好きな人には、喜んでほしい。

 

困っていたら助けたいし、疲れていたら支えてあげたい。

 

相手が望むことをしてあげたいし、自分にできることがあるなら、できる限り力になりたい。

 

大切な人を想って行動することは、愛情のひとつだと思う。

 

でも、ときどき考えてみてほしい。

 

私は、本当にこの人を愛しているんだろうか。

 

それとも、

 

この人に必要とされることで、愛されていると感じようとしているんだろうか。

 

この二つは、似ているようで少し違う。

 

 


「何かをしてあげたい」は、愛情?

恋人が忙しそうなら、自分にできることをしてあげたい。

 

相手が落ち込んでいたら、元気づけてあげたい。

 

相手が喜ぶ顔を見たくて、プレゼントを用意したり、予定を考えたりする。

 

そういう行動は、きっと愛情から生まれるものだと思う。

でも、同じように相手に尽くしていても、その奥にある気持ちは人によって違う。

 

「喜んでくれたら嬉しい」

 

という気持ちで行動することもあれば、

 

「これだけしてあげたら、もっと好きになってくれるかもしれない」

「私がいないと困ると思ってほしい」

「これだけ尽くしているんだから、私のことを大切にしてほしい」

 

そんな気持ちが、いつの間にか混ざっていることもある。

 

もちろん、誰かに喜んでもらいたい気持ちと、自分も愛されたい気持ちは、きれいに切り分けられるものではない。

 

好きな人に喜んでもらえたら、自分も嬉しい。

大切にした分、自分も大切にされたら嬉しい。

 

それは自然なことだと思う。

 

ただ、相手に何かをしてあげることが、自分の愛される価値を証明する手段になっていないか。

そこは、一度考えてみてもいいのかもしれない。


「私がいないとダメな人」でいてほしい?

たとえば、何でも自分がやってあげてしまう恋愛。

 

相手が困っていたら、頼まれる前に動く。

相手の予定に合わせて、自分の予定を変える。

相手が苦手なことは、いつも自分が引き受ける。

相手の機嫌が悪ければ、自分が何とかしようとする。

 

最初は、好きだから自然にやっていたことかもしれない。

 

でも、いつの間にか、

 

「私が支えなきゃ」

「私がいないと、この人はダメだから」

 

と思うようになっていたら。

 

少しだけ、自分の気持ちを見てみてほしい。

 

相手を支えたい気持ちの中に、

 

「自分が必要とされていたい」

 

という気持ちはないだろうか。

 

自分がいなければ困る相手でいてくれたら、自分の居場所がなくならない気がする。

自分が役に立っていれば、嫌われることも、離れていかれることもない気がする。

 

もしそんな気持ちがあるのなら、相手に尽くすことは、相手のためだけではなく、

自分の安心を守るための行動にもなっているのかもしれない。

 

もちろん、誰かを支えること自体が悪いわけではない。

 

ただ、「この人を支えたい」と「この人に必要とされていないと不安」は、同じではない。

 

そして、後者の気持ちが強くなるほど、相手のためにしているはずのことが、自分自身を苦しめることもある。


愛情は、頑張った量で決まるものじゃない

尽くすことに慣れている人ほど、何かをしてあげることで愛情を伝えようとする。

 

相手が求めることを先回りしてやる。

自分の希望より相手の希望を優先する。

相手が喜ぶなら、多少無理をしてでも頑張る。

 

そして、相手も同じくらい返してくれるとは限らないとき、

 

「私はこれだけしているのに」

 

と寂しくなる。

 

もちろん、一方的に負担を背負い続ける関係なら、見直す必要がある。

 

でも、そもそも愛情は、どちらがどれだけ尽くしたかを競うものではないと思う。

 

自分がしてあげたいことと、相手がしてほしいことは違うかもしれない。

自分が愛情だと思っている行動が、相手にとっては必要のないことかもしれない。

 

反対に、自分が何かをしてあげなくても、相手は自分のことを大切に思ってくれているかもしれない。

 

だからこそ、何かをしてあげることだけで愛情を表そうとするのではなく、

 

相手が何を望んでいるのかを聞くこと。

自分が何を望んでいるのかも伝えること。

 

