じ。

「わっしょい、わっしょい」って、周りが、

言い始めて、ただの掛け声だと思ったら、

「わっしょい」って名前の、居酒屋さんで。

「ありがとう!」って、店主のおじさまが、

窓から、顔を出したり、早稲田の旗を

持って、振っている人がいたり、

「優勝おめでとう」の文字に、紙吹雪

を用意して下さっている人が、居たり。


最後に、選手たちが、待っている、

やぐらに辿り着いた時は、歩き始めてから、

3時間経っていて、Arimaのマンポケから

すると、9.5kmの道のりを歩いていた。

一度、「ちょっと、疲れた」って、口にしたら、

Saakoちゃんが、ずっと、「大丈夫?」

って気にしてくれて、本当に優しいから、

安易に、疲れたなんて、言うんじゃなかった

って思うとともに、何か、温かく思う。

混みすぎていて、全然、選手の言葉は、

聞こえなかったし、姿も見えなかったけれど、

学長が壇上に立った時の、「休校!休校!」

って言う、休校コールだけが、耳に残る。

水曜日がお休みで、一個飛ばして、金曜日

がお休みだから、どうせなら、木曜日も、

そうして欲しいって、学生の、切なる願い。

可笑しな人たち。Arimaと、目を交わして、

笑う。「最後」だからって、校歌を歌って、

それでも、次に応援歌を歌う準備を、

応援団の人がした時は、「駅が混むだろうし、

帰ろう」って、三人で、群衆から抜け出す。


モスに入った時も、依然と、太鼓の音

が続いていて、"Am I the only one hearing

the drum?"って、空耳じゃないかって、Arima

が心配するくらい。「学祭の時も、本当に、

永遠に続けるけん」って、Saakoちゃん。

皆、そんな、離れたくないんだね。でも、

私たちも、「今日は楽しかったね」とか、

そう言うお話しばっかり。Arimaと、同じ

電車で帰る時は、小さい声で、校歌を

歌ったり、眠いって、肩に頭をもたせかけた、

Amanaが、"My Fair Lady"の、"bed, bed,

I can't sleep tonight"って、歌を歌い始めたり、

まだ、お祭り騒ぎに酔いしれていた感じ。

ちょっと、周りの乗客に、迷惑だったな、

私たち。

駅では、Arimaが、お友達の男の子の、

スカート姿を見つけて、"Hey, you, weird

Scottish guy!"とか、反対側のプラットフォーム

に叫びかけたり、素敵に、時に馬鹿馬鹿しく、

変わった人たちの、変わった一日だったなって。

Amanaと、メガフォンで、フェンシングとか、

剣道とかの、真似ごとをして、戦ったり、

私も、何か、変になって来ている。

こんな事、Kumiと、高校の修学旅行で、

はしゃいだ時以来だ、多分。

Kumiと、過ごす時間が少なくなって、

共通の出来ごとも無いから、はしゃぐ事も、

無くなって、ずっと、こう言うテンション、

忘れていたな。思い出した。高校時代も、

「仲間」っぽい時期が、あったんだ。


でも、とっても、楽しいけれど、急に、

大人しく、にこにこしながら、皆の会話に

耳を傾けている、近づけないけれど、

近づきたいって、願っている、もう少し、

比較的だけれど、ピュアな自分にも、

戻りたいって、思ったり。Saakoちゃん

みたいに、誰とでも、素敵なままで、

付き合える人になりたいって思うと同時に、

世渡り上手な、適当に誰とでも、笑えちゃう

私って、私っぽくないって、思ったり。

Arimaが好きだから、笑っているけれど、

こんなに羽目を外して、真面目で、

ちょっとは、良い子な、私のままで

居られるのかなって、不安になったり。

「実は、私たち、真面目なんだけど、

"やつし"(hiding true identity; to be

in disguise) で、変な人を装ってるんだよ」

って、歌舞伎用語を使って、Arimaと

遊んでいたけれど、自分の本当の姿が、

実は、解らない、今日この頃。


どう、

人と付き合って行けば、

良いのだろう?

私は、

どうあるのが、

自然なの?

大人しくって、

真面目で、

人見知りで、

考え深くって、

怖がりで、

多分、

一途な、私?

破茶滅茶で、

ちょっと心に余裕があって、

適当で、

向う見ずで、

人懐っこい私?


