カザフに来て、
そろそろ本格的に教師たちへの支援を始めたいと思う。
お互いに授業を見せ合う見学会(?)のアイディアは
こちらに来てからずっと温めていた。
前任者は特に授業見学に入ったりはしていなかったとのことで、
私はどうしても気になっていた。
こちらに来てすぐのミーティングのときも
「お互いの授業を見学しあいませんか」と伝え、
最近もすこしずつ「授業見学会したいな~」とひとり言のように
ぶつぶつ言っていると、賛同者が現れた。
「見学するだけじゃなくて、お互いに授業を交換してはどうですか」と。
カザフスタン日本語教師会会長、若手の中では、
一番熱心で責任感があり、将来有望のAS先生。
「私は初めて教師をやったとき、本当にどうしていいか分かりませんでした。
練習Aから始めていたんです」
『みんなの日本語』という、日本語教育の中では、
知らない教師はいない?というぐらい有名な教科書を
カザフスタンでも使っている。
練習A、B、Cと分かれていて、
練習Aから読み始める、というやり方は普通日本人教師であればしない(はず)。
私はカンボジアにいたとき、
毎回、現地の先生の授業に入り、
授業後はフィードバックを行っていた。
教師歴5年、6年の教師に対してもそうだった。
今から考えるとそこまでする必要もなかったし、
彼らをもっと信頼するべきだったと思う。
当時ももちろん、彼らなりのやり方を否定していたつもりはなかったけれど、
もっと大切にするべきだったと思う。
さらに、この間までの大学院生活で、
教師としての自分の力など、さまざまに反省させられ、
そんな自分が「教師教育」など、
人の授業に対して何か言うなど、ちゃんちゃらおかしい、という
気持ちになった。
ということで、
どこかカザフでは「教師教育」に対して逃げ腰になっていた。
「先生の授業を見せてください」となかなか言えずにいた。
AS先生から「今年から始めて教えるAI先生がどう教えているのか、
私も不安です」と言われ、
今日、初めてAI先生の授業を見学した。
うーん・・・
練習Aを読むところから始めている・・・
ロシア語しか聞こえない・・・
練習Cを一人の学生が読んでいる・・・
学生は「教科書を読む」ことと、
先生のロシア語を「訳す」ことしかしていない。
確かに、初級はロシア語で訳したほうが、
学生は理解できるし、不安も少ないだろう。
ここで私がいきなり、直接法で教え始めても、
「は??」という感じになってしまうかもしれない。
特に習い始めてからずっとロシア語に訳してもらうことに
慣れている彼らには、いきなりの直接法は
「???」になるだけだろう。
それでも、「は??」となることを覚悟で、
今度、AI先生のクラスで教えてみようと思う。
というか、ただ単に、
「やっぱり初級を教えたい!」と思っただけかも。
見ていて、
「ああ、なぜそこで絵カードを使わない!」とか、
「なぜ、一人の学生が質問と答えを読んでいるんだ!」とか、
じりじりしてしまった。
AI先生には授業後のフィードバックで
やんわり、
「絵カードはもっと使ったほうがいいと思いますよ」とか
「もっと学生に練習させたほうがいいと思いますよ」とか
言ってみた。
言うよりも、やってみたほうがいいと思うから、
今度少し授業に入ってみようと思う。
本当は、「日本人のやり方が正しい」かどうかは分からないと思うけれど・・・
それでAI先生が何か色々と考え始めるきっかけに
なってくれればと思う。