そして、お互いが無理なく大切にし合える形を探していくこと。

 

それも、愛するということなのだと思う。

 

愛情は、どれだけ頑張ったかではなく、二人がどんな関係をつくれているかにも表れる。


相手を大切にすることと、自分を犠牲にすることは違う

好きな人のために、何かを我慢することもある。

 

相手の状況を考えて、今は自分の希望を譲ることもある。

 

それ自体は、悪いことではない。

 

でも、

 

「私が我慢すれば、うまくいくから」

「これくらいしてあげないと、愛されないから」

「私が頑張らないと、この関係は続かないから」

 

そうやって、自分が無理をすることを前提に関係を保とうとしているなら、少し立ち止まってみてほしい。

 

相手を大切にするために、自分を犠牲にし続ける必要はない。

自分の気持ちを伝えることも、相手に頼ることも、できないことをできないと言うことも、愛情を失う行為ではない。

 

むしろ、自分の気持ちを隠し続けていたら、相手は本当の自分を知ることができない。

 

自分が何を望んでいて、何が苦手で、何に困っているのか。

 

それを伝えながら、お互いにできることを考えていく。

 

そうやって初めて、どちらか一方が頑張り続けるのではなく、二人で関係をつくっていける。

相手を大切にすることは、自分を大切にしないことではない。


あなたは、何もしなくても愛されていると思える?

少しだけ、自分に問いかけてみてほしい。

 

もし、相手のために何かをしてあげられなくても。

もし、相手の役に立てない時期があっても。

もし、相手の期待に応えられないことがあっても。

 

それでも、自分は愛されていていいと思えるだろうか。

 

もちろん、何もしなくても無条件にすべてを受け入れてもらえる、という話ではない。

お互いを大切にする努力は必要だし、関係を続けるために向き合わなければいけないこともある。

 

でも、何かをしてあげられる自分でいなければ愛されない、というわけではない。

 

役に立つから、一緒にいる。

尽くしてくれるから、好きでいる。

いつも自分を優先してくれるから、離れない。

 

そんな理由だけで成り立つ関係ではなく、何かをしているときも、何もできないときも、

一人の人間としてお互いを大切にできる関係。

 

そんな関係を築くためには、相手に何をしてあげるかだけではなく、

自分が何を求めているのかも知っておく必要があるのだと思う。


愛することは、相手の人生を背負うことじゃない

誰かを愛すると、その人の力になりたくなる。

 

幸せでいてほしいと思うし、困っていたら助けたくなる。

 

でも、相手の人生を生きることはできない。

 

相手が抱えている問題を、すべて自分が解決することもできない。

 

相手が選ぶこと、乗り越えること、成長することまで、代わりに引き受けることはできない。

 

できるのは、必要なときに手を差し伸べること。

 

相手の気持ちを聞くこと。

自分にできることを考えること。

そして、自分自身の人生も大切にしながら、相手と向き合うこと。

 

愛することは、相手の人生を背負うことではなく、相手の人生を尊重しながら、自分の人生と一緒に歩いていくこと。

 

相手を大切にするために、自分がいなくなってしまう必要はない。

相手に必要とされるために、自分の価値を証明し続ける必要もない。


あなたは、愛したい? それとも、必要とされたい?

誰かに尽くしたくなること自体は、悪いことではない。

 

好きな人の喜ぶ顔が見たい。

力になりたい。

幸せでいてほしい。

 

そう思えることは、愛情のひとつだと思う。

 

ただ、その行動の奥に、

 

「必要とされていないと不安」

「何かをしてあげないと、愛されない気がする」

「相手にとって特別な存在でいなければ、捨てられてしまいそう」

 

という気持ちが隠れているなら、一度、自分の心にも目を向けてみてほしい。

 

私は、本当にこの人を愛しているんだろうか。

 

それとも、この人に必要とされることで、自分の居場所を確かめようとしているんだろうか。

その答えは、すぐに出なくてもいい。

 

ただ、相手を大切にするのと同じように、自分の気持ちも大切にしてほしい。

 

誰かを愛するために、自分を犠牲にし続けなくていい。

 

