『innocence 1』





「そんなにくたびれて見えるか?」

「そ、そういうわけじゃないけど。」

今日の祝日が何の日だったかなんて考えもしないまま、夕方までバイトをして帰宅すると

「おかえりなさーい。ねぇ、マッサージしてあげようか?」

ドアを開けるなり、合鍵を使って部屋を訪れていた彼女にそう言われてドキリとした

「なんだよ、いきなり。」

一瞬、不純な想像をしてしまった俺の内心など知る由もない彼女は無邪気な笑顔でこっちを見ている
 
「今日って何の日か知らないの?」

「祝日だろ。秋分の日?じゃねぇな、えっと。」

「勤労感謝の日、だから…」

だから、なんだ?

「毎日アルバイト頑張ってるから、何かしてあげたくって。」

それでマッサージ、ってわけか

「べつにいいよ。」

気持ちは有難いが、わざわざ休みの日に差し入れを持って来てくれた彼女にそんなことまでさせたくはない

「そんなこと言わないでちょっとだけでいいから、座って座って。」
 
「はぁ?」

腕を掴まれ強引に畳の上に座らされたかと思うと。

「テレビでやってたの、疲れに効くツボ?っていうのがあるんだって。」

予想外に強い力で肩や背中を揉みほぐされ、だんだんと気持ちが良くなっていき

「そんなに疲れてねぇから、もうよせって。」

虚勢を張ってみたものの早朝のランニングを終えてから夕方まで、ほとんど休まず働いていた体は正直で


「んっ…」


胡座をかいたままの姿勢で、うとうとしかけたのは覚えているが

「えっ?」

目を開けるとボロアパートの天井が見える、ということは。

「あっ、起きちゃった?」

いつの間にか横になり、彼女の膝の上に頭を乗せて眠っていたことに気づき慌てて体を起こした

「ごめ…重かっただろ、どれくらい寝てた?」

「ううん、大丈夫。ほんの20分くらいかな。」
 
優しく微笑んでいる恋人にかける言葉を見つけられず

「お腹空いでしょう?肉じゃが作って来たの、すぐに温めてるね。」

立ちあがろうとした細い体を引き寄せて、胸の中に抱きしめた

「あのっ、ご飯は?」

「その前に交代、な。」 

「交代って…えっ?」

「いいから、じっとしてろ。」

彼女に触れたいという衝動を抑えられずに背中に回した両手はひどく熱を帯び、その先を求めて彷徨い始め

「ちょっ、ちょっと待って。」

唇を重ねると同時に腕にしがみついてきた細い指先は、さっきのマッサージとは比べ物にならないくらいの激しさで皮膚に食い込んで行く
 
まずい

眠って疲れが和らいだせいもあり、わずかな刺激でも自分を見失いそうになるのをギリギリのところで抑え込んだ

「悪い、やっぱり飯にしよう。」

「へ?」   

熱に浮かされたような表情で、ぼんやりしている彼女の体を解放し

「肉じゃが、あるんだろ?」

「う、うん!」

今夜はこれ以上罪を犯さないよう、きつく両手を握りしめた





continue(次回に続きます)↓
※極初期に書いたマッサージの話も消しちゃったのでここでリベンジ…になってないかもタラー