「すごくいい人なんだけど、なぜか好きになれない」

 

婚活をしていると、そんな人に出逢うことがあります。

 

優しい。
仕事もちゃんとしている。
誠実。
連絡もきちんと返してくれる。
自分のことも好いてくれている。

 

友達に話せば、

 

「え、めっちゃいい人じゃん」

 

と言われる。

 

自分でもそう思う。

 

嫌なところがあるわけでもない。

条件だけを見れば、むしろかなりいい。

 

……でも、好きになれない。

 

すると、

 

「私って理想が高いのかな」
「結婚するなら、こういう人を選んだ方がいいのかな」
「もう少し会っていたら好きになるのかな」
「こんないい人を好きになれないなんて、もったいない?」

 

と考え始める。

 

でも私は、

 

「いい人」と「自分が好きになれる人」は、同じとは限らない

 

と思っています。

 

 

全部○なのに、好きになれない

婚活では、相手を見るときにどうしても条件が出てきます。

 

  • 年齢

  • 仕事

  • 年収

  • 結婚願望

  • 性格

  • 金銭感覚

  • 自分への接し方

 

結婚を考えるなら、もちろんどれも大切です。

 

でも、困るのが、

 

全部○なのに、心が動かない人。

 

これ、あるんですよね。

 

そして私の場合、「いい人なのに好きになれない」ときの理由が、ものすごく分かりやすいこともありました。

 

顔がタイプじゃない。

 

……身も蓋もないですが。笑

でも、外見だって人を好きになる要素のひとつです。

 

「結婚は顔じゃない」

「中身が大事」

 

と言われたとしても、自分にとって異性として惹かれる上で外見が重要なら、その感覚までなかったことにする必要はないと思っています。

 

もちろん、最初は全然タイプじゃなかったけれど、話しているうちに好きになる人もいる。

 

逆に、これまでの恋愛を振り返ると、

 

「外見にまったく惹かれなかった人を、あとから好きになったことがほとんどない」

 

という人もいると思います。

 

どちらが正しいという話ではありません。

 

大切なのは、

 

自分はどういう人なのか。

 

そこを、周りの「結婚するならこういう人がいい」に合わせて決めなくてもいいんじゃないかと思います。


「理想が高い」と「自分なりの好みがある」は違う

以前、恋愛について話を聞かせてもらった後輩に、

 

「周りから面食いって言われるんです」

 

という子がいました。

 

本人も、

 

「やっぱり私、理想が高いんですかね」

 

と少し気にしていました。

 

私はその子の過去に付き合っていた人達を知っていたので、話を聞きながら少し違和感がありました。

 

そこで、

 

「でも、別に誰が見てもイケメンな人が好きなわけじゃなくない?」

 

と聞いてみたんです。

 

「世間一般でいう王道のイケメンが好きなんじゃなくて、単純に“自分のタイプの顔”の人がいいってことじゃない?」

 

すると、

 

「そうです!!!」

 

と。

 

その子の場合は、鼻筋が綺麗な人など、いくつか好みがはっきりしていました。

たしかに、その特徴を持つ人だけを探せば、当てはまる人の数は少なくなるかもしれない。

だから周りから見ると、「面食い」「理想が高い」と見える。

 

でも本人が求めていたのは、

 

「世間から評価されるイケメン」ではなく、「自分が魅力を感じる顔」

 

だったんですよね。

 

その違いが分かったとき、その子が、

 

「私、理想が高いわけじゃなかったんですね」

 

と、すごく納得していたのを覚えています。

 

もちろん、「だから好みを一切変える必要はない」という話ではありません。

 

求めるものが増えるほど、出逢える人数が少なくなることはある。

それも含めて、自分が何を大切にするのかを選ぶ必要はあります。

 

でも、

周りから「理想が高い」と言われたからという理由だけで、

 

自分が惹かれるものまで否定しなくていい。

 

私はそう思っています。


条件には出てこない「なんか違う」

そして、「いい人なのに好きになれない」理由は、外見だけではありません。

 

私自身、条件も悪くないし、優しくしてくれる。

でも、なぜか惹かれない人がいました。

 

振り返ってみると、そういう人との会話の節々で、

 

