死別ブログに出会い思うこと | 私も一緒に連れて行って

私も一緒に連れて行って

夫と死別。ふたり家族でした

死別ブログを読み始めたのは

「夫の命が危険です」と言われて数日してから。

もしかしたら明日明後日に夫がいなくなってしまう。

そう思うとネットで色々検索してしまった。

人様のブログを読むというのはもう長年のしている事だが

死別ブログは一度も読んだことが無かった。

その存在すら知らなかった。

呑気に暮らしていた私は主婦のおしゃれな暮らしとか

料理ブログとか、そんなブログばかり読んでいた。

死別ブログは当事者にならないとなかなか巡りあわないだろう。



母が夫である私の父を亡くしたのは60代になってから。

父も60代だった。

日本の平均寿命を考えると若い。

父が定年してこれから夫婦二人で色々楽しむつもりだった。

それが父の死で全て無くなってしまった。

子供達がいるといっても、夫の存在とは全く違う。

私は当時、最初の結婚を目前にしていた。

すぐではなかったが母を残して

私は家を出て行かなければならなかった。

いずれ子供は離れていく。

母の寂しさはどんなものだっただろう。

60代での死は平均寿命を考えるととても若い。



しかし母より私の歳はもっともっと若い。

夫は定年までまだ時間がある。

現役の働き盛り。頼もしい時期だった。

葬儀で夫を仕事で知る人は

「これからがもも夫さんの時代だったのに。若すぎる」

そう言ってくれる人が何人もいた。

私は「若くして夫と死に別れた気の毒な喪主」だった。



死別ブログを書いている女性達は同じように

若くしてご主人を亡くした奥さんだった。

これには衝撃を受けてしまった。

こんなに沢山の人がどこかで悲しんでいる・・・

様々な属性は違うけど

夫のいないこの先の人生の方が長いのには変わりが無い。

抜け出せない悲しみがあった。



私の周りには死に別れした友人は一人もいない。

友人にごろごろ死別者がいたら実際に会って話して

お先真っ暗な気持ちを共有できるだろうけど

そんな友人は全く見当たらない。

だから死別者の体験を綴っているブログは

私にとっては自分一人じゃないという

そんな存在だった。



とはいえ、夫が入院中に夫達妻達の死別ブログを読むと

怖い不安な気持ちにもなった。

夫がいなくなってしまったら、私は深い闇に包まれて

生きていけるのだろうか・・・

何年も悲しみを抱えて。



結局夫がいなくなってしまい

闘病ブログから死別ブログを書く側になってしまった。

私は今、悲しくて寂しくてどうしようもない

どん底の闇の中にいる。

配偶者がいたらどちらかが必ず辿る道だろう。

そうだとしても

夫が若すぎる。

現実だと分かっていても、信じられない気持ちで

毎日なんでなんでどうしてと泣いてしまう。

どうしようもない気持ちが苦しい。

それが、か弱い気持ちでもほんの少しだけ

生きていけるのかな。

悲しみで苦しんでいる人は一人じゃない。

そうはいっても夫の側に行きたいし

今にでも迎えに来てほしいけど。