危険だと感じたら、逃げる。もしくは、近寄らない。これはセオリーです。

例えば、不安定なガラスの板の橋を渡る事。


注意書きには自分の体重と同じまでの耐久性が書かれている。

落ちたら、命はない。そして、渡れるかもしれないが、精神的にいつ落ちるかわからない自分の心理状態が維持


できるのか、瞬時に判断し、その重圧やプレッシャーに勝てるか?決める。

たいていの人は、そんな橋渡れない。


でも、ごく一部の人は渡れる。

そう!メラメラ

渡れる人がいるんです!


普通の人です。勿論。

その渡れる人の共通点は、「渡らなければ手に入らないものがある」。


つまり、渡る事で自身にとってよくも悪くも変化の訪れる可能性がある人達。

私は、こうです。


この橋は通過点に過ぎない。通らなければゴールはない。

失うものはあっても手に入るものはないです。


普通に生きたいのなら、贅沢や夢を捨てたほうが、幸せかもしれません。

でも、突然それはやってくるものです。


何気なく生きていても。

ガラスの板でできた橋を、渡らなければいけない日が。


何歳になればこの橋を渡る事ができるか?

回避できません。必ず、またやってくる。どこにいても。


回避しても、回避しても。

乗り切らなければいけないのは、自分の心の橋(ガラスでできた板の橋)ですから。


オリジナルという言葉は意外と頻繁に使われている。

でも、私達のお店が来月3日にオープンを控え、オリジナルのTシャツが仕上がり、私の家に届きそれを見たと


き、こんな窮地の中にわくわく感を覚えました。これを着て仕事ができるんだ!

オリジナルなんだと。


この時期にこういった出費はどうか?といわれそうだが、私には、とても重要な思いがこのTシャツにはあるんです。そう、スタッフが皆、店舗のロゴが入ったTシャツを着ている。


同じ仲間を見て、自分を見て、チームなんだと認識できること。

独立してから、チームとしてのまとまりはとても、弱くなってしまった。


「 辞めたい 」という言葉が頭をよぎる度、心が弱いんだと自問自答。

でも、本来のあるべき姿があるというのであれば、「仕事が楽しくてしかたない」と実感できること。


これにつきる。

私は、昨年から生きた心地のないまま、この窮地と向かい合い、たたかっています。


どれほどの痛みを知ったのか。

どれほどの無力さをしったのか。

どれほど人の汚い部分をしったのか。


人生の中でこんなにも人の本質にふれられたのも、「本気」でやってるからこそなんだと思う。

どうでもよくないから、だとも思う。


経営者の皆さんはこういった苦労を特に重ねている。

結果しだいでどうにでも、評価はなるから。


もし、神様がみてるなら、祈りたい。

チームで力を合せることができるようにと。


今日、聞いた話に命とは?母親とは?を改めて考えさせられるものがありました。

今日、世界仰天ニュース?なるものを見た人から聞いたのでリアルに見てた人は知っていると思いますけど。


私は、その話を聞いただけでかなり、眼がしらがあつくなりました。

中国の話。


中国の雑技団?の美しい女性が裏方の男と結婚して第一子は女の子を授かり、日々生活をしていたそうです。

中国では一人っ子政策があるのですが、第一子が女の子の場合は第二子を誕生させることができるそうです。


ある日、その美しい女性は第二子を授かり、それが7か月に入る頃男の子とわかり、夫、親族は第二子の誕生を

心待ちにしていました。


いつものように仕事を終えた妻と夫は、帰宅するのですが、その日は妻はバスで帰る事になったのですが、

途中で、化学薬品をつんだ、トラックとそのバスが事故にあってしまいました。


事故の際、その化学薬品が液体であり、人の肌に触れると、やけどを負おうほどの危険な物でしたが、

妊娠している妻にその液体はかかり、全身にやけどを負い、特に顔は再生ができないほどになってしまいました。


もちろん、緊急で入院でしたが、幸いおなかの子供はぶじでした。妻はとっさにおなかを手で押さえていたため、

おなかだけが、無傷でした。ところが、全身の何割かを越えた状態のやけどは感染症をおこす危機にさらされ、


同時に、感染症をおさえる抗生物質をうてば、胎児に影響が出て、最悪死に至ると医師に宣告を受けてしますのです。


早く抗生物質を打たなければいけないため、意識を失っていた妻の代わりに夫はその決断を迫られていました。

10日ほどたち、タイムリミットはきてしまい、夫は抗生物質を打つ事をお願いしました。が、妻がそこで意識を取


り戻し、抗生物質は使わないと医師に申し入れるのですが、抗生物資を使わないという事で、皮膚は腐り、痛みは想像を絶し、感染症になれば命の保証はないと宣言されてしますのです。