相手に何かをしてあげられるから愛されるのではなく、お互いを一人の人間として大切にできること。

そして、自分の人生を生きながら、相手の人生も尊重できること。

 

私は、そんな愛し方を大切にしてほしいと思う。

 

 

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「幸せにしてくれる人と結婚したい」

 

恋愛や婚活をしていると、そんなふうに思うことがある。

 

自分を大切にしてくれる人。
安心させてくれる人。
寂しいときにそばにいてくれる人。
つらいときに支えてくれる人。

 

もちろん、そういう相手と一緒にいられたら幸せだと思う。

 

でも、ひとつ考えてみてほしい。

 

自分の幸せを、相手に任せきりにしていないだろうか。

 

 


「幸せにしてくれる人」を探してしまう理由

恋愛をすると、相手に期待することが増える。

 

連絡をくれたら嬉しい。
会いたいと言ってくれたら安心する。
大切にしてくれたら、自分には価値があるように感じる。

 

反対に、連絡が減れば不安になる。
会う時間をつくってくれなければ寂しくなる。
思ったような愛情表現がなければ、「私は大切にされていないのかな」と考えてしまう。

 

相手の言動によって、自分の気持ちが大きく揺れることもあると思う。

 

それ自体が悪いわけではない。

好きな人の言葉や行動に影響を受けるのは、自然なことだから。

 

ただ、相手が何をしてくれるかによって、自分の幸せが決まるようになってしまうと、恋愛は少し苦しくなる。

 

相手が機嫌よく過ごしていれば、自分も安心できる。

相手が会いたがってくれれば、自分の価値を感じられる。

相手が思いどおりに愛情を示してくれなければ、幸せではいられない。

 

そうなると、いつの間にか自分の人生なのに、自分の気持ちを相手の言動に預けてしまう。

 

「この人といると幸せ」なのと、「この人が幸せにしてくれないと幸せでいられない」のは、似ているようで違う。


恋愛以外の自分も、ちゃんと生きている?

少しだけ、恋愛から離れて考えてみてほしい。

 

仕事に夢中になっている時間。
友達とくだらない話をして笑う時間。
好きなことに没頭する時間。
一人でゆっくり過ごす時間。
自分がやりたいことに向かって頑張る時間。

 

あなたには、恋愛以外にも大切にしたいものがあるだろうか。

 

彼から連絡が来るまで何も手につかない。

次に会える日が決まらないと、ほかの予定も楽しめない。

彼に嫌われないように、自分の趣味や交友関係を控える。

本当は挑戦したいことがあるのに、恋愛を優先して諦めてしまう。

 

もし心当たりがあるなら、一度立ち止まってみてもいいと思う。

 

恋愛が大切になるほど、相手との時間を優先したくなることはある。

 

でも、誰かを好きになったからといって、自分の人生まで恋愛だけにしなくていい。

 

仕事を頑張りたい自分も、友達と過ごしたい自分も、一人の時間を楽しみたい自分も、全部自分。

恋愛をしている自分だけが、本当の自分ではない。


自分の人生を生きることは、相手を必要としないことじゃない

ここで、誤解してほしくないことがある。

 

自分の人生を大切にしようというと、

 

「誰にも頼らず、一人で幸せになれるようにならなきゃ」

 

と思う人もいるかもしれない。

 

でも、私はそうは思わない。

 

誰かに甘えたい日もある。
話を聞いてほしい日もある。
一人では乗り越えられないことだってある。

 

自分で自分を幸せにすることと、誰かに支えてもらうことは、矛盾しない。

 

つらいときに支えてもらう。
嬉しいことを一緒に喜ぶ。
自分にはない視点をもらう。
一人ではできなかったことに、二人で挑戦する。

 

誰かと生きるからこそ、広がる世界もあると思う。

 

大切なのは、相手を必要としないことではなく、自分の人生を相手に丸ごと預けないこと。

 

「あなたがいないと幸せになれない」ではなく、

「私は私の人生を生きている。そのうえで、あなたと一緒にいることを選びたい」

 

そんな関係だって、きっとつくれる。


幸せをつくるのは、自分一人でも、相手一人でもない

恋愛は、自分一人で完結するものではない。

相手の気持ちもあるし、二人でなければつくれない幸せもある。

 

