今日は国立音楽大学の声楽科専修による、
合唱定期演奏会でした。



今年も一年生の授業に携わらせていただきました。

一年生ってね、年によってもちろんカラーが違っていて、
たとえばやけに大人びた感じで やる気あるんだかないんだかと思っていると 宗教曲に何かしらの感銘を受けて 音楽をする。
そんな姿を見て内心ほっとしたり、素直に指揮者の言ったことを「まずはやってみるか!」的精神で突き進んで失敗して、とにかくやれやれと思いつつ とても可愛くて、
いずれにせよ、音楽をしに来ている学生達を見ると、やはり愛おしく思えるもんです。


これが教員の立場からするとまた そうも言ってられない事も多々あり、苦しいと思いますが・・・。
私は教員ではなくあくまでアシスタントだから こう楽観的に居られるわけです。
気楽なもんです。


今年のプログラムは
一年生 フォーレの女声合唱曲集より抜粋

二年生 ブルックナーの混声

三年生 ハイドンのネルソンミサ


・・・てな感じになっておりました。
二年生はリハーサルだけ聴いたけども、いい曲でした。
フォーレもハイドンも、素晴らしい曲ですよ。とてつもなく。
国立音大の講堂にあるあの大きなグランドオルガンの60種以上のストップを使って ひとつひとつ、織物のように音色を重ねて、それはオルガニストの裁量とセンスで編み出される美しい和声の連なり。
持続する心臓に響く低音に なんとも言えぬ生理的喜びがあります。


オルガニスト堀井美和子先生のアシスタントをすることができて、本当に幸せでした。


ブルックナーの壮大な音楽を聴いていたらまた思ったのだけど ああいう 人間離れした音楽を聴くと とても哀しくなる。
譜面上は確かにフォルテだと思うけど
ブルックナーは決して大きな声で主張したいんじゃなくて それよりもより、強い強い 想像もつかないような強い感情が音楽に乗っていて、彼には音楽があったから それを表現できたんだ・・・
だけれども、どうしようもなく、嗚咽するくらい悲しくなる。そんなに強い感情を持つことは、それに比例して苦しかったはず。
人間の身体は 感情をしまう箱のキャパシティーが無限なわけではないから、、、
でも無限に近い溢れるものを 音楽としてこの世に産み落として、


あぁぁあー・・・・・・やっぱりつらい!!!



あまりに美しい音楽はそれを演奏するのも非常につらい。

演奏者は音楽の前で、絶対に嘘をつけない。


醜い、乱れた自分ならば、そんな自分を目の当たりにして、
丸裸同然になって、
傷つきながらも、(その時というのは、本当に脇腹から血を流してどうしようもなくなるような息詰まる苦しさ。)
どれだけ苦しくても音楽をしたい。


ふと気がつくと心が洗われて
混じりけない
汚い欲もなにもない
ただ純粋な それしかない!という音色だけを追いかけている。そして、そんな持続する苦しみの中であふれる歓びが、たまらないのですね。。。
ピアニストは、鍵盤に触れているだけでも生理的快感があります。

そこから、音楽が始まる。







わたしにとってはいい演奏会だった。。。
永井宏先生の音楽が大好きだから

毎度!
おきあがりこぼしの鈴木です。

今日はマクロフィルタを装着して撮影した写真を掲載します。


「内臓破裂」(先生命名)
$鈴木麻衣@やっぱりキリン



$鈴木麻衣@やっぱりキリン


$鈴木麻衣@やっぱりキリン



こうしてマクロフィルタで覗くと
近すぎちゃってどうしよう!
まったく別次元の世界に入り込みます。
決して女性の毛穴を見たりしないように!!!!×××!!!



自然にはたっくさん幾何学模様があって
数学的に美しい比率になっていて

それは人間に「気持ちいい」と感じさせるんですねぇ。
音楽も一緒だ。んだんだ


単焦点レンズほしいなぁ~><