二面性があるのが、それが、人間ってもの

かもしれないけれど、変化のブレが激しくって、

何だか、不安定。一方の状態で居ると、


何かが欠けているような気がして、


他方に憧れる。その憧れに伴う、少しばかりの、

その状態の自分への自己嫌悪と、悲しみが、

このままじゃいけないって、私に、伝えている。

もっと、もう少し不変な人格、自分の在り方を、

見つけなきゃ、いけない気がする。


中間のお話しに戻るけれど、こんなに、

不真面目で、適当な私、高校以来、居なかった

はずなのに。無知でも、勉学が、好きだった

はずなのに。ちょっと、変化に戸惑う。



11/4 (木):子猫ちゃん騒動


起きぬけの私に、ママが、心配げな声で言った。

「ねぇ、maiginuちゃん、どうしよう?子猫ちゃんが、

外で、鳴いているの。飼って良いと思う?」って。

窓から眺めると、お隣のお庭の隅に、薄茶の、

子猫ちゃんが、座っていて、にゃんにゃん、

鳴き続けている。

「かわいい~。」

でも、

らっちゃんの代わりが、他のペットに務まるとでも、

言うように、新しいペットを飼う事への、少しの

罪悪感と、小学校の頃の記憶の、猫アレルギーかも

判らないと言う、責任を持って飼えるかどうか

と言う、不確かさと、お隣の領域から、子猫ちゃんを

連れてくると言う事への、戸惑いとで、どっちつかず

な返事だけをして、大学に向かった。


大学では、保健士さんに、記憶を、あまり、

留めておけないことについて、尋ねたのだけれど、

「何で、覚えてなきゃ、いけないの?」って、

笑われちゃう。パパママも、kumiも、言ったように、

「興味が無いからじゃない?」って。


でも、自分の人生に興味が無いだなんて、

私、そんなつもりないもの。

誰かと過ごした時間を、大切にしないだなんて、

そんな、人から心が、離れているつもりは、ないもの。

そんな事、言わないで。


確かに、訪れた場所の地理とかには、疎いけれど、

興味が無いのかもしれないけれど、

感じた事、話した事、何かした事、全部、覚えていたいよ。

パパは、「(忘れている、)その方が、楽じゃん」って、

言うけれど、楽しい事だけじゃない、悲しい事だって、

全部、たまには、思い出して、見つけられなかった

答えを探したりして、気づいたりして、己を、他者を、

理解していたい。生きる事の過程を、大切にしていたい。

何で、解ってくれないのだろう?

こうやって、日記を、こまめに書いていれば、良い。

だけれど、何か、問題があるのなら、知りたい。

病理学とか、読んで、どんな要因が、私を、今の私

たらしめたのか、知りたい。社会関係や育ち方に、

原因が、例えば、あるとしたら、他の子どもは、

そうならないように、解決策を提示するような、

心を助けるような、絵本を書くだとか、色々、

知ることによって、道が開けてくるから。何で、記憶が、

必要なのかって、保健士さんの問いに、すぐさま、

答えを出せなくって、「性格的に、人間関係だとか、

想い出だとかを、大切にしたいって思うようだから」

だとか、もごもご言ったけれど、


己を知る事から、

他者を知り、

誰かの役に立つ事が出来るから、

知れる限りの自分を、知りたい。


でも、記憶って、人によって、容量が決まってて、

ある人にとっては、私みたいなのが、普通なのかな。

そんな事に、気をとられて、そのまま、朝の子猫ちゃん

の事は、大学では、忘れていた、私。帰り道の、

お迎えの車に向かう際に、初めて、思い出して、

罪悪感と希求の、その織り交ぜの感情で、心が、

いっぱいになる。


「私が、決定的な発言をしなかったせいで、

子猫ちゃんが、車に轢かれたり、飢え死にする運命

になったとしたら、私の落ち度だ。」

「家のすぐ隣に居ただなんて、家が飼うべくして、

そこで、子猫ちゃんは、必死に、助けを求めていた

のかもしれない。」

「猫アレルギーなんて、大した事じゃないのに。

我慢出来なかったとしても、責任を持って、飼い主

を探すまでの事だったのに。」


そんな事を考えながら、ママが、子猫ちゃんを、

家に迎え入れてくれていたら良いと願いながら、

車のドアを開けて、ママに、尋ねると、

「(maiginuちゃんを送って、)お家に帰ったら、

居なくなってた。誘き寄せようとして、台所の窓を

開けた、あの音で、驚いて、逃げちゃったのかなぁ?」

って、そんな、お返事。

きっと、飼う運命では無かったんだって、自分に

言い聞かせながら、それでも、心が疼いて、

ちょっと、同時に、がっかりして、ママに、

考えていた事を、打ち明けたら、

「でも、お母さんとはぐれちゃって、お母さんを

呼んでいたのかもしれないよ?だったら、誘拐

になっていたよ」って。

そうなら、お母さん猫と、会えたなら良い。

でも、起きぬけの、あの時点で、私は、あの子猫ちゃん

を助ける義務が生じていたのに、私は、それを追行

するのに失敗していたのだとしたら、なんて、

可愛そうな事をしたのだろう。命の事を考えないで、

自分の記憶の悪さの事とかばっかり、考えていたなんて。

でも、サバイバルの仕方を習得出来たなら、

野良猫生活の方が、自由があって、良いのかな?