だからといって、どちらか一方がもう一方を幸せにする責任を、すべて背負う必要もない。

 

自分の人生を大切にする。
相手の人生も大切にする。
 

それぞれが自分の気持ちを持ち寄って、二人にとって心地いい関係をつくっていく。

 

一緒にいる時間を楽しむことも。
お互いの挑戦を応援することも。
意見が違ったときに話し合うことも。
ときには支え、ときには支えてもらうことも。

 

そうやって、二人だからこそ生まれる幸せがある。

そして、その幸せは、どちらか一方が相手に与え続けるものではないと思う。

 

自分の人生を生きながら、誰かと幸せになる。

 

それは、自分だけで幸せになろうとすることでも、相手に幸せにしてもらおうとすることでもない。

 

自分の人生を持った二人が、一緒に生きることで、人生をもっと豊かにしていくこと。

私は、そんな恋愛がしたい。


あなたは、どんな人生を誰と生きたい?

恋愛をしていると、どうしても相手のことを考える時間が増える。

 

どうしたらもっと愛されるだろう。
どうしたら大切にしてもらえるだろう。
どうしたら、この人とずっと一緒にいられるだろう。

 

でも、ときには自分にも問いかけてみてほしい。

 

「私は、どんな人生を生きたいんだろう?」

 

そして、

 

「その人生を、この人と一緒に生きていきたいだろうか?」

 

相手に選んでもらうことだけが、恋愛ではない。

自分もまた、誰と生きていくかを選んでいい。

自分の人生を諦めなくていい。
誰かを愛することも、諦めなくていい。

 

「幸せにしてくれる人」を探すだけではなく、
「一緒に幸せをつくっていきたい人」を見つける。

 

自分の人生を生きながら、誰かと幸せになる。

そんな選択肢があってもいいと思う。

 

 

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「好きな人ができたら、幸せになれる」

 

そう思っていた時期があった。

 

好きだから会いたい。
好きだから一緒にいたい。
好きだから、多少のことは我慢できる。

 

でも、恋愛をしていると、

 

「好きなのに、なぜか苦しい」

 

ということがある。

 

逆に、

 

「すごく好き!というわけではないけれど、一緒にいると心地いい」

 

という人に出逢うこともある。

 

この違いは、なんなのだろう。

 

私は、

「好きな人」と「好きになれる人」は、少し違うものだと思っている。

 

 


「好き」は、必ずしも「一緒にいたい」ではない

人を好きになる理由は、そんなに単純じゃない。

 

見た目がタイプだった。
仕事ができてかっこよかった。
自分にはないものを持っていた。
一緒にいるとドキドキした。
なかなか振り向いてくれないから、追いかけたくなった。
自分だけを特別扱いしてほしくなった。

 

そういう「惹かれる」が、恋の始まりになることもある。

 

だから、

 

「好きになった」

 

という気持ちは、それだけで嘘ではない。

 

ただ、その「好き」が、

 

「この人と一緒に人生をつくっていきたい」

 

と同じかというと、必ずしもそうではない。


「振り向かせたい」と「一緒にいたい」は違う

たとえば、

 

なかなか連絡をくれない人ほど気になってしまう。
自分を選んでくれない人ほど、振り向かせたくなる。
相手に認めてもらえたら、自分の価値まで証明されたような気がする。

 

そんな恋愛をしたことがある人もいると思う。

 

でも、もしその人が振り向いてくれて、付き合えたとしたら。

その先にある毎日は、本当に自分が望んでいるものだろうか。

 

連絡が少ない。
話し合いができない。
自分の気持ちを言いにくい。
一緒にいても不安になる。

 

それでも「好きだから」と続けている。

 

もしかするとそのとき好きなのは、

 

「その人と一緒にいること」より、「その人に選ばれること」

 

なのかもしれない。


「好きになれる人」は、安心できる人とは限らない

だからといって、

 

「ドキドキしない=好きになれない」

 

ということでもない。

 

最初は特別タイプではなかった。

でも、話しているうちに考え方を好きになった。

 

一緒にいると自然体でいられる。
意見が違っても、ちゃんと話し合える。
自分の仕事や時間も尊重してくれる。
自分も相手のことを尊重したいと思える。

 

そんなふうに、時間をかけて「好き」が育っていくこともある。

 

恋愛の入り口で感じる強いときめきと、

 

「この人と一緒にいたい」

 

という気持ちは、必ずしも同じではない。


私は、この人といる自分が好き?

