東日本大震災から6年ですか。
2011年3月11日金曜日。少し当時の記憶を書いておきます。
当時の記憶と言っても被災地から遠く離れた、西日本、滋賀県の南部にいた自分としては、揺れもあまりなく、発生したときはまた少し被害の多い地震かなという程度の認識でした。
午後3時前だろうか、あれ、揺れた地震か?という程度で、机に向かって職場でパソコンを見ている状態でもその程度。ただ、なんか一瞬、ものすごくめまいのようなものを感じて、気分が少しだけ悪くなった。それで気になり、同室の人に「地震なかった?」と聞いたが、「いや、何も」と、しかし、壁に掛けてある小さなホワイトボードを指さして「あれ」と言うので、ゆっくりと揺れている。なんとなく、不安になりすぐにネットでヤフーを開けると、東北で地震があった。同じ建物内に新しく事務室ができ、そのことで同じ課の人が来ていてのんびりとした感じで、「地震やった(だった)?どこ?」と聞くので「東北みたいですよと」答える。それでも、数年前にあった新潟の地震くらいで、災害地の物理的被害と、何名かは被害でたいへんなことなったかな、復旧に数年かかるかな程度で、数年に一度はある大きな地震くらいに思っていた。ヤフーの第一報を印刷してその人に渡し、すぐに仕事に戻る。ただ、やはり不安感がなんとなくあったので、頻繁にネットでニュースをチェック。テレビはその事務室にはないのだが、見ていた記憶がある。もう6年前だから、そのへんの記憶があいまい。別室のものをちらちら見に言っていたのかもしれない。千葉でコンビナートが火災とか、首都圏でも交通に影響が出ているなどの情報が入る。夕方、5時ごろ別のところで会議をしていた人がこちらに寄り、「地震なんかひどいらしいですね」と言うので、「千葉でコンビナート火災らしいです、被害者も出ているらしいですよ」と答える。少し揺れたかなと思ったらめまいがして気分が悪くなったんで、体調くずしたのかもしれないと思いやばいなあと思ったとのこと。いやまったく同じでしたと自分も答える。なんか電磁波みたいのが出たんですかねえとお互いに言って納得していた。ふつうの被害の大きさではないというのは分かってきた。他府県から来ているお客さんが、かなり顔つきが不安そうな様子で、予定を切り上げ慌ててお帰りになった。多分、なにからし情報を得て、ふつうでないと所属先から指示がでたいたのかな思う。
その時は、まだ阪神大震災を上回る被害、数年にも及ぶ影響を残す災害であるとは思っていなかった。
定時の5時には帰ったが、緊急的の対応をするよう職場から指示もなく、業務は引き継ぎそのまま帰宅。この地震以降、非常時の対応はかなりマニュアル化されるのだが、まだのんびりしたもの。
コンビナート火災、関東地域の住宅地で被害、亡くなられた方などのニュースをテレビで見る。東北の地震で関東まで被害が出るということは、かなりの規模の震災のはずだが、その時はそういうことまで頭が回っていない。
公共施設で寒い中、避難している人がいることを知り、気の毒に思う。
アイフォンで現地の人の意見がないか見る。
何か、寒いし大変だ、警報の音が不安だなどという意見を読んだような気がする。
原発の被害はなぜか、あまり伝わってこなかったように思った。
どのような現状か、だれもその日の夜には把握できなかったのだろうか?
阪神大震災の時とどうしても比較してしまうのだが、あのときは揺れたし、幹線道路は渋滞するし、身近に知り合い・身内がいるという人も多いし、騒然としていた。しかし、今回は直接的影響がなく、二次情報からのみの不安だった。いつ、眠ったのか忘れたが、気がつくと翌朝。
開けて、3月12日(土)
東京の親戚から、大丈夫だという電話が入ったらしい。
まあ、東北でないからそこまでの被害はないだろうとこちらから電話しなかったが、少しもうしわけなく思う。
津波でさらわれた様子、水にとりのこされた人の様子、かなりの被害であった様子が伝わる。これは復旧にものすごい時間と労力がかかるだろうなと思い、テレビ映像やネットの情報、掲示板・SNSの書き込みなどを見る。
どこで情報を得たか忘れたが、原発が津波にのまれ、爆発したとか映画みたいな仮想の悪夢のようなことが起こっていることを知る。昔、そういうことが起こったらたいへんなことになるなあ、いや、おこらないだろうと思いながら話のタネによくしたものだということを想う。
土曜で休みだが、テレビの報道が臨時体制であること以外はまったく普通の日常である。
阪神のときは、近畿地方のことであるので、番組が全面的に緊急報道になったが、今回は定例の番組に報道が組み込まれている程度のような感じだった。
そういえば、夜になるとAМ電波は遠くから入ってくるのだが、阪神大震災のとき、他の地方の番組がふつうに娯楽番組をやっていてびっくりしたが、直接の被災地を離れるとこんなものかなと思う。当時は、すこし腹が立ったのだが、今は逆の立場で申し訳なく思う。
天気は良いが、若干、まだ気温があたたかくなりきらず体が冷え気味なので、日帰り温泉に行くことにする。サウナの中のテレビで原発の遠景からの中継を見る。帰りに小規模のスーパーによったら食品ががらがら、客もまばら。今まで見ない光景に少し不安になる。たぶん、買い占めかな。車の中で聞くラジオではメルトダウンの可能性があり、そのことについて専門家の先生がもしそうならどうしたらよいかとアナウンサーの人に尋ねられ、「僕はわかりません」と怒ったように答えていた。不安な気持ちにはなるものの、こちらではふだんと全く変わりのない日常があるだけだった。敷居のすべりが悪いのでシールを貼って治すとかそんなありきたりの日常。被災地から遠い晴れた天気のよい、しかし寒さが残る1日だった。個人ではどうしたらよいかわからないし、じっとしているしかしょうがないかという感じだった。