5月31日。
 
世界各国の支店から人が集まり、MTGが始まり忙しくなる月曜。早速忙しくバタバタしていたところ、突然父からのメール。
「富野のおじいさんが亡くなりました。家に帰ってきてください!」
 
その時は何故かとっても落ち着いており、すぐに上司に相談して引継ぎの準備にすぐ入った。
そしてそのまま岐阜へ。
 
富野のおじいさんはお父さんのお父さん。
まほとは一緒には住んでないものの、近くには住んでたので、お米や野菜ができるといつも大量に持って来てくれては、「まほか!元気でやっとるか??」っと声をかけてくれた。
最近はめっきり年をとって、歩くのも一苦労なほど弱ってきちゃったけど、でも今年のお正月に会いに行った時も「お!まほか!」っていつものように声かけてくれたことを覚えてる。
 
岐阜に着きすぐにおじいちゃんの所へ行くと、すでに親戚みんなが集まってた。
お父さんが、「おじいちゃん、まほが来たよ」って声かけたおじいちゃんの顔は、とっても綺麗で穏やかで、笑顔のまま眠ってた。本当に穏やか過ぎて涙が止まらなくなった。
 
次の日。お通夜の会場は沢山の花が並んだ。子供一同、孫一同と書かれた大きな花と果物の籠で飾られたおじいちゃんの遺影は微笑んでた。
お棺に入れられたおじいちゃんは、ちゃんと三途の川を渡れるようにと足袋を履かされ、笠と杖が一緒に入ってた。無事渡れたよね?
 
おじいちゃんとの最後の夜。
お父さんやおじさん、おばさんは勿論、おばあちゃんも泊まると言って家には帰らなかった。
おばあちゃん(お父さんのお母さん)は昔から常に自分より家族を優先する人。最近はめっきり腰も曲がり、おばあちゃん自身も弱くなったのに、おじいちゃんのことが心配でいつも側を離れなかった。だから直接は言わなっかったけど、最後の夜も側にいてあげたかったんだと思う。
 
告別式の日。式が始まる前におじいちゃんの生い立ちを司会の人が語ってくれた。
「二男一女に恵まれ、7人のお孫さんにも恵まれました。」と。
改めておじいちゃんがいたから、まほがいるのだと実感した瞬間でした。
 
最後、お棺を開けておじいちゃんを沢山のお花でいっぱいにしてあげた。「おじいちゃんありがとう」って気持ちでいっぱいになり涙が溢れた。。最後までおじいちゃんの側にいたおばあちゃんの号泣する姿を見て、おじいちゃんと過ごした人生は幸せだったんだろうなって思ったら、更に涙が止まらなかった。
 
そしてそのまま火葬場へ。
最後にもう一度一人一人、顔を見て別れを告げた。
 
一時間半後。
納骨。
 
生まれて初めて人の骨を見た。
人間ほんとうに灰になるだと知りました。
 
落ち着く暇もなくそのまま東京へ。
 
帰る新幹線の中思った事。
それは人間、自分の最期を悲しみ、ちゃんと見送ってくれるのはやっぱり家族なんだということ。沢山の家族に看取られ旅立った時、初めて人生幸せだったんだと思えるんじゃないかな。
だから家族が沢山いた方がいいなって思う。まほも孫までは見てから死にたいなって思う。
 
おじいちゃん、幸せな人生でしたか?
まほはおじいちゃんの孫で幸せでした。ありがとう!天国でいつまでも見守っててね。