『propose 4(眠り姫)』

                 




「あれっ、お兄ちゃん?」



バイトを終えての帰り道、考え事をしていたせいか無意識のうちに足が彼女の家の方に向いていたらしい


日が落ちて薄暗くなった住宅街の外れで、制服姿の彼女の弟に声をかけられた


「うちに寄るの?」


「そう、だな。」


あと数十メートルの距離まで来ていて引き返すのも不自然過ぎて、仕事から帰っているであろう彼女に会いに行くことにした


「お姉ちゃん、きっと喜ぶよ。」


わかった風な口を聞いている彼女の弟は、俺たちより8つも歳下だとは思えないくらいしっかりしている…だけでなく


「姉貴に聞いたぞ、モテるんだってな学校で。」


勉強も運動も出来る上に、幼いころから素直で優しい性格で


「えーっ?全然そんなことないよ。」


しかも、アイドル顔負けの甘いマスクときている


こいつなら、大人になってもプロポーズのひとつやふたつは


「…朝飯前だろうな。」


「えっ、何が?」


「なんでもねぇよ。」



数日前



ジムとバイトの合間に立ち寄った宝石店の店員に、彼女の指のサイズの測り方を聞いたところ


「ですから、お休みになられた時にお相手が熟睡されてるのを見計らって薬指の第二関節にメジャーを巻かれて…」


まるで結婚を考えている間柄の男女なら一夜を共にする機会があるのが当然、とでも思っているかのような提案に言葉を失ってしまい


「あの、どうしても難しいようでしたら後日お直しをすることも可能ですので。」


ただならぬ俺の様子に何かを察したのかそう付け加えた店員に礼を言い、バイト先へと向かいながら深いため息をついた


考え方が古いと言われようが、痩せ我慢だと笑われようが


最低でもきちんとプロポーズをして正式に彼女の両親に結婚を認めてもらうまでは、部屋に泊めたり外泊を伴うようなデートはしないつもりだった


しかし、このままでは指のサイズを測る方法を自分で考えなければいけなくなる


今まで彼女が眠っている場面に遭遇したことは何度もあったが、そんなに都合良くいくとは思えない


そう、覚悟していたのだが


「ただいま〜、お兄ちゃんも一緒だよ。」


「あらっ、いらっしゃい。」


勝手知ったる彼女の家に着き、快く両親に招き入れられたのに肝心の彼女の姿が見当たらず


二階に上がり部屋の外から声をかけても返事がないので、そっとドアを開けてみると


ベッドの上で見事なまでに熟睡している眠り姫を見つけて一気に肩の力が抜けた

 

そういえば


最近は蒸し暑さのせいか、よく眠れないと言っていたのを思い出した


おまけに


慣れてきたとはいえスーパーのバイトは立ち仕事だし、俺の部屋に差し入れを持って来てくれる頻度も高校時代に比べて増えている


「疲れてる…よな。」   


とりあえず


部屋着のままベッドの隅に丸まっている彼女の左手を取り、薬指にあの日から持ち歩いているメジャーを巻き付けサイズを測ったまでは良かったのだが

 

一向に目を覚まさない眠り姫に不安になり始めた俺はふと、おとぎ話の主人公はたいてい王子のキスで目覚めることを思いだした


「俺も王子っちゃ、王子だしな。」


ゆっくりと体を倒し、薔薇色の頬に軽く唇で触れた瞬間

  

「えっ…あれっ?」


愛しい眠り姫は、ようやく美しい瞳を見せた






continue(次回に続きます)↓