まあ、こういうど田舎で何もしていないと
そりゃあ精神は病むんですわ。
ことあるごとに不幸なオーラに引き落とされてしまったり
気だるい日々を過ごしている
まあ、人間こんなものなのだろうと
思うこともある
実は、子供を作ろうかどうしようかという
人生の転機に差し掛かっていて
来年には日本では高齢出産に入る方になってしまうのです
まぁもう、実は半分諦めてて
子供がいるから全てがパーフェクトな人生とは限らない
っていうのも実は見えてるんです。
じゃあ、子供を欲しいと思った時
親として何が子供の為に出来るか?
それをよく考えていた。
どうしてそんなことを考えるかというと
子供って、自分の意思では生まれてこないんですよ。
子供が自分の意思で生まれてこないのだから
私たち、親になる側は
少なくとも、この世界は平和で、希望があり、幸せに満ちている
という確信はなくとも、信じれる能力が必要だろうなと思っている。
親として、何が一番の幸せなのか?
どんな状態で暮らせているのが幸せというのか?
それを自分の中で明確にしていかないと
子供に希望や夢を見させてあげられない
親がこの現実社会や自分に希望を持って生きていなければ
子供は繊細にその心は読み取るもんだと私は思っているんです
私が実はそうだったから
私は正直、主人との生活には全く問題ないし
この人とはこれからも二人だけでも生きていける自信はある
だけど、主人の学問のため、自分の職を半ば諦めて来たこの地
何もない畑に囲まれて、生活しているけれど
ここでは幸せを見つけるのがとても難しい
どうしたら幸せになれるのか
いつも悩んで知る
私は何が自分を幸せにしているのか分からないでいる
今でも、確かに主人と暮らせて幸せではあるけれど
その他に、特に何もないなって思うことがある。
それでいいのかなぁ
子育てもしたいかわからない
だいたい世界はいい方向に進んでいると思えてない自分がいる
このまま子供を産んでも2030年には世界人口が80億を突破して
今ある地球の面積では、充分に人が生きていけるほどの食料がなくなってしまう
そういうのもあり、また戦争は起こるだろうし
そう考えていると、なんだかもう生きているのも面倒になってくる
生き甲斐ってのがない
生きている意味とか
そういうのを全く感じないで生きて来た
子供を自分の生きがいにはしたくないんだ
子供は新しい別の個であると思っているから。
無意味に女は子供、家庭の役割のもとに私は生まれてきて
父親には、女は産むために生まれてきてるとまで言われ
その発言に激怒し、いまだに女は人間にすらなれないのか?
女には産む権利、産まない権利があると発言してはいけないのか?
このような怒りや疑問と戦っている。
こういう圧力を受けたまま生きて来た私は
今、仕事してないただ生きてるだけの人生を送ってて
社会に貢献もできずに、ただ主人の博士が終わるのを待っている
日本にいれば、仕事だってバリバリできたし
キャリアを積み重ねることが出来たし
欲を言えば、お金だって貯めることが出来た。
結婚なんかして良かったのだろうか?
そう何度も頭をよぎるし
アメリカにいても日本にいても一緒だなとも思う
スタバで仕事するくらいだったら、日本に帰りたいと思っている。
今は野良猫の世話をしているから、唯一それで帰らなきゃって思うことがあるくらいで
それ以外には、主人は心配だけれども
もう一週間以上も風邪ひいてて
こっちも色々、風邪引きのために食事考えたりしてるのに
ベットで寝れれば、テレビばっかり見てて
正直、こんな人で大丈夫なんだろうかと思うことがある
もちろん主人は結構優秀な人でもあって
論文を投稿できる力があるのは
とても良いのだが
今子供はお金がなくて持てないから
私が40歳で産んでもいいとか言っている。
私は自分が40歳の時はもう自分のキャリアを進めていたいんですけどね。
なんで女ばっかりがこんな思いしなきゃならないの!?
本当に不公平だって思う。