相手を見るとき、

 

「この人は私のことを好き?」

「この人は条件を満たしている?」

「この人と結婚できそう?」

 

と考えることは多い。

 

でも、もう一つ考えてみてほしい。

 

「私は、この人といる自分が好き?」

 

一緒にいると、自分らしくいられる?

言いたいことを言える?

相手に合わせるために、自分を小さくしていない?

相手を好きでいるために、無理をしていない?

 

そして、

 

「この人に愛されたい」だけではなく、

「私もこの人を大切にしたい」

 

と思える?

 

これは、「いい人を選びましょう」という話ではない。

恋愛は条件だけで決められるものではないし、好きになる気持ちを頭で完全にコントロールすることもできない。

 

ただ、

 

「私はこの人に選ばれたいのか」

 

だけではなく、

 

「私はこの人を選びたいのか」

 

も見てみる。

 

その視点を持つだけで、相手を見る目は少し変わると思う。


「好きだから」だけで決めなくていい

好きな人を好きでいることは、悪いことじゃない。

 

その人に惹かれたことも、好きになったことも、全部自分の本当の気持ち。

だから、「好きになった自分」を否定する必要はない。

 

ただ、

 

「好きだから、この人と一緒にいなければいけない」

 

わけでもない。

 

好きだけど、一緒に生きるのは苦しい。
好きだけど、大切にしたい人生が違う。
好きだけど、自分らしくいられない。

 

そういうことだってある。

 

反対に、

最初はそこまで強く惹かれなかったけれど、

一緒にいるうちに、

 

「この人といると、私は私でいられる」
「この人のことをもっと知りたい」
「この人の人生も大切にしたい」

 

と思えることもある。

 

恋愛は、「どれだけ強く好きになったか」だけでは測れない。


「誰に愛されるか」だけじゃなく、「誰を愛したいか」

恋愛では、

 

「誰に愛されるか」

 

を考えることが多い。

 

でも、人生を一緒に生きる相手を選ぶなら、

 

「私は誰を愛したいのか」

 

も同じくらい大切だと思う。

 

私を選んでくれる人。
私を大切にしてくれる人。
条件の合う人。

 

もちろん、それも大切。

 

でも、その先に、

 

「私は、この人と一緒に生きたい」

 

と思えるかどうか。

 

「好きな人」を探すだけではなく、

 

「私が好きになれる人」

 

を知っていく。

 

そのためには、相手を見る前に、

 

「私は、どんなときに人を好きになるんだろう?」
「私は、どんな関係なら愛し続けられるんだろう?」

 

と、自分自身の「好き」を知ることから始まるのかもしれない。

 

 

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「自分を大切にしよう」

 

恋愛でも婚活でも、よく聞く言葉だと思う。

 

でも、「自分を大切にする」って、具体的にはどういうことなんだろう。

 

嫌なことは全部断ること?
自分の気持ちを最優先すること?
相手に合わせないこと?

 

私は、少し違うと思っている。

 

自分を大切にすることと、自分を優先することは同じではない。

 

 


恋愛は、自分一人ではできない

自分の気持ちを大切にすることは、もちろん大事。

 

「本当は嫌なのに、嫌じゃないことにする」

「本当は寂しいのに、平気なふりをする」

「本当はやりたいのに、相手に嫌われそうだから諦める」

 

そんなふうに、自分の気持ちをなかったことにする必要はない。

 

でも、恋愛には相手がいる。

 

自分が疲れていなくても、相手が疲れている日がある。
自分は会いたくても、相手には一人で過ごしたい日がある。
自分はこうしたくても、相手には別の希望がある。

 

だから、恋愛をしていれば当然、

 

「今回は相手に合わせよう」

 

と思うこともある。

 

それは、自分を大切にしていないことなのだろうか。

そんなことはない。

 

自分を大切にすることは、いつでも自分の希望を通すことではない。


「譲る」と「自分を消す」は違う

たとえば、

 

