※1部の連載が終了した時からずっと気になっていた聖ポーリア学園ボクシング部のその後。先々月に発売されたクッキー9月号掲載『ときめきトゥナイトそれから』に新入部員がいたらしいカットを見つけて嬉しくて今回はそんなお話です(どんな話)
『pure』
「痛い?」
どこで調達して来たのか、小さな氷の塊がいくつも入ったビニール袋を押し当てながら彼女が俺の足首を覗き込んだ
「大したことねぇよ、ちょっと捻っただけだ」
「ほんとに?だいぶ腫れてるよ」
「大丈夫だって…」
放課後
普段はバイトやジムでのトレーニングで忙しく、なかなか顔を出せない部活の様子が気になり
「久しぶりだよね?みんなの練習見てあげたの」
「まぁな」
ボクシング部の後輩たちの練習に付き合っていたのはいいのだが
「でも、びっくりしちゃった。スパーリングの途中で転んじゃうんだもん」
そう
ある1年生部員の相手をしていたリングの上で、足を滑らせて派手に転ぶという情けない姿を見せてしまった
「だ、大丈夫ですか?」
「あぁ」
入部して半年ほどの後輩に心配されながらも、なんとか部活が終了するまで我慢して相手をしてやり
「お疲れ様でした」
部員たちが帰った後で傷めた右足を手当てしてもらいながら、思いがけず彼女と2人きりの時間を過ごす
「ねぇ、みんなすごく上達したと思わない?ちゃんと毎日走り込みや基礎練習して頑張ってるんだよ」
冷やした患部に手際良くテーピングを施してくれながら、嬉しそうに彼女が報告してくれた内容は
「いつもわたしに言ってくれるの…」
数少ない部員たちが皆、俺を目標としてるだの憧れてるだのという小っ恥ずかしくなるようなことばかりで
「まぁ、強くなりたいって思うのは悪いことじゃねぇけど」
照れくさい気持ちと同時にある心配が頭をよぎる
「けど、なあに?」
相変わらず鈍いというか、無邪気な小悪魔は不思議そうに首を傾げた
「…なんでもねぇよ」
「?」
実は
絶対に口に出して言うつもりはないが、さっきのスパーリングですっ転んだのには訳があり
あの時、相手をしていた1年のガキが俺に向かってきながら考えていたことが聞こえてきて動揺してしまったのだ
つまり
俺より強くなって、マネージャーの彼女に振り向いて欲しい…という願望が
もちろん
あいつには悪いが、そんな日は永遠に訪れない
「痛みも引いたし、そろそろ帰ろう」
嫉妬から来る腹立ちを紛らわせるため彼女の手から氷を取り上げ、真っ白な頬に押し当てる
「ひゃっ…冷たっ!」
「バーカ」
「もう!」
お互いベンチに座ったままの状態で、戯れ合いながら自然に抱き合い
「んっ!?」
やや不自然な体勢で強引に唇を重ねると、長い時間をかけて甘い口内を貪るようなキスをしてから体を離す
「どうかしたの?今日はなんか変」
荒い息遣いの質問には答えずに
「いいから、帰るぞ」
帰り支度をして彼女の手を引き部室から出ると。
「あっ」
さっき相手をしてやった例の1年生がドアの前で立ちすくんでいた
「なんだ、まだいたのか?」
「あっ、いえ…その。失礼します」
真っ赤な顔で慌てて走り去って行く小柄な後ろ姿を見て、彼女がまた天然100%のセリフをつぶやく
「あの子、忘れ物とかしたんじゃなかったのかな?」
「さあな」
たしかに
忘れ物を取りに戻ったのかもしれないが、窓から中を覗いているのに俺が気づかないとでも思ったのだろうか
「でも、まぁ…ちょっと大人げ無かったかもな」
「へ?」
あんなガキにわざと見せつけるようにキスをするなんて
「やり過ぎだった」
「だから、何が?」
「なんでもねぇよ」
もしかしたら
いや、もしかしなくても
俺がいちばんガキなんだろう…な
fin