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あまり意味のない日常のこまごましたこと。

おはようございます。

ほんとうにたいへんである。

人事異動そして残務整理である。しかも、短期間にすませなくてはならない。

プレッシャーから朝早く目がさめて、そのまま眠れなかった。

ここ数年、慣れているということで惰性と手抜きというこころがけの悪い日々を送った結果、たいへんな作業となってしまった。いい条件を与えられて遊んだのは自分のせい。

しかし、こころから反省して、いつまでも後悔しないこと。

ものと仕事の整理ができていないことは謝るしかない。

いつまでも同じ場所にいられるわけではないし、いてはいけないのかもしれない。

環境がかわらないと変化はしない、それは進化しないということなのか。

新しい仕事は自分にできるのか?

ものごとのいい面を見て、なんでもうまくいくと思おう。

今の行いが次に続く。謙虚に。

年度末というと人によっては忙しくてたいへん。

今までは関係なかったが、すこし勤務がかわるので残務整理がある。

長年、楽にしていたので本当にたいへんである。

新しいところの仕事もあるし、本当にのりきれるのか。

すべて油断して、準備をおこたっていた自分のせいである。

さて、一日がはじまる。

ここを読んでいる人は非常に少なく、固定の方もいないとおもうのだが、まあ、そういう人があればがんばってください。

 

 

昨年の十一月ごろ、変な間違い電話があると運気が変わる、というかへんな方向に行くとここに書いたが、まあ、そのようだ。おっかしなぼたんの掛け違えみたいなことがよくおこる。また、変化がよくおこる。なので、頭の中で過去のことを順番に思い起こしてみたら、やはり3年ごとで星のめぐりみたいなものがかわっているような気がする。関係ないが、先週は数年前に亡くなった父親の残した古い車がショッピングセンターに入るなり停止。以前にもあって、ついに廃車。JAFが連休中なので渋滞に巻き込まれ到着できないし、仕事はあるしで結局数日放置。で、勤務地が少しだけかわる。かなりゆるゆるで仕事をしていたので、もっと思うことをやっとけばなあ、などと物思いにふけったりした。まあ、何事も一長一短、いいところもわるいところもある。最近、孫子の兵法の解説書をコンビニ見つけ、軽い気持ちで読んだらこれが面白い。いや、役に立つ。起こり得ることはおこるのである。とりあえず、時間は有限、効率的に物事を進めよう。同じようなことが平和にずっと続いたが、それはある意味停滞だったのか。

東日本大震災から6年ですか。

2011年3月11日金曜日。少し当時の記憶を書いておきます。

当時の記憶と言っても被災地から遠く離れた、西日本、滋賀県の南部にいた自分としては、揺れもあまりなく、発生したときはまた少し被害の多い地震かなという程度の認識でした。

 午後3時前だろうか、あれ、揺れた地震か?という程度で、机に向かって職場でパソコンを見ている状態でもその程度。ただ、なんか一瞬、ものすごくめまいのようなものを感じて、気分が少しだけ悪くなった。それで気になり、同室の人に「地震なかった?」と聞いたが、「いや、何も」と、しかし、壁に掛けてある小さなホワイトボードを指さして「あれ」と言うので、ゆっくりと揺れている。なんとなく、不安になりすぐにネットでヤフーを開けると、東北で地震があった。同じ建物内に新しく事務室ができ、そのことで同じ課の人が来ていてのんびりとした感じで、「地震やった(だった)?どこ?」と聞くので「東北みたいですよと」答える。それでも、数年前にあった新潟の地震くらいで、災害地の物理的被害と、何名かは被害でたいへんなことなったかな、復旧に数年かかるかな程度で、数年に一度はある大きな地震くらいに思っていた。ヤフーの第一報を印刷してその人に渡し、すぐに仕事に戻る。ただ、やはり不安感がなんとなくあったので、頻繁にネットでニュースをチェック。テレビはその事務室にはないのだが、見ていた記憶がある。もう6年前だから、そのへんの記憶があいまい。別室のものをちらちら見に言っていたのかもしれない。千葉でコンビナートが火災とか、首都圏でも交通に影響が出ているなどの情報が入る。夕方、5時ごろ別のところで会議をしていた人がこちらに寄り、「地震なんかひどいらしいですね」と言うので、「千葉でコンビナート火災らしいです、被害者も出ているらしいですよ」と答える。少し揺れたかなと思ったらめまいがして気分が悪くなったんで、体調くずしたのかもしれないと思いやばいなあと思ったとのこと。いやまったく同じでしたと自分も答える。なんか電磁波みたいのが出たんですかねえとお互いに言って納得していた。ふつうの被害の大きさではないというのは分かってきた。他府県から来ているお客さんが、かなり顔つきが不安そうな様子で、予定を切り上げ慌ててお帰りになった。多分、なにからし情報を得て、ふつうでないと所属先から指示がでたいたのかな思う。