それでも、おなかの子が元気に生まれてくる事を支えに、妻はこの痛みとたたかう覚悟をするのですが、皮膚は腐りそれを除去するのに麻酔も使わず、メスを入れる。


これは、普通の人では耐えられない。気絶してしまうほどの痛みでしょう。それでも、妻は涙を流し、唇をかみ、

たえました。日に日に痛みは限界を超え、ついには感染症に・・・・・。


ここで、夫は医師に抗生物資の投与を申し入れるのですが、妻はそれでも、こんな時でも、耐えてみせると

夫の手を自分のおなかに・・・・。「生きている」


37日間の激痛にたえた妻は見事に元気な男の子を出産しましたが、大きな代償を払うことになりました。

顔に負った火傷は、抗生物資の投与が遅かったため、無残に・・・。


あと、皮膚の手術を80回ほどやらなくてはいけないそうです。

人を誕生させる。わが子の為に、想像を絶する痛みに耐えた妻。


命の尊さを改めて感じました。

自分と引き換えに・・・。


こんなことは、はたして自分ならできるのだろうか?

本当の愛というものや、価値という事の重みはこういった形で証明された。


でも、実践していくのは、本当に命がけなのだ。

まだまだ、こういう偉人と自分の心の部分では、次元の違う世界なんだと思う。


自分の悩みはどれほどのものか?

「死ぬわけじゃないんだから・・・。」死を覚悟して何かを守ること。


本当に自分は小さいなと思いましたね。




信じる者は救われる。という言葉がお気に入りです。

でも、私をよく知る人は、私のそういった姿勢を「甘い」と叱責しますね。


私は馬鹿なので、心から、それが、周りの人がいう事を理解できずに最近までいました。

夢とか、情けとか、言葉とか、字で書くと惚れ惚れするようなものに憧れていました。


私は一応、経営者なのですが、ほんとーにレベルが低い。地位も。資本も。最低レベル。

というより、サラリーマンのほうがよほど稼いでいるし、地位もあるのですが。


ここまでの道のりは、嫌、今もとても信じられないような事が続き、波乱万丈が続いています。

本日、あるブログを見て勇気が少しでたので、更新しよーかなって思い、書いてます。


儲かるという字の構造。


「 信じる + 者 」 =  儲 ひらめき電球


おおっ!これは!

どう捉えるかは、私の事。もちろんポジティブに。





ついに!!!!!!!!!!

私達の業態が姿を表しました!3月2日!!オープンです!


本当にとっても困難な道を現在も歩いていますが、誕生です。

「思い」は形になろうとしています。


飲食店のスタッフを初めて、6年。

本当に険しい道です。今も退路がなく必死です。でも、私は飲食店で人にとって欠かせない「 衣 食 住 」


の「食」に携わる仕事をして、さまざまな事を学び、忘れていた夢にもう一度本気で取り組んできました。

正直、世の中の厳しさという言葉を実感できる人は、たいてい、この業界から自分の力では到底かなわない


力によって排除されてきたに違いありません。これから、飲食で独立!起業なんて夢見てる人には、酷ですが、

半端な気持ちでは、勝てません。私も、必至です。


30歳で転職。

35歳で独立。


この無謀な挑戦を実現し、胸を張れる経営者になる事を夢見てたのには、理由はたくさんあります。

①おこがましい限りですが私の経歴や仕事などを知れば、ほとんどの飲食店で独立、起業を目指す人に


「勇気と希望」を与える事ができるでしょう。

②食事をするというプロセスは当たり前だからこそ重要だと思うから大切にしたい。

提供する人、お客様との関係(満足度)


私は今窮地に立たされています。

こんなことは書いている場合ではないかもしれません。


しかし、私はあえて戦い続ける為に、このブログにまた日記を書いてみました。

私が、この日記に自信満々でいられるような内容になれたら、私自身も振り返り、初心に戻ることができるでしょう。


「希望の反対は絶望ではない」


諦める事メラメラ


だ。