「この人、私という人間を知るより先に、“女性”として私を見ているな」

 

と感じることがありました。

 

もちろん、恋愛なので異性として見てもらうこと自体が嫌なわけではありません。

 

でも私は、

 

どんなことを考えているのか。

どんな人生を歩んできたのか。

何を大切にしているのか。

これから何をしたいのか。

 

そういう「私という人間」に興味を持ってくれることが、思っていた以上に大切だったんだと思います。

 

これは、プロフィールの条件欄には出てきません。

 

顔かもしれない。
声かもしれない。
会話のテンポかもしれない。
一緒にいるときの居心地かもしれない。
自分への向き合い方かもしれない。

 

「いい人」という言葉だけでは説明できないところで、人は惹かれたり、惹かれなかったりする。

 

だから、

 

条件が全部○なのに好きになれないこと自体は、そんなに不思議なことではない

 

と思うんです。


理想を下げる前に、知っておきたいこと

「いい人なのに好きになれない」と悩んだとき、

 

まず、

「私は理想が高いんだ」

「もっと妥協しなきゃ」

 

と考えてしまう人もいると思います。

 

でも、その前に一度、

 

「私は、何に“なんか違う”と感じているんだろう?」

 

と考えてみてもいい。

 

もしかしたら、

 

「顔がタイプじゃない」

 

という、とても分かりやすい答えが出るかもしれない。笑

 

話していても、自分自身に興味を持ってもらえている感じがしないのかもしれない。

尊敬できる部分が見つからないのかもしれない。

 

あるいは、

考えてみても、よく分からないことだってあると思います。

 

私は、それでもいいと思っています。

 

恋愛感情って、全部が綺麗に言葉にできるものではないから。

 

「優しいから」

「顔が好きだから」

「仕事を頑張っているから」

 

もちろん、そういう言葉にできる「好き」もある。

 

でも、それだけでは説明できない、

 

「なんか、この人と一緒にいたい」

 

という感覚もあると思うんです。

 

だから、「なぜ好きになれないのか」を分析し尽くして、正解を出す必要もない。

 

ただ、自分の中にある「なんか違う」を、
 

「こんないい人を好きになれない私がおかしい」

 

と無理やり消してしまわないこと。

 

婚活では、条件を見ることも大切です。

結婚した後の生活を考えれば、現実的に確認しておいた方がいいこともたくさんある。

 

でも、

 

「条件がいいから、この人を好きにならなきゃ」

 

と自分に言い聞かせる必要はない。

 

「いい人」と「自分が好きになれる人」は、同じとは限らないから。

 

何が違うのか、少し考えてみる。

 

顔かもしれない。

会話かもしれない。

一緒にいるときの感覚かもしれない。

 

そして、考えてもよく分からないなら、

 

「なんとなく惹かれない」も、一つの答えなのかもしれません。

 

「理想を下げなきゃ」と考える前に、

自分が何を大切にしたいのかくらいは、自分の味方でいてあげていい。

 

誰かにとっての「いい人」ではなく、

 

自分がちゃんと「この人がいい」と想える人を選ぶこと。

 

結婚相手を選ぶなら、その感覚も大切にしていいと私は思っています。

 

 

別れたいわけでもない。

でも、連絡が来なくて不安になったり、会いたいと言えずに我慢したり、彼の何気ない言葉に傷ついたり。

 

恋愛をしているはずなのに、幸せな時間より、悩んでいる時間の方が長い。

 

友達からは、

 

「そんなに辛いなら、別れた方がいいんじゃない?」

 

と言われる。

 

自分でも、頭では分かっている。

 

それでも、

 

「でも、好きだから」

 

で、結局その恋愛から離れられない。

 

そんな恋愛をしたことはありませんか?

 

好きな人と一緒にいるはずなのに、なぜか幸せじゃない。
そこには、「好き」だけでは説明できないものが混ざっていることがあります。

 

 

「好きだから」で、我慢していない?