生きて、幸せに、あって欲しい。


明日の早慶戦に備えて、寝なきゃ。

今日の、Saakoちゃんの、

素敵な言葉だけ、

忘れないように、

書いて、寝よ。


「それが、maiginuの、個性かもしれんやんね。」


Saakoちゃんと、Arimaと、

それぞれの抱えている問題を、分かち合った時の

言葉。


私の病気、それから、それについての、

書き途中の絵本について、語った時の、言葉。


闘病の経験を、

私と言うパーソナリティや人生観の形成に

役立てて、未来に繋げて行かなくちゃとは、

思っていたけれど。


人とは違う、「個性」って言う、言葉で、

その思いを、表現してくれたことは、


たった一言


と言えど、病的な私も、ひっくるめた、

私と言う人格を、しっかと、受け入れてくれた、

抱きしめてくれたって、感覚がして。


Saakoちゃんは、

たった一言で、

人を包みこめる、

すごい人。


なかなか、そう言う言葉って、

出てこないな・・・私なら。


Saakoちゃんは、自分らしさって言う、

しっかりとした軸を、持っていそうな人。


真っすぐな黒髪に、

可愛くて、小っちゃな唇の、お上品な、

和風美人さん。

一重の瞳に、すごい、生き生きと、

希望に満ちたような、


光を湛えている。


その光は、磁力にも似たるよう。

本当に、人を、惹きつける、オーラがある。

武き者の風格に、しっとりとした、落ち着き。

低めの、穏やかな声で、方言を口にするのが、

物腰柔らかで、素敵な人。


Saakoちゃんは、魅力的な人。

女の私の目からも、そう思う。


今日は、SaakoちゃんとArimaと、

オーガニック・フードのレストランで食べてから、

大隈ガーデンで、テスト勉強をして、過ごした、

まったりとした日。


皆で、「W大の人って、良い意味で変だよね。

歌舞伎者(←傾き者:「真っすぐな正道から、

傾いている=異様」)だね」って、話していたけれど、


変わっている人って、素敵。


Saakoちゃんも、そんなような、素敵な変わり者。

Arimaがフェンシングをしていたと言う話しから、

フェンシング繋がりってだけで、

『キューティー・ハニー』を、人目も気にせず、

歌っちゃうような、人。


やっぱり、個性って、素敵。


だから、思う。

正道から、傾いていて、外れちゃって、

アブノーマルだと、呼ばれようが、

そのアブノーマリティに、

他とは差別化された、

「他ならぬ自分」

を見出して、

誇りを持って、

いるので

あれば、


何故、私は?

何を、懼れて、病名を伏しているのだろう?

病気が、個性で、また、強みなら、何故?


Arimaが、私の病名を聞いて、驚いていた。

欧米では、偏見があるから、その病名を、

口にするのは、軽い病気と言えど、タブーだって。


でも、

Saakoちゃんみたいに、

偏見により構築された、

一種の根強いとされる世界観を、

たった一言で、

一掃して、

覆しちゃうような、

黒を白に変えちゃうような、

そんな人に、

引き合わされて、こうやって、お話し出来ちゃう

のだから、私の一部となった、病的な世界も、

そんな、直隠しにするべきものでは無いと思う。


それでも、パパママは、私の事を、

心配して、秘密にする事を望んでいたから、

私が、偏見があるとすれば、それと

闘うべきと思っている事を、

認めてくれた後でも、なかなか、

パパママの気持ちを、裏切れなくって、

そこまで、オープンになれない。


でも、私、人って、もっと、信頼して良いと思う。

そんな、悪いことばっかり、思っていない。

もし、偏見が、社会には、あるとしても、だよ?

そう言う、周りから見れば、

欠点と思われるような要素も、

帳消しにしちゃえるような、魅力が、

私にあれば、良いだけの事だから。

あとは、日々、精進するだけね。


ステレオタイプな病的イメージと、「私」と、

どっちが、より信頼出来るかの、

戦いなのかなって、思う。



・・・全然、関係無いけれど、今日、

Arimaとお話ししていて、知って、楽しかった事:


西洋の演劇では、大根役者に、ブーイングを

浴びせかけるだけでなく、腐ったトマトやキャベツを、

投げつけたらしい。劇場の前では、そういった

腐ったフルーツや野菜を売っている売店も、

あったそう。