『君が怖いもの 2』
もらったチケットでデートしておいて、文句を言える立場ではないが
「悪かった」
「な、なんで謝るの?」
「なんでって、そりゃあ…」
映画の内容をきちんと把握しておかなかったことを後悔している俺に気を使って
「ちょっと刺激的な映画だったけど、そんなに怖くなくて面白かったよ」
彼女はそう言ってくれたが、絶対嘘に決まっている
たしかに、ジャンルとしたらホラーだったのかもしれないが
成人指定にされていた理由は過激な暴力や流血シーンだけでなく、際どい性描写があるからだと気がついたのは映画が始まった直後だった
人が殺される回数よりも男女が絡み合う場面の方が多かったんじゃないかと思うような内容は、目のやり場に困るなんていう生優しいものではなく
「ほんとにごめん」
「謝らないでってば、すごく楽しかったんだから。」
映画館を出て家まで送って行く間も、かなり気まずい雰囲気になってしまった
が、今はそんなことより
「じゃあ、またね」
「おまえさ…」
門の前に着いたところで、いつもより元気のない笑顔で別れを告げようとした彼女に聞いておきたいことがあった
「なんか言いたいことがあったんじゃないのか?」
数日前から言いかけては止めてしまう様子に、俺が気づいていないとでも思っているのだろうか
「ううん、べつになにも」
しかたない
辺りが闇に包まれたのに乗じて胸に抱き寄せ、耳元でずるい提案をする
「力を使って読んでもいいんだぞ?」
「大したことじゃないの、その…」
ようやく彼女が明らかにした話は、ある意味ホラー映画より恐ろしいものだった
「手紙をもらったって、誰から?」
「ほらっ、先月うちのボクシング部と練習試合をした男子校があったでしょ。あの時、目の上を切ってひどく血が出てた男の子を覚えてる?」
言われて見れば、そんなやつがいたな
「ちょっと応急処置を手伝ってあげただけなんだけど、お礼がしたいから会えないかって」
「いつ?」
「あ、明日の放課後」
まさかとは思うが
「会うつもりじゃないだろうな?」
「うっ、だって…真面目そうな子だったし手紙までくれたんだから会ってあげなきゃ失礼かなって」
頼むから冗談だと言ってくれ
「男は狼だって、何回言ったらわかるんだよ」
そいつに下心がないと本気で思ってるんだろうか
「でも…」
「でもじゃねぇ、俺がそいつに断っとくからおまえは絶対に行くなよ」
頭をポンと叩いて、きつい口調でそう言うと
「うん、ありがとう」
嬉しそうな笑顔で抱きついてきたところを見ると、ほんとうは不安だったに違いない
「じゃあな…って、え?」
ひとまず問題は解決したため帰ろうとした俺の袖口は、彼女の細い指先に引っ張られた
「ねぇ、狼ってことは…男の人はみんな、さっきの映画みたいになるってこと?」
「え…」
さっきの映画といえば
一見真面目そうな男たちが殺人鬼の女の色仕掛けにはまって関係を持ったが最後、寝首を掻かれて殺されていくというありきたりな内容だったのだが
「まぁ…なるんじゃねぇの、だいたいは。据え膳食わぬはなんとかって言うくらいだし、女に迫られて浮かれない男はいねぇだろ」
「そう、なの?」
しまった
彼女がさっきよりずっと青ざめた顔になってこっちを見ている
「いや、だから世間一般の男の話だ。俺は…」
違う、と言いかけたがさすがにそれは虫が良過ぎるだろうか
「わかってる、おやすみなさい」
彼女は満足したように表情を緩めてそう言うと、動揺している俺の頬に軽くキスをして家の中へと帰っていった
「……」
やっぱり
男にとってもっとも怖いものは
惚れた女、なんだろうな
fin
※太古の昔(笑)に書いた『movie』という話をやり直したのですが、1話で終わらせるつもりがどっち目線にするか決められなくて前後編になってしまいました。無駄に長くなった上に間が空いてしまいすみませんでした