『last christmas 3』





「もういい、オーバーワークだぞ」

決められた練習メニューをこなした後、ミット打ちに付き合ってくれていたベテラントレーナーが両手を振って俺を制した

「試合はまだ先だってのに、今からそんなに体重落としてどうするよ」

「合宿から帰ったらたぶん戻りますから」

年末年始はどうしても体重管理が難しくなる

「あー、嫁さんの手料理が美味いって惚気か」

「そういうわけじゃ…っていうか、まだ結婚はしてませんよ」

嫁さん、という言葉で彼女を呼ばれたことに思っていたより抵抗がない自分に少し驚いた

式はまだ三ヶ月以上先だというのに

「今が一番楽しい時期だよなぁ…でもよ、結婚して毎日顔合わせるようになったらガキが産まれる頃には旦那なんて二の次、三の次になっちまうんだぜ」

「ちなみに、まだ子供も出来てません」

「なんにせよ結婚生活ってのは試合よりもハードだからな、青年」

タオルで汗を拭いながら、振り向きもせずに練習場を出て行ったトレーナーに悪気はないのだろうが

結婚を控えた男に言うことではないだろう

まぁ、周囲のボクシング仲間からもやっかみ半分で『なんでその若さでひとりの女に縛られるんだよ、結婚なんてもっと遊んでからにしろよ』としょっちゅう言われてはいるのだが

俺は…彼女のいない未来なんて想像することすらしたくない

面白くない気分で冷たい夜風にあたりながら、月を見上げていてふと気がついた

今年が俺にとっても彼女にとっても独身最後のクリスマスになるってことに

今さらだが、やはり一緒に過ごしたかったのだろうか

ここへ来る日の朝、どこか彼女の様子がおかしかったのはそのせいかもしれない

いや

最後だからこそ、家族水入らずの楽しい思い出を作った方がいいだろう

なんならクリスマスは彼女の弟の誕生日でもあるわけだし

とりあえず、24日の夜は彼女に電話をすることに決め、合宿所の狭い二人部屋のベッドに横になった




continue(次回に続きます)↓