好きな人には、嫌われたくない。

 

だから、本当は寂しくても、

 

「忙しいだろうから仕方ないよね」

 

と自分を納得させる。

 

もっと会いたくても、

 

「重いと思われたくない」

 

と言わない。

 

本当は嫌だったことも、

 

「これくらいで怒るのは面倒くさいかな」

 

と飲み込む。

 

相手に合わせて、我慢して、それでも笑って「大丈夫」と言う。


一つひとつは、本当に些細なことかもしれません。

 

でも、それが積み重なると、

 

好きな人と一緒にいるために、自分の気持ちを置いていく恋愛

 

になってしまうことがあります。

 

そして難しいのは、本人には意外とその自覚がないこと。

 

自分では「彼のことを理解している」「私が合わせればいい」と思っている。

でも、周りから見ると明らかに苦しそう。

 

以前より笑わなくなっていたり、彼から連絡が来るかどうかで一日中気持ちが揺れていたり。

 

それでも本人は、

 

「でも、好きなんだよね」

 

と言う。

 

私も、そんな恋愛をしたことがあります。

 

渦中にいると、自分がどれだけ我慢しているのかって、案外分からないものです。

 

別れてから初めて、

 

「あの頃の私、全然幸せじゃなかったな」

 

と気づくことさえあります。


本当は、相手が変わるのを待っている

そして最近、ふと思ったことがあります。

 

我慢する恋愛をしている時って、
表面上は「私が合わせればいい」と思っているけれど、

心のどこかでは、

 

相手が変わってくれることを待っているのかもしれない。

 

いつか、もっと連絡をくれるようになるかもしれない。

仕事が落ち着いたら、もっと会えるかもしれない。

いつか私の寂しさに気づいてくれるかもしれない。

もっと私を大切にしてくれるようになるかもしれない。

 

だから、今は我慢する。
「もう少し待てば」と期待する。

 

でも、相手が変わるかどうかは、自分には決められません。

どれだけ好きでも、どれだけ待っても、相手自身が変わろうと思わなければ変わらない。

 

じゃあ、自分が変わるしかないのか。

 

ここでいう「自分が変わる」は、

 

もっと我慢できる自分になることではありません。

 

むしろ逆です。

 

本当は寂しかった。

本当はもっと会いたかった。

本当は、あの言葉が嫌だった。

本当は、こうしてほしかった。

 

まず、自分が自分の気持ちに気づくこと。
そして必要なら、それを相手に伝えること。

 

そこで初めて、二人の関係を変えられる可能性が生まれるんだと思います。

 

自分が変わったことで、相手も変わって、二人の関係が以前より幸せになることもある。

 

一方で、自分の本音を認めたからこそ、

 

「私は、この関係では幸せになれないのかもしれない」

 

と気づいて、別れを選ぶこともある。

 

どちらが正解という話ではありません。

 

大切なのは、相手が変わるのをただ待ち続けるのではなく、
自分自身がどうしたいのかを知ることだと思っています。


「好き」と「失いたくない」は少し違う

恋愛が苦しくなってくると、「好き」という感情の中に、
いろいろなものが混ざってくることがあります。

 

この人を失いたくない。

一人になるのが怖い。

ここまで付き合ってきたのに、終わらせたくない。

いつかまた、前みたいに戻れるかもしれない。

もう少し頑張れば、きっとうまくいく。

 

それらを全部ひっくるめて、

 

「私はまだ彼のことが好きだから」

 

と思ってしまう。

 

もちろん、本当に好きな気持ちもあると思います。
 

だからこそ、簡単には離れられない。

 

でも、

 

「好き」と「失いたくない」は、同じではありません。

 

好きだから一緒にいるのか。

失うのが怖いから離れられないのか。

 

その二つが混ざっていないか、一度考えてみてもいいと思うんです。

 

これは、恋愛の真っ最中にいると、とても難しいことでもあります。

 

私自身、別れて初めて分かったこともありました。

 

「あんなに好きだと思っていたけれど、私は彼を失うことが怖かったのかもしれない」

「あの恋愛を終わらせることが怖かったのかもしれない」

 

時間が経って、やっと見えることもあります。


「彼が好き?」より、「彼といる私は幸せ?」

恋愛をしていると、

 

「私はまだ彼のことが好きなのかな」

「別れた方がいいのかな」

「もう少し待った方がいいのかな」

 

