『holiday』





「わぁ、海だあ!」


「うみー!」


長いトンネルを抜けた途端、目の前に広がった真っ青な水面に歓声を上げた後部座席の子どもたちに

「あれは海じゃなくて大きな池だ。山道登って来たのに海があるわけないだろ。」

眩しいのかサングラスをかけて運転している彼がルームミラー越しに淡々と話しかけている

「えーっ、じゃあ泳げないの?」

「やーね、そもそも真冬なんだから外で泳げるわけないでしょう。」

「つまんないの。」

去年からスイミングスクールに通い始めた小学生の息子は泳ぎたくて仕方ないって顔をしていて

「今日は露天風呂がついたお部屋に泊まるのよ。美味しいお料理も出るしきっと楽しいわよ。」

「おふろー?」

3歳の娘は、お風呂の何が楽しいのかわからない様子で不思議そうに首を傾げた


一週間ほど前


「たまにはゆっくりしよう。」

試合が終わったばかりの夜、彼が突然そんなことを言い出して

「今度の週末、家族で温泉にでも行かないか?」

知り合いのボクサーに教えてもらったという温泉旅館に、急遽行くことになったのだけど

たしかに

激しい試合で傷ついた体を癒すのに、ゆっくり温泉に浸かるのもたまにはいいよね

そんなことを思っているうちに到着した宿は、小さいけれど高級感が漂う素敵なところで

「すごーい、お部屋も広くて綺麗。いいの?こんな高そうなところ。」

「そんなこと気にしてないで、おまえは先に風呂にでも入ってろ。俺は子どもたちを外で遊ばせて来る。」

「えっ!?ちょっと、あなた…」

引き留める間もなく、部屋に荷物を置くなり彼は子どもたちと出て行ってしまった

いったい、なんなの?

もしかして

彼がゆっくりしたかったわけじゃなくて、わたしを家事や育児から解放するために連れて来てくれたの?

「もう、だったら最初からそう言ってくれたらいいのに。ほんっと、素直じゃないんだから。」

その後、客室についている貸し切りの露天風呂をひとりで楽しんだわたしは

「おかえりなさい。どこに行ってたの?」

「池に手漕ぎボートがあったんだ。」

夕食の時間になるまでボートに子どもたちを乗せて遊んでいたらしい彼が戻って来るまで、のんびり体を休めることが出来たのだけれど

「疲れたでしょう?」
 
食事を終えるとすぐに寝てしまった子どもたちの様子を見ると、彼の方はとっても大変だったに違いないから

「ありがとう、あなたも早く休んでね。」

浴姿姿でお茶を飲んでいる彼の肩にそっと手をかけ、マッサージをしてあげようとしたら

「…とりあえず、風呂に入ろう。」

急に立ち上がって、わたしの手を引きお風呂場の方に向かって歩き始めた

「えっ!ちょっと…お風呂ならさっき入ったでしょ?」

「あいつらと一緒じゃ入った気にならない。」

あ、ああ

そうね、夕食前に彼が子どもたちをお風呂に入れてくれたんだもんね

「だったら、今度はひとりで入って来たら?」

わたしはここに到着してすぐ、ゆっくり入らせてもらったもの

「…なんで俺が子どもたちをこんなに疲れさせたと思ってんだよ。」

脱衣所の中でわたしをきつく抱きしめた彼は、耳元でため息混じりにそう囁いた

「えっ…と、わたしを休ませてくれようとしたんでしょう?」

「たまにはゆっくりしよう、って言ったの覚えてないのか?」

「お、覚えてるけど。」

てっきり彼が身体を休めたいんだと思ってたのに、長距離の運転をした上に子どもたちをずっと見ててくれるんだもん

「全然ゆっくり出来てないじゃない。」

「おまえさ。」

眉間にしわを寄せて力なく笑った彼は

「…しよう、の意味が違うんだよ。」

「へ?」

優しく唇を重ねながら、わたしの浴衣の帯を解いた

 



fin




※肝心なところはご想像にお任せするスタイルですみませんタラー