 その時は、まだ阪神大震災を上回る被害、数年にも及ぶ影響を残す災害であるとは思っていなかった。

定時の5時には帰ったが、緊急的の対応をするよう職場から指示もなく、業務は引き継ぎそのまま帰宅。この地震以降、非常時の対応はかなりマニュアル化されるのだが、まだのんびりしたもの。

 コンビナート火災、関東地域の住宅地で被害、亡くなられた方などのニュースをテレビで見る。東北の地震で関東まで被害が出るということは、かなりの規模の震災のはずだが、その時はそういうことまで頭が回っていない。

 公共施設で寒い中、避難している人がいることを知り、気の毒に思う。

 アイフォンで現地の人の意見がないか見る。

 何か、寒いし大変だ、警報の音が不安だなどという意見を読んだような気がする。

 原発の被害はなぜか、あまり伝わってこなかったように思った。

 どのような現状か、だれもその日の夜には把握できなかったのだろうか?

 阪神大震災の時とどうしても比較してしまうのだが、あのときは揺れたし、幹線道路は渋滞するし、身近に知り合い・身内がいるという人も多いし、騒然としていた。しかし、今回は直接的影響がなく、二次情報からのみの不安だった。いつ、眠ったのか忘れたが、気がつくと翌朝。

 開けて、3月12日()  

 東京の親戚から、大丈夫だという電話が入ったらしい。

 まあ、東北でないからそこまでの被害はないだろうとこちらから電話しなかったが、少しもうしわけなく思う。

 津波でさらわれた様子、水にとりのこされた人の様子、かなりの被害であった様子が伝わる。これは復旧にものすごい時間と労力がかかるだろうなと思い、テレビ映像やネットの情報、掲示板・SNSの書き込みなどを見る。

 どこで情報を得たか忘れたが、原発が津波にのまれ、爆発したとか映画みたいな仮想の悪夢のようなことが起こっていることを知る。昔、そういうことが起こったらたいへんなことになるなあ、いや、おこらないだろうと思いながら話のタネによくしたものだということを想う。

 土曜で休みだが、テレビの報道が臨時体制であること以外はまったく普通の日常である。

 阪神のときは、近畿地方のことであるので、番組が全面的に緊急報道になったが、今回は定例の番組に報道が組み込まれている程度のような感じだった。

 そういえば、夜になるとAМ電波は遠くから入ってくるのだが、阪神大震災のとき、他の地方の番組がふつうに娯楽番組をやっていてびっくりしたが、直接の被災地を離れるとこんなものかなと思う。当時は、すこし腹が立ったのだが、今は逆の立場で申し訳なく思う。

 天気は良いが、若干、まだ気温があたたかくなりきらず体が冷え気味なので、日帰り温泉に行くことにする。サウナの中のテレビで原発の遠景からの中継を見る。帰りに小規模のスーパーによったら食品ががらがら、客もまばら。今まで見ない光景に少し不安になる。たぶん、買い占めかな。車の中で聞くラジオではメルトダウンの可能性があり、そのことについて専門家の先生がもしそうならどうしたらよいかとアナウンサーの人に尋ねられ、「僕はわかりません」と怒ったように答えていた。不安な気持ちにはなるものの、こちらではふだんと全く変わりのない日常があるだけだった。敷居のすべりが悪いのでシールを貼って治すとかそんなありきたりの日常。被災地から遠い晴れた天気のよい、しかし寒さが残る1日だった。個人ではどうしたらよいかわからないし、じっとしているしかしょうがないかという感じだった。

 

 

 

 

 

最近、頻繁に食べるお菓子がこれである。

おにぎりせんべい。あまりにもオーソドックスな昭和からのお菓子である。

あまりにありきたりで、いままでそんなに食べなかったのだが、スーパーで何気なく買い食べたら、味が・・基本的には同じなんだが、現代的なうまさに激変している・・しょうゆの味はポップにかろやかになり、昔より甘さがまし、それが若干洋風、それがよい。こんな進化が許されてよいのか。

