そして、8月29日。


朝10時から、核実験廃止を記念したセレモニーが行われました。


ここがそのセレモニーが行われたところです。

島のようになっている場所で、

モニュメントが建っていました。


この像を見たとき、

鳥肌が立ちました。


キノコ雲を表しています。


核実験が始まった時、

周辺の住民は何が行なわれているのか、

全く知らされていなかったそうです。


カザフスタンの風 ~日本語教師のひとり語り~-全体像


そして、キノコ雲の下にいるのが、

母子像です。

見えにくいですが、

お母さんの体の下にあるのは子どもです。

子どもをキノコ雲、放射能から守っている様子だそうです。


カザフスタンの風 ~日本語教師のひとり語り~-母子


手に花を携えて、

セメイ市の多くの住民が訪れていました。

また、各国のマスメディアなども来ていました。


日本語の横断幕もありました。

日本の団体がこの横断幕を持って来ているわけではないみたいです。


日本が被爆国であること、

広島と長崎に原爆が落ちたということを、

セメイの人たちは知っています。


カザフスタンの風 ~日本語教師のひとり語り~-旗


セレモニーでは、被爆者の方々が壇上に立ち、

カザフ語やロシア語でセミパラチンスクが背負ってきた苦しみを

語りました。

(私には内容が分かりませんでしたが、ちょっとだけ近くの日本語学習者が

訳してくれました)


私は、この事実を今まで知らなかったことを

恥ずかしく思いました。


後でセンターの職員の方から聞いたり、

ネットで調べたりしたのですが、

1949年8月29日にソ連で初めての核実験が、

このセミパラチンスクで行われ、

カザフ独立後、1991年8月29日に、

正式に核実験場が閉鎖されたそうです。


以下、引用。


セミパラチンスクでは、89年までの40年間に計456回の核実験が行われた。

放射線総量は長崎原爆の2500倍に上り、周辺住民の被ばく者は約150万人に上るという。

(毎日jp, 8月28日掲載記事)



今でも、周辺地域には

(セメイ市は150キロ離れているけれど・・・)

高濃度の放射能が残っていて、

自殺が多かったり、障害を持った子どもが生まれたりしているそうです。