それは昨日の夜のこと
4月30日の南部解放記念日を前に、我がハウスメイトのプーちゃんは自分の部屋にこもってこの日にまつわるビデオを観ていた
そして夜中、部屋から出てくるなり、涙で目をウルウルさせながら「あー感動した!明日(4月30日)はベトナムにとって記念すべき日だよー
」と叫んだ
それを聞いたわたしは「そう思ってるのは北部人だけ」と言って北部出身のプーちゃんの神経をわざと逆なで
もともと議論が苦手なプーちゃんは普段なら大人しく引き下がるのだが、折しも明日は南部解放記念日
戦わずして撤退するのは、限界を超えてボロボロになりながらもアメリカ相手に戦い抜いた国民のプライドが許さない
だから「それは違うよ!確かに南部の人たちはアメリカのおかげで経済的には発展してたけど、自由がなかったんだよ。そんな可哀想な同胞を北部人が助けに行ったんじゃない」と応戦
「それは北部の政治家たちがでっち上げたおとぎ話」と意地悪アラフィフOL嬢
「なんだとー」と吠えるプーちゃん
相手が7年間も一緒に暮らしている家族同然のプーちゃんじゃなければ、わたしもここまでイジらない
しかもわたしの発言は、ずいぶん前に読んだ「したたかな敗者たち」と「戦火と混迷の日々 悲劇のインドシナ」という本からの断片的な記憶によるもの
これらの本の著者である近藤紘一氏(1940-1986)は南部を拠点にジャーナリストとして活動し、南部女性を奥さんにした人ゆえ、南部人に同情的な部分があっても不思議ではない
結局、プーちゃんは10分ほど応戦した後、「(日本人ジャーナリストじゃなく)ベトナム人が書いた本を読めば、きっと見方が変わるよ!」と言いながら撤退を決意
その際、わたしは大人気なく「ベトナム軍撤退!日本の勝ち!」と言って見送った
かくして、プーちゃんは自分が知っている日本語の中から一番きつい言葉である「バカー」を連発しながら、わたしの部屋から出ていった
ベトナム語で「アメリカと日本は同盟国だから、アンタたちの見方は偏ってる」とも叫んでたっけ
そうかも知れない。ベトナムに来る前、わたしは南部出身の友人からベトナム語を習っていたのだから(彼女は後に日本国籍を取得した)
彼女はよく「わたしは親が米軍に協力してたから、もうベトナムには帰れないの。帰ったとしてもきっと酷い扱いを受けるわ」と言っていた(彼女のご両親は現在アメリカで暮らしている)
でも、当時、数えきれないほど多くの北部の若者たちが「虐げられている南部の同胞を解放するために立ち上がれ!」という北部政府の呼びかけに愛国心と善意から答え応じたのも事実
貧しい生活の中、年老いた親や幼い子供を残して政府が掲げた”崇高な目的”のために戦地に足を運んだ多くの若者たち
しかし、サイゴンに足を踏み入れた彼らが目にしたのは、経済的に繁栄する街並みとそこで豊かに生活する同胞の姿だったと言う
その背後にあったのは、アメリカとソビエトの代理戦争
その構図は(多少、形を変えつつ)この21世紀にも息づいていて、数えきれないほどの”普通の人たち”を”兵士”という殺人者に仕立て、戦地に送り込んでいる
4月30日は南部解放記念日で、会社はお休み
時間はたっぷりあるので、プーちゃんが言う通り、ベトナム戦争(chiến tranh chống Mỹ cứu nước/直訳は「国を救うための抗米戦争」)に関する”ベトナム人歴史家の書いた本”を買いに行こう
南部の歴史家と北部の歴史家が書いた本をそれぞれ読んでみれば、昨夜我が家で勃発した越日紛争を平和裡に終わらせることができるかも知れない