ここ一月ほど週に2~3袋は食べている。これは小さな袋で1個1個がこぶりである。コンビニなら60円、百均(ダイソー)なら108円で二袋である。細かい話、2円安い。もちろん大きな袋のものもよい。

しかし、このお菓子東日本ではあまり食べられていないそうな

子供の時から当たり前のようにあるので、意外や意外。

もう一つ、最近よくたべるのが、キャラメルコーンである。

こちらも今風に味が進化しているような気がする。

おにぎりせんべいは写真の基本的なやつがよく、バリエーションのほかのものはいまいちである。

キャラメルコーンのたぶん、今の時期限定のがあり、期待せず買ったが、これが案外いける。

カナエルコーン・咲くらんぼ味。

さくらんぼ味と書いているが、さくら的な甘い味、ひなあられかな。

合格祈願とひなまつりをかけているようである。

うまい

キャラメルコーンには結構、種類があるようである。

定番のお菓子が進化している。

と女子高生のようなことを書いているがおっさんのブログなのであしからず。

いや、昔懐かしい味が、古いままレトロ趣味に甘えず今風に進化しているというのは本当にうれしい。

 

 

 日曜に京都府宇治市にある源氏物語ミュージアムに行ってきました。

 源氏物語は読んだことがない。マンガ化されたものでさえ挫折しました。

とりあえず、博物館・美術館として堪能させていただきました。

牛車というのは実物はたいへん大きく、今の高級車よりスケールが大きい。そして、色が雅な鮮やかさ、漆かな?

当時、これに乗れるということは相当裕福で、しかも貴族でないと乗ることもできなかったと思います。

人形が原寸大だとしたら、当時の人はかなり今より小柄だったのか。

物語の中で光源氏が住んでいた屋敷。4つ同じようなお屋敷があり、春夏秋冬それぞれ、景観が違い、季節ごとに住み分けたとされています。まあ、フィクションの中の話ですが。

読まないのにこんなことをいうのものなんですが、今のラノベに通じるところが大いにあり。

せっかくなので、食事は館内のショップ件カフェで茶そばセットをいただきました。

帰りに平等院によりました。周囲の店ではやたら茶そばの看板が目立ちました。

道路がいろいろできてあまりにも早く到着してしまい、それに一番驚いた。また、行ってみよう。

 

最近、数年前に亡くなった父親と最後の方の接し方があれでよかったのと考えることがある。

高齢でありまた病気も見つかったのだが、もう完治する見込みはなかった。

3か月もつだろうが1年はもたないだろう、そんな状態だった。

こちらも仕事やそのほかのこともあり、病院には通ったが訪れてもそうそう長くはいられなかった。

あまり話をする方でもなかったので何を話してよいかもわからない。

亡くなる3週間ほどまえ、連れて帰れというがそれは無理だという押し問答もあったが、しばらくするとあきらめたというか悟ったようだ。こちらが疲れていて、ぼんやりして話もしなかったら、もういいから帰ってくれと言い、そっけなくなった。

それからあまり自分にも興味を示さなくなった。

少し体調がすぐれないがまさか入院3か月目でなくなると思っていなかった。

至急に来てくださいと病院より固定電話の方に連絡があった。

いつも携帯を持っていてくれと担当の看護師の方から言われていたのだが、そのときたまたま部屋に置いたまま入浴をしていた。めぐりあわせが悪かった。そのために、連絡に時間がかかり、病院に急いだ時は、もうだめだった。

その日の昼に仕事を抜けて見に行ったのだが、特にいつもとかわりなかった。軽いけんか状態でどちらも話もせず、父親は手当てをしてもらっていて自分は話もせず仕事に戻った。

できる限り夕方見舞いには行っていたのだが、その前日、仕事先でとある出入り業者さんが、まあ泣き言だが工事が夜間に及ばないと明言しつつ、なんの説明もなしに夜間まで行って、しかたなく立会した。

後味の悪い別れとなった。

なぜ、今このことをまた書くかというと、母親が通院を開始しなければならないからである。

特に今どうこうということはないが、高齢であるので何があるかわからない。

とりあえず、なんでもいいから話をする、会話にならなくても一方的にでもいいので話すこと。

人の記憶とは会話の記憶、そう明言してもいい。ささやかな体験から自分が得た教訓である。

 