と、どうしても相手との関係の“答え”を探したくなります。

 

でも、そんな時こそ、一度「好き」を横に置いてみてほしい。

 

そして、

 

「彼といる私は、幸せ?」

 

と考えてみる。

 

安心して自分の気持ちを伝えられているか。

嫌なことを、嫌だと言えているか。

一人で我慢し続けていないか。

相手の顔色ばかり見ていないか。

「いつか変わってくれる」を待ち続けていないか。

好きな人と一緒にいるために、自分自身を苦しめていないか。

 

恋愛は、好きな人をどれだけ愛せるかだけでなく、

 

その関係の中で、自分も大切にされているか。
そして、自分自身を大切にできているか。

 

そこも同じくらい大切だと思います。

 

好きだから、すぐに別れる必要はない。
でも、好きだからといって、何でも我慢する必要もない。

 

もし今、

 

「彼がもう少しこうなってくれたら、私は幸せなのに」

 

と思っているなら。

 

一度だけ、相手が変わることを待つのをやめて、自分に聞いてみてほしいんです。

 

「もし、この人がこのまま変わらなかったとしても、私はこの関係を続けたい?」

 

もっと連絡をくれるようになったら。

仕事が落ち着いたら。

いつか私の気持ちを分かってくれたら。

 

その「いつか」が来る可能性も、もちろんあります。

でも、来ない可能性だってある。

相手が変わるかどうかは、相手が決めることだから。

 

自分にできるのは、

 

本当は何が嫌なのか。
本当はどうしてほしいのか。
どんな恋愛なら自分は幸せなのか。

 

それを自分で認めて、相手に伝えること。

 

そこで二人の関係が変わることもあるし、

「やっぱり私たちは合わなかったんだ」と気づくこともある。

 

だから、

「彼のことが好きかどうか」だけで、恋愛を続けるか決めなくてもいい。

 

好きなまま、別れることだってある。

 

私自身、別れてから初めて、

 

「あの恋愛の中にいた私は、幸せじゃなかったんだ」

 

と気づいたことがあります。

 

好きだったことまで、嘘になるわけじゃない。

 

ただ、

好きだったことと、その関係で幸せだったことは、別だった。

 

もし今、好きな人と一緒にいるはずなのに苦しいなら、

 

「私はこの人が好き?」

 

だけじゃなくて、

 

「この人といる私は、幸せ?」

 

と、一度自分に聞いてみてほしいと思います。

 

 

恋愛をするとき、あなたは「恋愛」と「それ以外の人生」を分けて考えますか?

 

私は、あまり分けて考えていません。

 

仕事も、恋愛も、友人との時間も、一人で過ごす時間も。
全部ひっくるめて、自分の人生だと思っています。

 

でも、昔からそうだったわけではありません。
20代の私は、とにかく仕事に夢中でした。

 

 

20代の私は、仕事=人生だった

私にとって仕事は、ただ生活するためにお金を稼ぐものではありませんでした。

 

もちろん、生きていくために働くという側面はある。

でも、それだけではなかった。

 

仕事を通して何かを成し遂げたい。
自分が生きている意味を感じたい。

 

そんな想いが強くて、20代はかなりがむしゃらに生きてきたと思います。

 

だから、当時の私にとっては、

 

仕事=人生

 

と言っても、あながち大げさではありませんでした。

 

仕事がうまくいっているときは、自分も前に進めている気がした。
逆に、仕事がうまくいかないと、自分自身まで否定されたように感じることもあった。

 

今振り返ると、少し不器用なくらい、仕事に自分の人生を預けていたんだと思います。

 

30代に差しかかってからは、少しずつ考え方も変わってきました。

 

仕事だけではない人生の豊かさを知った。
大切にしたい人との時間や、何気ない日常、一人で過ごす時間。

 

「何かを成し遂げること」だけが、人生を豊かにするわけじゃない。

そんなことも、少しずつ分かるようになってきました。

 

でも、そんな20代を過ごしてきた私でも、恋愛を「仕事とは別のもの」とは考えていませんでした。


私が恋愛を人生から切り離さなかった理由

世の中には、仕事と恋愛を上手に切り分けられる人もいると思います。

 

