allaのブログ

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あまり意味のない日常のこまごましたこと。

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バスケットのBリーグ観戦。

滋賀レイクスターズ対三河シーホース。

滋賀県立体育館にて。

滋賀が二部におちる可能性が高く、ひょっとしたら長くは一部では見られないかもしれない。そう思い行ってみました。

個人技はそん色ないのですが、滋賀は大差で勝っているのになぜ無理してスリーポイントシュートを打つのかと素人ながら思っていたのですが、カウンターを何度かくらい最後は接戦に。三河のほうがリーグの成績がよいのですが、無理せず確実に二点を取るときと三点を狙う時の見定めが確実なような気がしました。ここらあたりがやっぱり違うのかな。まあ、別にくわしくはないのですが。サッカーでも強いチームは、少しのリードでも勝ちは勝ちと、ボールキープするのですが、そういういい意味での、ずるさがないなと。

ダンスのアトラクションはフロアDJさんのもりあげもいいのでずか、いや、少し静かに試合そのものをじっくりみたいかなという気がしいなでもない。テクニックとかそれなりに解説などしてくれたらなと。

 

 とりあえず、前の担当部分は引き継げそうである。

そうであるというのは、少しづつ教えていくことが可能である状況であるからである。

 ところが、新しいところでのことであるが、あまり知らないことばかり、そして初めてのことであるのでほんとうに乗り切れるか、そのことにじわしわ気づき始めている。

 いろいろ担当職場がかわった理由を考えてみたのだが、ここ数年、仕事でも私用でも人と会うことか少ない状況であったため、もともと少なかったコミニケーション能力がさらに落ち込んでいた面あった。いや、病んでいるレベルだったかもしれない。そのため、知らず知らずのうちに、人に対する対応が雑で、少し頭を冷やす状況におかれたのではないかと推測している。

今、読んでいる孫子の兵法ではないが、相手には警戒心をもたれてはいけない。自分の人生が大事なら、あたりさわりのない生き方も必要なのかもしれない。

 

最近、買った本である。

「図解今すぐ使える兵法」

コンビニで衝動買い。非情に面白い。

努力が必要なくなるための方法を考えるなどのフレーズが気になる。

「人生を変える習慣の作り方。」

先延ばしをやめる、リスト化するなど気になったフレーズが。

 

まんがでわかるドラッガー

その他はブックオフで衝動買い。

 

ゆっくり本を読んでいる時間があまりないのだが。

 

 今、違う場所・仕事になったわけだが、いろいろ思うところがある。

 以前の職場は配慮されていさせていただいたわけだが、それに対して、ありがたみを感じなかったというか、対応がごうまんなようなところがあったのではないかと思う。もう少し、あの場所にいられることに慎重にすべきだったなとものすごく反省している。

 一年のりきれるのか、今日一日なんかとかもちこたようよ。

 さて、出勤である。

 

仕事はやはり向いているものがいいと思う。

自分の得意なことができる場所に近づくようにしていくべきなのかなと思う。そのために慎重に:計画して行動すべきなのかと思う。。

自分が本当に何が得意なのかしたいのか、それを見極めることも大事。何ができるかということもみきわめることも大切だが、自分の体質がどうなのかもよく考えること。

あと、何をするにしても体力的、精神的にも負担がかかるのは同じ。

ただ、やりたこと好きなことならそれが苦にならなくなる。

やりがいのあること好きなことブライドの持てることなら続けられる。

それは人によって違う。

 

 ものすごく多忙なやり手人間のような仕事の愚痴を書いています。

 ことわっておきます。

 世間的に言うと特に目立つことはないへーぼんな職種の、できない仕事人です。

 ただたんにそれでももてあますから、とりつくろうためにあたふたするわけで。

 火事場のくそ力などに頼らずとも、気が付いたら仕事は終わってたというのがたぶんできる人間なんでしょう。

 そんなこんなで、なんとか乗り切れそうです。

 そして、以前仕事をしたとことのある場所に行くようなったり、また似たようなことをするなと過去と現在が頭の中で噴き出しているような妙な感覚に襲われている。

 10年くらい前に自分が勝手に作って貼っておいた手製の紙の案内などがまだあった。

 どうでもよい場所だからか暇人が勝手に貼ってオーケーなのだが、感慨深かった。

 というか、なんにも成長してない進歩もしていない自分と自分の人生について考え、軽く落ち込んだ。日焼けして古びたコピー用紙にさみしさを感じた。自分の能力以上にオーバーワークになると少々、鬱の方向に行くようだ。休んで楽しみをみつけ、気楽になろう。

 ぼかして抽象的に書いているが、長く続けるにはその方がいいかと思う。

 あくまでも個人の備忘録、のふりをして知らない人に愚痴をなげかけるのである。

 

ブログなんてなぜ書くのだろう。

①自分の頭の中を整理するため

悩み・希望・予定を自分のノートにしたためるのではなく、知らない人でも人目についた方がモチベーションがあがるからという理由と思われる。

趣味のもののアップもこれにあたると思う。

読んだ人の感性が書き手とあっていればよいが、そうでない場合はうっとおしく感じる。

なら読まなければいいのだが、読んでしまってからしかあうあわないはわからない。

飲み込んでから、まずっと思うクスリみたいな感じになることもある。

自分と周波数が合えば無料のよい暇つぶしになる。

 

