思えば結婚する前から義母は私の敵だった。
前にも書いたが、結婚前に旦那と婚約指輪の話になり「指輪はいらないからウエディングドレスが欲しい」と言った私の希望は義母の反対であっけなく絶たれた。
今思えば、この時すでに旦那は借金があった。
借金の理由は確か元カノに使ったと言ってた気がする。さすがに私もそんな借金を抱えたまま結婚されるのは無理なので全部返してもらった。
故に旦那はお金がなかったから指輪を買うと言っても大した物が買えない事は分かっていた。
だから値段の安い数万円で買えるドレスが欲しいと言ったのに義母に却下され、結局指輪もドレスもなく(ドレスは自分で買った)結婚した。
ドレスを却下した義母が私に渡した物は、自分が姑から貰った時代遅れの指輪をサイズ直しし、家にあった包装紙でいかにも素人が包装した感じの物だった。(当然一度も使うことなく、この前の話合いの後義母に返した)
結納も義母の一言でなくなり結婚式の内容も義母の言われるがまま。
結婚してすぐ旦那の小遣いの金額にケチをつけられ、子供が生まれてから頻繁に実家泊まりに行くと「私は実家から電話かけてきてもらわないと帰れなかった」と嫌味を言われた。
子育てに協力的でもなく、子供達に「〇〇連れてってあげるね。〇〇一緒に行こうね。〇〇買ってあげるね」と言いつつ実行されたのはほんの2、3割だった。
その度に子供にフォローしてきたのは私だ。
母か闘病のため私が実家に通うようになると嫌味っぽく「一生懸命ね〜」と言った。
そして事あるごとに「私は息子より嫁の味方よ」と恥ずかしげもなく言った。
普段の言動は完全に息子の味方なのに。
ここで少し私の生い立ちを。
私は田舎の小さな集落で生まれ育ち、実母は3歳の時に事故で亡くなった。
祖母と父に育てられたが、高卒で就職した年、祖母が脳梗塞で倒れ入院、しばらくして父は私の元同級生のお母さんと再婚した。
新しく母となった人は献身的に祖母の介護をしてくれたし、私達家族はそれぞれ気を遣いながらそれなりに仲良くやっていた。
その母も2年余り前に癌で他界した。
父は真面目で誠実な人柄で周りからの信頼も厚かったが、元々口数が少なくコミュニケーションが充分だったとは言えない状態で私は育った。
だから私は家族のあり方をよく分かっていなかったのかもしれないし、子育ても手探り状態でやってきた。
義母に対する不満は、軽い愚痴レベルの話は友達にも母にも話していたが、時に私の生い立ちに関する事も言ってくる義母に私のストレスは自分が思っている以上に溜まっていたらしい。
旦那は当然義母に対しての不満など聞くとあからさまに嫌な顔をしたし、子供達に義母の悪口を言う事は誰も得しない事なのでそれはしなかった。
不倫の話し合いの時、義母はとにかく私を責めようとした。
旦那が不倫したのは私がSEXをさせなかったから。家での私の態度も旦那に疎外感を与えていたから。
借金を抱えたのも付き合いが大変なのに私がそれを理解せず小遣いを充分に渡さなかったから。
出世できたのは借金してでも付き合いを優先してきたから。
母が癌になって以来ずっと定期的に実家に通ってる私に、遠回しに母は私の事を実の子とは思ってなかった。それなのに献身的に実家通いして…と(まるで頑張って母に尽くした私に残念だったわねと言わんばかりに)
私的には、実家通いは自己満足でやっている事なのだ。今も父の元に通っているが、母の時も死んだ時に後悔したくないから。もっと何か出来たのではないかという後悔は、
母が私を実の子と区別してた事など自分が一番実感している。それでもそれなりに母としての役目を果たしてくれたから、それに対する感謝の気持ちは伝えておきたいと思ったのだ。
そんな私の気持ちを、義母は母を貶めつつ馬鹿にした。
挙句何度も口にしたのは「本当のお母さんが居ないってこういう事なのね」という言葉だった。
少なくともその日だけで3回は口にした。
開き直る旦那と私を責める義母に、正論で立ち向かう私を強気な女という意味だったり、証拠を揃え冷静に話す私を可愛げのない女という意味であったり、後はたぶんただの悔し紛れ。
私はその言葉を聞く度に「あんたのような親なら居なくていい」と心の中で叫んでいた。
幼くして母を亡くして私がどんな気持ちで生きてきたかを全く考えもしない本当に無神経な言葉を投げ続ける義母を心底軽蔑した。
不倫した息子を棚に上げ嫁を責め立て、敵わないと分かると私の生い立ちを馬鹿にするような義母を、今まで何を言われても笑って流してきた自分が本当に情け無く感じて、考えると涙が止まらなくなる。
この先、私が義母を許す事は永遠にないだろう。
そしてこの話合いの時の義母の無神経な言葉の数々と旦那の態度にとうとう私のストレスはMAXに達し、数日後いまだかつてない爆発💣💥をすることになったのだ。