仕事が大変なときは恋愛をしない。
今は自分自身の成長を優先する。
仕事が落ち着いてから、恋愛に向き合う。

 

それも、一つの生き方だと思います。

 

むしろ、自分が不器用であることを分かっていて、ちゃんと自分をコントロールしている人なのかもしれない。

 

私は、そういう人を否定するつもりはありません。

ただ、私はどうしても、恋愛を人生から切り離して考えることができませんでした。

 

なぜなら、私にとって恋愛は、

 

「男性と女性として付き合うこと」

 

だけではなかったからです。

 

私は、恋愛をするとき、相手と人として深く関係を築きたいと思ってしまう。

 

相手の考えていることを知りたい。
自分のことも知ってほしい。

 

嬉しいことだけじゃなく、嫌なところや弱いところも含めて、お互いを知っていきたい。

 

そうやって一人の人間と深く関わろうとすればするほど、

 

恋愛は、相手だけを知る時間ではなくなっていく。

 

いつの間にか、自分自身のことまで見えてくるからです。


パートナーは、自分を映す鏡

恋愛をしていると、

 

「なんでこの人は、こんなことをするんだろう」

 

と思うことがあります。

 

相手の言葉に傷ついたり。
思うように愛してもらえないことに腹が立ったり。
相手の態度に、不安になったり。

 

でも、そんなときに相手だけを見ていると、いつまでも答えが出ないことがあります。

 

「私は、なぜこんなに傷ついたんだろう?」

「どうして、こんなに相手に期待してしまうんだろう?」

「私は、本当は何を怖がっているんだろう?」

 

そうやって自分に問いかけていくと、

相手との関係を通して、自分自身の弱さや未熟さが見えてくることがある。

 

私は、恋愛をしていて、何度もそういう経験をしてきました。

 

自分では気づいていなかった自分。
認めたくなかった自分。
思っていた以上に寂しがり屋な自分。
誰かに愛されることで、自分の価値を確かめようとしていた自分。

 

逆に、相手を大切にしたいと思うことで、自分の中にあった優しさを知ることもあった。

 

だから私は、

 

パートナーは、自分を映す鏡なんだと思っています。

 

もちろん、相手が悪いことだってあります。

すべてを「自分の問題」として捉える必要はない。

 

でも、一人で生きているだけでは見えなかった自分が、誰かと深く関わることで見えてくることは確かにあると思うんです。

 

そして、それは付き合っている時だけではありません。

別れたあとに、

 

「あの恋愛で、私は何を感じていたんだろう」

「あの人との関係で、私は何を学んだんだろう」

 

と振り返ることで、初めて見えてくるものもある。

 

だから私にとって、恋愛は「うまくいったか、失敗したか」だけで終わるものではありません。


恋愛の先に、自分の人生がある

恋愛をすると、誰かを愛することを知る。

 

誰かに愛されることを知る。

 

人を信じることを知る。

 

傷つくこともある。

 

別れることもある。

 

それでも、その一つひとつを通して、

 

自分はどんな人間なのか。
何を大切にしたいのか。
どんな関係を築きたいのか。

 

少しずつ分かっていく。

 

私にとっては、それも人生を生きるということでした。

 

同時に、恋愛は人生の主役ではないとも思っています。

 

人生には、仕事もある。

家族もいる。

友人もいる。

一人で過ごす時間もある。

夢や挑戦もある。

 

恋愛だけが人生ではない。

 

でも、

 

だからといって、恋愛を人生から切り離す必要もない。

 

恋愛もまた、人生の中で自分を知るための一つの経験だから。

 

誰かを好きになったことで、自分の知らなかった自分に出逢うことがある。

誰かを愛したことで、自分が本当に大切にしたいものに気づくことがある。

誰かと別れたことで、「私はこれからどう生きたいんだろう」と考えることもある。

 

そうやって考えると、恋愛は「人生とは別にあるもの」ではなく、

 

人生という大きな円の中にある、一つの大切なもの

 

なんだと思います。

 

だから私は、恋愛をするとき、

 

「この人と付き合えるか」

 

だけではなく、

 