「今日は彼が仕事で疲れているから、家でゆっくりしよう」

 

と自分から予定を変える。

 

これは、我慢というより、

 

「今日はそうしたい」

 

と自分で選んでいる状態かもしれない。

 

逆に、

 

「本当は会いたい。でも、会いたいって言ったら重いと思われそうだから黙っておこう」

「本当は嫌だけど、これくらい我慢できないと嫌われる」

「彼がそう言うなら、私の予定はいつも後回しでいい」

 

となっていくと、少し話が変わってくる。

 

同じ「相手に合わせる」という行動でも、

 

自分で選んでいるのか、嫌われないために自分を消しているのか。

 

ここには大きな違いがある。


自分軸は「私が正しい」ではない

「自分軸で生きる」というと、

 

「私はこうしたいから、こうする」

 

というイメージを持つ人もいるかもしれない。

 

でも、私はそれだけではないと思う。

 

相手にも相手の気持ちがある。
相手にも相手の人生がある。

 

だから、

 

「私はこうしたい」

 

と同時に、

 

「あなたはどうしたい?」

 

も考えられる。

 

そのうえで、

 

「じゃあ今回はこうしよう」

 

と二人で決めていく。

 

これも、自分軸だと思う。

 

むしろ、相手に合わせることと、自分を失うことを混同しないこと。
譲ることと、諦めることを混同しないこと。
相手を大切にすることと、自分を後回しにし続けることを混同しないこと。

 

そのほうが、二人で生きるにはずっと大切なのだと思う。


「私は本当にこれでいい?」を持っておく

恋愛では、どうしても相手を優先したくなる瞬間がある。

 

好きだから、喜ばせたい。
大切だから、合わせたい。
一緒にいたいから、譲りたい。

 

それ自体は、悪いことではない。

 

問題なのは、それが積み重なって、

 

「私さえ我慢すればいい」

 

になってしまうこと。

 

そして、いつの間にか、

 

「私はどうしたい?」

 

が分からなくなってしまうこと。

 

だからこそ、ときどき自分に聞いてみる。

 

「私は本当にこれでいい?」

「嫌だけど我慢している?」

「本当は別のことを望んでいる?」

「相手を大切にしたくて選んでいる?」

 

それとも、

 

「嫌われたくなくて選んでいる?」

 

この違いに気づけるだけでも、自分との関係は変わってくる。


自分の人生を守りながら、誰かと生きる

「私はどんな人生を生きたい?」

 

と考えたその先に、誰かと生きるなら
その人生を一人だけで決めることはできない。

 

自分の人生を大切にしながら、相手の人生も大切にする。

自分の希望を伝えながら、相手の希望も聞く。

譲ることもあれば、譲ってもらうこともある。

 

その中で、二人にとってちょうどいい形を探していく。

それが、誰かと生きるということなのだと思う。

 

だから、

 

「自分を大切にする」とは、自分を何より優先することではない。

 

自分の気持ちも、相手の気持ちも、どちらも大切にできるようにすること。

 

そして、

 

自分を失わないまま、誰かと一緒に生きること。

 

それが、私が思う「自分軸の恋愛」です。

 

 

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「どんな人が自分に合うんだろう?」

 

恋愛や婚活をしていると、そんなことを考える機会が増える。

 

優しい人がいい。
価値観が合う人がいい。
仕事を頑張っている人がいい。
家庭を大切にしてくれる人がいい。

 

もちろん、それも大切なこと。

 

でも、その前に考えてほしいことがある。

 

「私は、どんな人生を生きたいんだろう?」

 

ということ。

 

 


「自分に合う人」を考える前に

婚活をしていると、どうしても「相手」から考え始めてしまう。

 

  • 年収はいくらくらいがいい。
  • 年齢は何歳まで。
  • 仕事はこういう人がいい。
  • 見た目はこういうタイプ。
  • 住む場所はここがいい。

 

条件を並べていくと、「自分に合いそうな人」の輪郭は見えてくる。

 

でも、それだけでは足りないと思う。

 

なぜなら、「自分に合う人」は、自分がどんな人生を送りたいかによって変わるから。

 

たとえば、

 

