火曜小ネタコーナー
今日も先週に続き、昔の想い出のレースを語ります。
先週、1978年11月12日のヤマニンミノルの勝った天王山特別が、マイアガラマタック的一番印象に残った条件特別というのを語りました。
ということで、マイアガラマタック的一番印象に残った〇〇〇を紹介します。
一番印象に残っているG1
1985年シリウスシンボリの勝った日本ダービー
(加藤和宏騎手、いろいろなプレッシャーをはねのけての勝利)
一番印象に残っているG2
1980年グレートタイタンの勝った阪神大賞典
(この時代に上がり3F33秒台の瞬発力。今の馬場なら31秒台クラスの末脚でした)
一番印象に残っているG3
1986年フレッシュボイスの勝った毎日杯
(杉本清アナの「雪はやんだ、フレッシュボイス」の名実況)
この3つのレースは、ナイアガラアタック時代のアメブロで語っているので、今回は詳細は割愛させてもらいます。
今回は
一番印象に残っている「一般レース」を紹介します。
それは。。。
1978年11月12日の京都3Rです。
距離はダート1400m。
*なんとヤマニンミノルの勝った天王山特別と同じ日です。
勝った馬は
ミヤリサンヒーローという馬です。
レースはミヤリサンヒーローが馬なりで楽々と差し切って快勝。
(映像は勿論ありません。笑)
KBS京都の実況アナウンサーがゴールの時こう言いました。
「ミヤリサンヒーロー1着。2年5ヶ月ぶりを快勝」
「げ、この馬、2年5ヶ月も休んでいたんだ」
と衝撃を受けました。
多分、今でも長期休み明け勝利、第2位の記録だと思います。
(1位は1993年2年10ヶ月ぶりを勝ったタマビッグホープ)
で、このミヤリサンヒーローが勝った直後、スポーツ新聞の馬柱を確認しました。
確かに2年5ヶ月休養(管骨骨折)となっていました。
そして。。。。馬柱をさらによく見ると。衝撃の事実が。
このミヤリサンヒーローの前走が。。。
なんと
東京優駿(爆)
1976年 勝ち馬はクライムカイザー
マイアガラマタックまだ競馬を始めていません。
競馬を初めて約1年半、前走が日本ダービーという馬を午前中のレースで見たのは(しかもダート戦)初めてです。
それから、ミヤリサンヒーローはめちゃめちゃ強い馬だという認識を持ち、ずっと応援しましたが、3走してすべて惨敗でした。競馬というのは難しいスポーツだなあと思いました(笑)
ただ、ミヤリサンヒーローのおかげで、馬柱をしっかりと読んで予想する習慣をつけることができました。そんな意味で感謝したい馬です。
おまけその1
1983年末の阪神競馬で、ツルミサニーという馬がデビューしました。370kgくらいの小さい馬でした。
馬柱を見てびっくり
「父ミヤリサンヒーロー」
ミヤリサンヒーロー、なんと種牡馬になっていたんです。
おまけその2
1982年、後楽園球場に行ったとき
フェンスにあった広告を見てびっくり
「腸にミヤリサン(爆)」
どうやらミヤリサン製薬というのがあるそうです。
ミヤリサン製薬とミヤリサンヒーローとは関係があるのか?
もしご存知の方おられましたら教えていただきたいです。