「この人と関わることで、私はどんな自分になっていくんだろう」

 

ということも、どこかで考えています。

 

恋愛の答えは、いつも「結婚」じゃなくてもいい。
長く続くことだけが、正解でもない。

 

その恋愛を通して、自分が何を知り、何を感じ、どう生きたいと思ったのか。

それもまた、自分の人生の一部になる。

 

だから私は、

 

恋愛もまた、人生をつくる。

 

そう思っています。

 

 

「結婚するなら、こんな人がいい」

 

婚活をしていると、きっと誰でも一度は考えることだと思います。

 

年収が高い人。
優しい人。
価値観が合う人。
リードしてくれる人。
一緒にいて安心できる人。

 

私も、もちろんありました。

むしろ昔の私は、今思うと結構たくさん条件を持っていたと思います。

 

 

「理想の条件」は、本当に私が求めているもの?

そのひとつが、

 

「奢ってくれる人がいい」

 

でした。

 

……今こうやって書くと、なかなか感じの悪い条件ですよね。

でも当時の私は、別に自分がお金を払えないわけでもないのに、なぜかそう思っていた。

 

じゃあ、なんで奢ってほしいんだろう?

そこをちゃんと考えたことは、一度もなかったんですよね。

 

たぶん、「お金がないから払ってほしい」という話ではない。

 

男性にリードしてほしい。
頼りがいのある人がいい。
自分の人生に対して努力している人が好き。
成長しようとしている人に惹かれる。

 

そうやって一つずつ考えていくと、

「あれ、私が欲しかったのって、お金そのものじゃないな」

と気づきました。

 

私にとって「年収が高い」というのは、目先のお金というより、

 

「それだけ稼げる能力がある」
「努力できる」
「向上心がある」
「成長しようとしている」

 

そんなものの表れとして見ていたんだと思います。


「今の年収」より、その人がどう生きてきたか

実際、以前お付き合いしていた人に、社会的にもかなり高い年収帯にいる人がいました。

その人は、一代で今の地位を築いた人でした。

最初から何もかも持っていたわけではなく、起業に至るまでにも、いろいろな苦労があった。

 

私は、その人の「今」だけを見ていたわけではなかったんだと思います。

むしろ、その人にこう伝えたことがあります。

 

「完成された貴方ではなく、その成長を見ていたかった。どん底の時から一緒にいたかった」

 

今思うと、私がその人に惹かれていた理由は、まさにそこだったんだと思います。

 

今どれだけ稼いでいるか。

今どんな会社を経営しているか。

今どんな地位にいるか。

 

そんなことではなく、

「この人は、ここからまた何かを創っていける人なんだ」

という、その人自身の力や可能性に惹かれていた。

 

だから、もし今の会社がなくなったとしても、この人ならまたやり直せるんだろうなと

そんな風に思っていました。

 

そう考えると、

「年収が高い人がいい」

という条件そのものが大切だったわけではなかったんですよね。

 

その条件の奥に、私が本当に求めていたものがあった。

 

私は、努力している人や、向上心のある人、仕事を頑張っている人に尊敬を抱きやすい。

そして、そういう人たちは結果として、仕事を頑張っていない人より収入が高くなることも多い。

 

周りから表面的に見れば、「年収が高い人が好き」と思われても仕方なかったと思います。

実際、そう言われたこともあります。

 

でも、自分の中では少し違った。

 

私は「年収」という数字に惹かれていたのではなく、

その数字の裏側にある、その人の生き方に惹かれていたんだと思います。


「価値観が合う人」が幸せとは限らない

これは、「価値観が合う人がいい」という条件にも、少し似ていると思っています。

 

私はこれまで、価値観が近い人とも、かなり違う人とも付き合ってきました。

もちろん、価値観が近い人との関係は楽です。

 

たとえば私は、美味しいものや質のいいものが好きで、

食事にはある程度お金をかけて、上質なものを楽しみたいと思うタイプです。

 

だから、食に対する価値観が近い人とは、

 

「ここ美味しいね」
「次はここ行こう」

 

と自然に楽しめる。

そういう意味では、確かに価値観が近い方が楽なんです。

 

でも、

 

