私は年初に罹ったインフルが長引き、1月中旬になんとか息子を空港まで見送っただけで、ほとんど自分のことで精一杯。即病院に受診した甲斐あって熱はすぐ下がったのですが咳がつらかった〜。
せっかく息子も楽しみにしていたスポーツイベントもキャンセルとなりチケット代。。
そんな訳で息子の一時帰国(2)といっても自分の咳との格闘の記憶しかない。息子はスーパーで買い出しして夕飯作ってくれたりして有り難かったです。
そうこうしているうちに、大きな出来事がありました。
紆余曲折あって、オタク気質の息子が独学を含めてとても熱心に学んでいた分野の某企業🇺🇸からつい先日良いオファーを頂くことができました!先のインターン先の業務とは全く異なります。
この濃い半年については長くなるので改めて書くかもしれません。
そもそも求人の数に対してビザサポートをする🇺🇸企業は1%未満だそうです。=超激戦区。ご存知の通りビザ見直しの大統領もあり、ますます企業は留学生を敬遠。息子は300社ほど応募したもののまず書類審査が通らない。せっかくリファーラルを頂いたのに残念というケースも少なくなかったようです。
ただ、この半年で力をつけて、その分野のクラブの入会選考を突破して積極的に活動する、コンファレンスに参加する、個人プロジェクトを仕上げる、一時帰国の際には空のスーツケースを持ってきて買い込んだ書籍を詰め込んで戻っていく。。など最大限に力はつけたようです。
AIでプログラミングが不要となると言われる世の中で、自分史上最もプログラミングに勤しんだとのこと。好きなことには火力が強い。
米国の大学受験では女性、アジア枠、ヨーロッパ枠など、多様性を担保するための人数枠的な策が講じられていますが、企業側にはそういうのはなく完全に個人の実力主義。
何段階かあるインタビューのうちテクニカルインタビューは3対1。大学のハイレベルの授業を含めてこれまで学んだことの集大成で自信をもって臨み、答えられないことはなかったそうです。
完全事後報告なのですが、朗報が来た時は夫と大喜びというか本当にホッとしました。1パーセント未満突破or無職、院進希望今のところなしという崖っぷち。でもこちらは心配を超えて達観の境地。夫も私も何も言わず聞かず連絡もこない間に息子はもろもろ強烈な経験をしていました。少し成長したと思うと話していました。
一寸先は闇、一寸先は光。捨てる神あれば拾う神あり。
実はトントン拍子にもう一社インタビューをさせて頂けることとなっているそうです。
ちなみに本当に激戦区で、日本人ではない留学生の友達は日本での就活にシフトしたそうです。これから日本も熱い!!
そもそもなぜボスキャリに行かなかったのかというと、もちろんGFのことはありますが、自分がやってることとマッチするものがなさそうということが大きかったのでは。リサーチ不足でしょう。
ここで挑戦したのも強い信念があったというより流れもあったかもしれませんが、完全な実力主義という在り方がエンジニアの息子にとっては合っていたかもしれません。
もし🇺🇸で狭い入口を突破するチャンスが1ミリでもあるとしたらSTEM専攻しかないとは言われています。でもSTEMでも非STEMでも就活や院進のことは早いうちに考えておいたが良いと思います![]()