『propose 1(取り調べ)』
               



「えっ…」


ランチタイムの混雑しているイタリアンレストランで

親友はパスタを絡ませたフォークを手に持ったまま固まってしまった


わたし、そんなに変なこと言ったっけ?


例年よりもずいぶん早く梅雨が明けた7月の休日

中学時代からの親友と、久しぶりに映画を見に行こうということになり

軽い昼食も兼ねて待ち合わせていたレストランで、陽当たりの良い窓際の席に座った途端

「なんだか眠そうね、もしかしてゆうべは彼のところに泊まったの?」

思ってもみないことを聞かれてびっくりした

「え?ううん、泊まってなんかないよ…っていうか彼の部屋に泊まったことなんてないんだけど。」

ちょっとドギマギしながらそう答えると

「そうなんだ。でも、もったいないんじゃない?せっかく彼が一人暮らしなのに。」

「なにが?」

もったいない…の意味が全く分からなくて聞き返したら

運ばれて来たパスタを食べ始めた親友から耳を疑うような単語が飛び出した

「なにがって、ホテル代。」

「ホ…!?」

「いちいちホテルに泊まってるってことでしょ?朝まで一緒に過ごす時は。」

「あ、朝までなんて、一緒にいたことないんだけどわたしたち…」


わたしがそう言った瞬間


親友はまるで石像のように固まってしまった

それから

見るはずだった映画は今度にしようと言われ、強引に連れて行かれた親友の家で

「いったいどうなってるのよ、あなたたち。」

何度も同じセリフを繰り返され、こっちの方こそ何がどうなってるのか聞きたくなった

「どうって言われても…」

「彼が一人暮らし始めたのってずいぶん前だよね?」

「うん、18歳の時だから3年くらい前。」

「まぁ、百歩譲って学生の時は仕方ないとして…卒業してからもまったくそういう雰囲気にならないわけ?」

「そういう雰囲気って…」

きっと耳まで真っ赤になっているに違いないわたしにお構いなしに、親友の事情聴取は続けられる

「そもそも彼に言われないの?泊まって行けって。」

「送って行く…とは言われる。」

「………」

「そんなに変、かな?」

「変ていうか、これはもうあれだよ!」

あれって、なに?

「こっちから泊まるって言わなきゃ、絶対に前に進まないよ。」

へ?

「照れ屋とか奥手とかで済ませられるレベル超えてるって、彼。」

「そんなこと言われても…」

そういうところも引っくるめて、大好きだったりするわけだし

「こうなったら自分から押し倒しちゃえ。」

そんな…無茶苦茶な


翌日 


親友からの大胆なアドバイスは一旦忘れることにして、朝からスーパーのバイトで品出しの仕事をしていたら

「よお。」

後ろから聞き慣れた声がして振り向くと

「ど、どうしたの?」

ここへは滅多に来ることのない彼が、大きなバッグを手にして立っていたのでびっくりした

「今日からジムの合宿に行くって言っただろう。おまえのことだから忘れてうちに来るんじゃないかと思って…行く前に念を押しに来た。」

あ、ああ

「すっかり忘れてた…」

「だと思ったよ。じゃあな、仕事頑張れよ。」

優しい笑顔でそう言うと

「もう、行っちゃうの?」

「時間、ギリギリなんだ。」

わたしの背中をポンと叩いて、足早に去って行った

「いってらっしゃい、気をつけてね。」

もうほとんど見えなくなった背中に、わたしの声が届いたかどうか分からないけど

出発前の忙しい時にわざわざ会いに来てくれたことに気がついて、胸の奥がじんわりと熱くなった
 




continue(次回に続きます)↓