結婚しても仕事を続けたいのか。

 

仕事を思い切り頑張る時期があってもいいのか。

 

休日は一緒に過ごしたいのか、それぞれの時間も大切にしたいのか。

 

家事やお金は、どんなふうに分担したいのか。

 

子どもについて、どう考えているのか。

 

どこで暮らしたいのか。

 

結婚しても、それぞれの友人関係や趣味を大切にしたいのか。

 

何でも話せる夫婦になりたいのか。

 

それとも、必要以上に干渉しない関係が心地いいのか。

 

ここまで考えてみると、初めて、

 

「じゃあ、私はどんな人と一緒にいたいんだろう?」

 

が見えてくる。


「優しい人がいい」だけでは、人生は決められない

「優しい人がいい」

 

これは、きっと多くの人が望むことだと思う。

 

でも、優しさにもいろんな形がある。

 

何でも合わせてくれる優しさが心地いい人もいる。

 

お互いに意見を言い合える関係を望む人もいる。

 

仕事を応援してほしい人もいれば、家庭を優先してほしい人もいる。

 

一緒にいる時間を大切にしたい人もいれば、それぞれの時間を尊重してほしい人もいる。

 

たとえば、自分は結婚後も仕事を続けたいのに、相手は「結婚したら家庭を優先してほしい」と考えていたら。

相手がどれだけ優しくても、どれだけ自分を大切にしてくれても、人生の方向が違えば苦しくなることがある。

 

逆に、相手が自分と違う考えを持っていても、

 

「お互いの仕事を大切にしよう」

「休日はそれぞれの時間も持とう」

「家事はその時々でできる方がやろう」

 

と話し合えるなら、その違いは必ずしも問題にはならない。

 

だから、「優しい人」「価値観が合う人」という言葉だけでは、自分が望む人生との相性までは分からない。

 

大切なのは、

 

「私は何をされたら嬉しいのか」だけではなく、
「私はどんな毎日を送りたいのか」まで考えること。


条件の先にあるもの

もちろん、条件を考えることが悪いわけではない。

 

お金、仕事、住む場所、子ども、家族。

 

結婚生活を考えるなら、現実的な条件はちゃんと考えたほうがいい。

 

ただ、条件だけを先に並べてしまうと、

 

「条件に合う人を探す」

 

ことが目的になってしまうことがある。

 

本当はその先に、

 

「私は、こういう人生を送りたい」

 

があるはずなのに。

 

たとえば、

「年収が高い人がいい」と思っていたとしても、

 

本当に欲しいのは、贅沢な暮らしなのかもしれないし、将来への安心感なのかもしれない。

 

「仕事を頑張っている人がいい」と思っていても、

 

本当は、自分も仕事を大切にしたいから、お互いの挑戦を応援できる関係が欲しいのかもしれない。

 

「家庭的な人がいい」と思っていても、

 

本当に欲しいのは、家事をしてくれる人ではなく、生活を一緒につくってくれる人なのかもしれない。

 

条件の奥には、自分が大切にしたい価値観や、送りたい人生がある。

 

そこまで見てあげると、相手選びも少し変わってくる。


「結婚できる人」ではなく「一緒に生きたい人」

結婚は、結婚式の日だけの話ではない。

その先に何十年もの生活がある。

 

朝起きて、仕事をして、ご飯を食べて、休日を過ごして。

 

嬉しいことがあった日に話して、うまくいかないことがあった日に相談して。

 

仕事を変えることもあるかもしれない。

 

住む場所が変わることもあるかもしれない。

 

家族が増えることもあるかもしれない。

 

予定通りにはいかない出来事が起こることだってある。

 

だから私は、結婚相手を考えるときに、

 

「この人と結婚できるかな?」

 

だけではなく、

 

「この人と、どんな人生をつくっていきたい?」

 

と考えてみてほしい。

 

「結婚できる人」を探すのではなく、
「一緒に生きたい人」を探す。

 

そのためには、まず「どんな人がいい?」ではなく、

 

「私は、どんな人生を生きたい?」

 

から始めてみる。

 

自分の人生が見えてくれば、
その隣にいてほしい人も、少しずつ見えてくるから。

 

 

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