②自分の考えや行動を自慢するため

旅行に行きました、これを買いました、ふだんこんなことをしてます。

すごいでしょ自分と自己顕示欲が満たされ幸福感にしたる。

※まれに①のつもりで書いていて、たまに②の自己顕示欲的要素を入れると盛り認定され、うざがれる。知らない人ならよいが実生活でつながりのある人に袋たたきにあうと書き手はまいる。

 

➂うれしいこと・愚痴を聞いてもらうため

うれしいことは罪がないが、鬱モードに入ったものを読むとつらいことがある。

あるいは付き合いで読まねばならない場合、逃げらないのでかなりつらい。

人間は多かれ少なかれ、躁鬱楽しい退屈などを気分的にいったりきたりする。落ち込んだときの日記を書き連ねる場合があるが、他人からすれば自分がうつ状態でもないのになんでこれを読まそうとするのかとすこし面倒になる。

 

④仲間内でのなれ合いあるいは情報交換

他人は入っていけない。だらだら書き続けると時間の無駄になる場合がある。

 

➄活動や営業のための宣伝

芸術・営業・なんらかの市民活動の一環として。

興味がないとこれほど無意味なものはない。

 

今の自分は➂である。若干追い込まれているので、周りが見えなくなり、その恐怖心の解消のために、愚痴や暗い気分を書きなぐっている。人を呼びつけているわけではないから、罪もない。ノートに人知れずしたためるより、誰かにみられている感が脳に心地よい。それで楽になる。しかし、基本的には①である。②の要素もまれに入るが、いい意味でも悪い意味でも人にどう思われかあまり構わないほうなので、書きなぐってひたすら上げるだけである。

すいません、くらいブログを読ませて。読んでしまってからでは遅いですが。

なんと思われようと自分のスペースなのだから自分の好きなようにすればよいのである。バーチャル空間というだれにも迷惑をかけない世界なのだから。

 

 

 

 

 

昨日も午後の残務整理、これで最後である。

言葉と文章でず引き継いだだけなので、随時、疑問に答える必要がある。

ただし、長いあいだいたので本来やっておくべきことが抜けている点があった。

また、今日も訂正に行こうかとおもったが、もう正直にあやまってあるがまま任せることにした。

ここ数年で同じ仕事を続けることにより、ぼんやりしてまっているので書類などの訂正には幾度か行かねばならないかもしれない。まあ、転職したわけではないから、かんたんに行けるところではあるが。

9年は本当に長い、時間が完全にとまっている。

このあいだも、長い間放置しておいた誤解についての話についてや、特に意味はないが不愛想だった方などとのやりとりをしたのだが、すべて簡単にああそうですかということですむ話であった。

まったく幼稚である。

今の場所にくるときに抱えていた問題、いたときに解決しておくことなど一気に頭の中で整理したり、解決できたりしたように思う。そういうものである。やはり環境を変えるということは大切なのかもしれない。

一番の不安は自分が楽をして、能力的にかなり劣化しているということである。

もちろん評価・信用を失っている面もありそのことも再認識できた。

ここしばらくは自分は鍛えるために辛い思いをするが、頭を切り替えて考え続けず楽をすることも大事である。つぶれては何もならない。

失ったもの得たものを自分自身で知れたような気がする。こんなことでもいなと人は動けないのかもしれない。

また、環境がかわるとたいしたことではないじゃないかと思えるものである。

もう、今までの環境で放置しておいた問題は単刀直入に話しをしてわだかまり、疑問は解決できそうな気がする。

同じ環境ではそれができないのである。

 

 

 

 

反省ばかりである。

過去の仕事の記録、やれてないことなどで今後説明がたいへんかな?

残務整理がおおむねおわり、仕事もすませ、あちこちで恥をかきつつ、疎外感。

長い間、同じ場所にいたため見えてなかったこと、取り残された感、浦島太郎的な感じ、

いろんな雑感におわれつつ、ふだんはあまりしないむだ話を二時間近く続ける。

まあ、最後のお別れということで長かったですねというよくある離任のパターン。

なんとか九時くらいには帰宅できたが。帰って来たときはやれやれとハイテンション。

動き癖ができて私用もさくさとく進む。ということは自分はだらけて劣化していたのか?

そういや、年度末に仕事を入れて、最後に完全に休んだのは3月12日である。

振り返ると、最初の4年よく動けて、2年は経験で乗り切り、最後の3年は惰性であったのかなと思う。夜中にアメーバピグで遊んでストレスの解消にはなっが、数時間ほどで目覚めてそのままである。

ここ数か月、やたら仕事がたてこみ、ことごとく狙いすましたように、大小細かなトラブルがおこる。不思議なのは運気が低調なのに、致命的なことにはならないよう守られている感覚もある。

いや、しかしまだやることはある。

とりめのない個人的備忘録なので、他の人が読んでもストレスがたまるだけなのであしからず。しっかりせねば。

 

おはようございます。

人事異動で頭の中がかなり混乱している。

あまり思い出さなかった過去の記憶化、おもしがとれたようにどんどん勝手によみがえってくる。

いまの勤務場所への最終日。

9年の間よくも変わらなかったものである。

先週、野球でも見にに行こうかどうしょうかなんて迷ってたのんきな状態から一気に別の世界にいるような感じである。

昨年秋くらいから明らかに運気が変わりだしてるなあ。

何事もいい点、悪い点あって思うところが多々ある。

普段あまりしゃべる方でない自分がよくしゃべるようになっているのだが、これは少しやばい状況かもしれないと思う。

今の状態か好きみたいな気分はもうなくなっているかなあ。

まあ、何がおこっているかではなく、自分がどうとらえるか。

すべては頭の状態なのだろう。