「楽」と「幸せ」は、少し違う。

 

価値観が違う人と付き合ったこともあります。

 

でも、よく考えたら、そもそも別の人間なんだから、価値観が違うのは当たり前なんですよね。

 

育ってきた環境も違う。
家族も違う。
経験してきたことも違う。

 

全部同じになる方が、きっと難しい。

 

だから私は、最近は「価値観が近い人がいい」という言葉を、以前ほど重要視しなくなりました。

 

大事なのは、

 

価値観が違わないことではなく、違った時にどうするか。

 

私はこう思う。
あなたはそう思う。

 

じゃあ、どうしようか。

 

相手の考えを理解しようとする。
自分の考えも伝える。


どこなら歩み寄れるのか、一緒に考える。

そうやって、違いの埋め方を知っていることの方が、私にとってはずっと大切です。

 

だから、価値観が近いことは絶対条件ではありません。

 

もちろん、どうしても譲れないことは人それぞれあると思う。

でも、すべてが同じである必要はない。


条件を決める前に、「なぜ?」を考えてみる

婚活をしていると、

 

「年収○○万円以上」
「価値観が合う人」
「優しい人」
「リードしてくれる人」

 

みたいに、条件を増やしたくなることがあります。

 

そして、条件が明確になるほど、「理想の相手に近づいている」ような気がする。

でも、一度立ち止まってみてもいいと思うんです。

 

「私は、なぜこの条件が欲しいんだろう?」

 

年収が高い人がいいのは、なぜ?

価値観が合う人がいいのは、なぜ?

優しい人がいいのは、なぜ?

リードしてくれる人がいいのは、なぜ?

 

その条件によって、私は何を感じたいんだろう。

どんな関係を築きたいんだろう。

 

ここまで考えていくと、自分でも気づいていなかった「本当に大切にしたいこと」が見えてくることがあります。

そして、それが分かると、相手の見方も少し変わる。

 

「年収○○万円以上の人を探す」から、

「私は、努力して成長していく人に惹かれるんだ」と分かる。

 

「価値観が合う人を探す」から、

「価値観が違っても、お互いに歩み寄れる関係がいい」と分かる。

 

そうすると、条件だけを見ていたときには候補に入らなかった人の中に、

 

「あれ、この人って私が本当に求めていた人かもしれない」

 

と想える人が出てくるかもしれない。

 

だから私は、婚活をするときに、

「どんな条件の人を探そう?」

と考えるより先に、

 

「私って、結局どんな人に惹かれるんだろう」

「どんな関係なら、私は幸せなんだろう」

 

を考えてみることが大事なんじゃないかなと思っています。

 

条件をなくす必要はない。

価値観を全部合わせる必要もない。

 

ただ、自分が何を大切にしているのかは、自分で知っていた方がいい。

その方が、相手を選ぶときに、少しだけ迷わなくなるから。

 

結婚相手を探すということは、

「条件を満たしている人」を探すことではなく、

 

これからの人生を、どんな人と、どんな関係で生きていきたいのかを考えること。

 

だからこそ、

 

幸せな結婚は、条件ではなく「自分を知ること」から。

 

私はこう思うのです。

 

 

プロローグ

恋愛がうまくいかないとき。
なぜこんなにも苦しくなるのか。

 

それは、恋愛そのものの問題ではなく、
“自分の人生の軸が揺れてしまっている状態”だからかもしれません。

 

相手の言動ひとつで心が揺れる。
 

返信の速さで安心と不安が行き来する。
 

愛されている実感がないと、自分の価値まで揺らいでしまう。

 

でもそれは、弱さではありません。

ただ、「恋愛=自己価値」という構造の中に、
無意識に入り込んでしまっているだけです。

  • 嫌われるのが怖い。

  • 相手の反応で一喜一憂する。

  • 愛されている実感がないと不安。

  • 頑張らないと愛されない気がする。

  • 自分より相手を優先してしまう。

 

このブログは、あなたを“救うための場所”ではありません。

 

止まってしまった恋愛と人生を、
もう一度“動かすための場所”です。

 

 

恋愛が苦しくなる理由

恋愛で苦しくなる人には、共通点があります。

 

