『wizard』




「ーほらっ、中にあるクリップが消えたでしょ?」


適当な呪文を唱え、紙コップをひっくり返して見せると

「裏に磁石が貼ってあって落ちないだけだろ。くだらねぇことしてないで、大人しく寝てろって。」

彼は表情ひとつ変えることなく、わたしの肩を押してベッドに横になるよう促した。

「…つまんないの。」

「はあ?風邪引いてるって言うから見舞いに来たのに、なんで下手なマジック見せられなきゃなんねぇんだよ。」

「だって、熱も下がったし暇だったんだもん。」

急に寒くなった昨夜から喉が痛くなり、今朝は少し熱っぽい感じがしたから学校を休んでしまったのだけれど

「まぁ、おまえは頑丈だからな。」

皮肉っぽい口調で言われるまでもなく、もともと体が丈夫なせいかひどくはならなかったから


もうすぐクリスマス


お友達とパーティーを予定している弟が、毎日のようにリビングで練習している手品が面白くて

学校帰りにわざわざ会いに来てくれた彼に、見よう見まねで披露したらこの冷たい反応

「ちょっとくらい驚いてくれてもいいと思うんだけど。」

「手品なんかで俺が驚くわけないだろう。」

「それって…」

どういう意味?

聞きかけて、すぐに気づく

透視やテレポート、人の心を読んだり怪我を治すことさえ出来る彼の魔力には、どんなにすごいマジシャンだって敵わないよね

もちろん、人間界では余程のことがない限り『力』を使わないようにしているのは知っているけど

「…だけじゃなくて、俺は。」

「?」

「動体視力が人並み以上のボクサーだってこと、忘れてないよな?」

つまり、わたしの動きがどんくさくてタネがわかったってこと?

「そんなとこだ。」

「なぁんだ。」

がっかりしているわたしの頭を軽く叩いて、壁にかけてある時計を見上げると

「とりあえず、元気そうで良かったよ。そろそろバイトの時間だからまたな…っと、その前に。」

帰ろうとしていた彼が窓の傍で立ち止まり、レースのカーテンに手をかけこっちを向いた

「どうかしたの?」

「ちょっとした魔法を見せてやるよ。」 

そう言いながら、指をパチンと鳴らしてカーテンを開けると

「あっ!」

薄暗くなり始めた窓の外には、真っ白な粉雪がひらひらと舞っている

「嘘…さっきまで晴れてたのに。」


まさか、魔法で雪を降らせたの?


「バーカ、天気予報見てないのかよ?夕方から雪が降るって言ってただろ。」

「へ?」

もしかして、またからかわれた?


でも


「綺麗…初雪、だね。」

音もなく降り続ける冬の贈り物に、すっかり見惚れてしまっていると

「悪い、もうひとつ大事なこと忘れてた。」

彼は再びベッドサイドまで戻り

「!」

「こっちは正真正銘の魔法だからな。」

唇が触れそうな距離まで顔を近づけ、優しい声でそう囁くと

「ダメ、風邪がうつっ…」

慌ててうつむきかけたわたしを抱き寄せ、キスをしてから帰って行った。

「…っても知らないから。」

 
翌朝


すっかり回復していたわたしの風邪に効いたのは

魔法、じゃなくて

魔法使いの愛かもしれない




fin