  朝から少し出勤、ただし勤務時間にはカウントされない。というか、しない。些細な打ち合わせのみ。午前中、特に目的もなしにスカパーのチャンネルを回したりしつつ・・ああ漫才のハイヒールの過去を振り返る特集番組これが面白かった。80年代から90年代の世相を振り返れた。仕事の電話も入り、何もたいしたこともしていないのにもう昼食。ナポリタンスパゲッティを作ったが、案外うまくできた。反則だが味の素を少しかけたからな。ウインナーがなかったので鶏肉を入れる。天気が良い。午後2時から皮膚科。いつも本を5冊ほど持ち歩いて回し読みしているのだが、読んでいる間に寝てしまった。起きたら疲れが取れていた。睡眠は本当に大事、最優先事項かもしれない。どうも知らない間に円形脱毛症になっていたらしく、人にすすめられ受診。3か月くらい通院しているがだいぶ回復しているとのこと。検査したが、この症状のみで他は問題ないということらしい。よかった。気のせいかと思ってたが認定された。他の病があるとかネットで書かれているし、とりあえず一安心。その後、天気がものすごくいいのに仕事と病院しか予定がないのかと思いつつ、通院先の近くの、最近あまり行かないとある駅前のショッピングモールに行く。2000年代前半はよくここに来たなあと、少し無意味な感傷にしたりながら、ミスタードーナッツに久々に入り、フレンチクルーラーとコーヒーで休憩。どちらも昔はもっと質がよかったと思ったが。そばめしを食べようと思ったが時間も中途半端で、しかもそばめしなら家でつくっても味は外食とかわらないからと、食品売り場で材料を購入。先週の雪の日がうそのような、温かい冬の快晴の道路を20年くらい前のコンピレーションCDをかけながら帰る。日比谷ラジオシティ10thアンニバーサリーというタイトルである。これが選曲もノンストップ編集も編曲もよくできていてたいへんよい。帰りにセブンイレブンで20円のドレッシングとどん兵衛の小さなのを1個購入、それを食べながら、読売テレビの土曜はだめよで不動産のかわった物件を見る。関西のローカル番組はリラックスできる。夕方、また少し職場で確認事項。現在の職場は自分が休みでも開いているので、何かしら気にかかることがある。いろいろ仕事以外で人と会って聞いたり交渉することもあるのだが、どうしたものかと頭の片隅で方法を懸案中それにつけ、母親の通院がひょっとして始まるかとか、これからどうなるのか考えることが多い。仕事の行き詰まり事項も一つ出てきた。夕食後、日課の運動。室内で30分。体を動かしながら、趣味の特撮番組をかけっぱなし。今は仮面ライダースーパーワンというものである。今、25話くらいなのだが少し飽きてきたかな。ただいま、23時、ありがたいことに睡魔が襲ってきた。健康で問題なく暮らせて、食べて寝られるのは幸福なのかなあと思う。以上、個人的な日記なので他人には意味がないと、最後に書いてみる。

元旦の新聞というのは、特集記事が別冊子となっていてたへんボリュームがある。

日経新聞の場合、このように四部となる。

ふだんは読売新聞を購読していて、たまに他紙を買い足す。

元旦の新聞は今の不安やこれからの明るい未来などについて書いてある。

もう数十年も前からそうである。

たいていあたってないように思うのだが。

毎年、これが楽しみなのだがここ数年、コンビニで手に入る限り一般紙をすべて購入している。

 読売・日経・朝日・毎日・産経と一応、全国紙とされるもの。

 一応というのは、この中にも地域や県によっては購読が難しい新聞があるらしい。

 自分は滋賀県在住なのだが、地元紙というのがない。かわりに、京都・中日というブロック紙が簡単に手に入る。しかも、地元版をだしてくれている。

 新聞一紙ごとに別冊子といっていいのか、付録的な紙面もあり膨大な量となる。

 父親が亡くなってから、元旦は新年回りあり、近くの神社に参拝、お寺まいり、年賀状の確認、お客さんもありたりないものを買いに行ったりと、細かな用がある。まとめて元旦に読んだ年もあるが、数時間かかるので一気読みはやめて、数日かけてじっくり読むつもりである。   飛ばし読みももったいない。

 今年はコンビニにより、二部以降のおまけがついていない新聞があったので、三店舗ほどまわって、入っているものを購入した。

 子供のころから新聞が好きなので、これが結構わくわくする。

 別に勉強ができるたとか好きだったというわけではないですよ。