それは、”優しさ”を持っているということです。

 

相手の気持ちを想像できる。
関係を大切にしようとする。
ちゃんと愛そうとする。

 

でもその優しさが、
いつの間にか「自分を後回しにする構造」になってしまうことがあります。

 

私自身も、その中にいました。

その構造を、私は実体験として2つの関係の中で学びました。


私が出逢った2つの関係

執着を教えてくれた関係

ひとり目の人は、私に「執着」を教えてくれた人でした。

 

当時の私は、自分で自分を満たすという感覚を持っていませんでした。
誰かに満たしてもらわないと、幸せを感じられない状態。

 

気づけば私は、
“羽を折られた鳥籠の中の鳥”のようだと自分で言うほど、
自立という感覚から遠ざかっていました。

 

飛べるはずだった自分が、静かに飛べなくなっていったのです。

 

そんな関係がうまくいくはずもなく、
その人は別れの言葉もないまま、2年間一度も戻ってきませんでした。

 

そこで初めて、
私は「執着」というものの正体を知りました。

 

愛を教えてくれた関係

ふたり目の人は、「」を教えてくれた人でした。

 

ただ、それは順風満帆な恋愛ではありませんでした。

 

愛していても、
お互いの人生のフェーズにズレが生じることがある。

その現実を知った関係でした。

 

出逢ったときの私はまだ執着の関係から抜けきれておらず、
どん底の状態でした。

でもその人に時に支えられながら、私は変化していきました。
 

気づけば、自分でも驚くほどのスピードで成長していき、
“追い抜いてしまった”と感じる瞬間さえありました。

 

愛しているのに、愛されているのに、
同じ未来を選べないという選択をすることになった関係でした。


別れから学んだこと

皮肉なことに、私は別れを通して学んできました。

 

別れを経験するたびに、
その恋愛が何を教えてくれたのかと、自分と向き合うようになっていきました。

 

何がダメだったのかを責めるのではなく、
その出来事の意味を深く理解しようとする。

 

それはつまり、
“相手のための恋愛”ではなく
“自分を知るための旅”だったのだと思います。


私の恋愛観

私は今、こう考えています。

 

恋愛は、人生の一部であって、すべてではない。

そして恋愛と人生は、同時に育てていけるものです。

 

誰かを愛しながら、
自分の人生も諦めない。

 

相手を想いながら、
自分の心も置き去りにしない。

 

離れることも、
距離を取ることも、
関係を見直すことも。

 

それは“愛がない”のではなく、
別の形の愛であることもあります。

 

そして私が想う「愛」とは、

相手の幸せを願うことと、
自分の幸せを犠牲にすることは、別物であるということです。


再起動という選択

このブログで伝えたいのは、
何かを“手放すこと”ではありません。

 

誰かを忘れることでも、
過去を否定することでもありません。

 

ただ一つ。

 

恋愛の中で見失ってしまった“自分”を取り戻すこと。

 

そのために必要なのは、
何かを失うことではなく、
“自分を忘れていた状態”から抜け出すという選択です。

 

そしてそれは時に、
余分な執着を静かにほどいていくように見えるかもしれません。

 

でも本質は逆で、

自分を取り戻すための再起動です。

 

Instagramでは、
できるだけ多くの人に届くように、シンプルに発信しています。

 

でも記事では、
もう少し深い部分まで書いていきます。

 

恋愛のテクニックではなく、
感情の構造や、愛の前提、
そして“自分軸で生きるとは何か”ということについて。


もし今、


恋愛に振り回されていたり。
誰かを愛する中で自分を見失っていたり。
自分の気持ちがわからなくなっているなら。

 

それは終わりではなく、
再起動のタイミングかもしれません。

 

ここで一緒に、
恋愛と人生のバランスを取り戻していけたら嬉しいです。


私のLINEでは、
恋愛の悩みを「どうすればいいか」だけで扱うのではなく、

今どこで自分を見失っているのかを一緒に整理することから始めています。

 

無理に変わる必要はありません。


答えを出す必要もありません。

 

ただ一度、
自分の今の状態を一緒に見つめ直す時間として使ってもらえたらと思います。