「モノを捨てれば、人生が変わる!」

と思っていました。

 

 

はじめまして。

まほと言います。

 

 

本気で、

そう思っていました。

 

 

金運上がって、

お仕事の依頼もいっぱいきて、

 

 

自由に旅行に行ったり、

本当に欲しいモノが手に入ったり、

 

 

憧れの豊かな暮らしが

できるようになる!って。

 

 

だから、

いっぱい捨てました。

 

 

服を減らしたら…

本を減らしたら…

収納ケースを減らしたら…

 

 

いつか使うかもしれない紙袋を
ちゃんと手放せたら…

 

 

昔の自分が好きだったモノを、
今の私にはもう必要ない!

って言えたら…

 

 

流れが変わる!

すごいことが起きる!

 

 

実際、

変わったこともありましたよ。

 

 

朝起きて、
床に何も

置かれていないのを見ると

 

 

それだけで

ちょっと呼吸がしやすかったですし、

 

 

テーブルの上に、
余計なモノが何にもなくて

コーヒーカップだけ乗っているのを見ると、

 

 

私、ちゃんとできてるな!

って思えました。

 

 

洗面台に映る自分と

汚れていないキレイな

鏡まわりを見て、

 


前より少しだけ
自分をホメたくなりました。

 

 

だから、
片づけに救われたことは間違いないです。

 

 

捨て活してよかった!

と思うときも、たくさんありました。

 

 

あの頃の、散らかっていた頃の部屋には、
もう戻りたくありません。

 

 

帰ってきた瞬間、
ため息が出る部屋。

 

 

探しモノをするために
まず別のモノを

どかさないといけない部屋。

 

 

何か始めようとする前に
もう疲れてしまう部屋。

 

 

あそこから抜け出せたことは、
本当によかったと思っています。

 

 

でも、

部屋が片づいたあとも、
変わらないものがありました。

 

 

お金のことを考えると
胸の奥がぎゅっとなること。

 

 

売上のことを考えると
急に呼吸が浅くなること。

 

 

SNSで誰かの投稿を見て
また自分だけ

置いていかれたような気持ちになること。

 

 

「手放したら、仕事が入りました!」

「執着を捨てたら、流れが変わりました!」

「余白を作ったら、人生が動きました!」

 

 

そういう言葉を見るたびに、
すごいな!と思いました。

よかったね!とも思っていました。

 

 

ただ、それと同時に

複雑な気持ちも…

 


「私も同じように、やってるのに…」

 

 

床も見えている。

服も減らした。

本も減らした。

書類も捨てた。

昔の思い出も手放した。

 

 

なのに、

 

 

どうして私はまだ

怖いんだろう。

 

 

どうしてまだ
変わったと

言い切れないんだろう。

 

 

まだ何かあるのかな?

まだ残っているのかな?

 

 

まだ私が握りしめているものが
どこかにあるのかな?

 

 

クローゼットを開けて

引き出しを見て

棚の奥を見て

 

 

これを捨てたら、

変わるかな?

 

 

これを手放したら、

今度こそ流れが来るかな?

 

 

これを減らしたら、
私は大丈夫になれるかな?

 

 

変わってほしい!

楽になりたい!

大丈夫になりたい!

 

 

今度こそ、
私もあっち側に行きたい!

 

 

まるで、モノにお願いするように。

 

 

だけど、

苦しい。

 

 

部屋は軽くなったのに…

ちゃんと頑張ったのに…

まだ足りないのかな?

 

 

まだ私は
本気じゃないのかな?

 

 

思い切って

必要なモノまで、全部捨てたことも…

 

 

それでも、

うまくいっている人たちみたいには

なれない…

 

 

そんなふうに悩んでいた頃に

読んだメールがあります。

 

 

片づけの話ではないし

断捨離の話でもないし

運気が上がる掃除の話でもない。

 

 

でも、

 

 

あれ?

 

 

そういうこと?

 

 

あのメールを読んでいなかったら

今でも

捨て活迷子、断捨離迷走

続けていたかも…

 

 

「手放せば入ってくる!」

そう信じて、

救いを求めていた頃に読んだメールです。

 

 

え?そういうことだったの?