『open your hand』
「どう?」
不安そうな表情の彼女が固唾を飲んで見つめる中
口に放り込んだのは多分里芋か何かだろう
「…美味いよ、普通に。」
「ほんとに?味、薄くない?」
「だから、普通に美味いって。」
「普通ってなあに?そこそこ食べられるって意味?」
「んなこと誰も言ってねぇだろ、いい加減黙って食べさせてくれ。」
バイトを終え帰宅した日曜の夕方
冷たい北風が吹く中、彼女が差し入れを持って来てくれたのはいいのだが
始めて作ったという煮物の味に自信がないらしく、俺の感想をずっと気にしている
そもそも食べる物にこだわりがあるわけでも味にうるさい繊細な舌をしているわけでもない俺は彼女の作った料理にダメ出しをしたことなど一度もなく
「だって、いつも黙って全部食べてくれるから…無理してるんじゃないのかなって心配になって」
そうか
黙って食べるからいけないのか
だが
具体的な批評が出来るような知識を持ち合わせていない上に、大げさな褒め言葉がすらすら出てくるような器用な性格でもない俺にどうしろと
「とにかく、ちゃんと美味しかった。ご馳走さん。」
「ちゃんと?」
しまった
『ちゃんと』、じゃなくて『すごく』と言うべきだったか。
また表情を曇らせた彼女を見て少し申し訳ない気持ちになった
食後はいつも通り他愛も無い話をしながらひと休みして
「じゃあ、明日は学校だしそろそろ帰るね。」
いつものように彼女を家に送るためアパートの部屋を一歩出たところで
「わっ!さむい…ね。」
吹き付ける夜風に思わず首をすくめた彼女の手を取ろうとした
しかし
寒さのためか彼女の小さな両手はきつく握りしめられていて
「…」
夜の闇に紛れてさりげなく手をつなぐ、そのタイミングを見失ってしまった
車通りの少ない夜の住宅街を、それでも何となく車道側を俺が歩きながら
なんなら普段は彼女の方からつなぎたがる手を、どうして今日は頑なに握りしめているのかが気になって仕方ない
もしかして、さっきの料理の一件で怒ってたりするんだろうか?
というよりも
こんな時ですら遺憾無く発揮される俺の口下手にはつくづく嫌気がさした
たった一言、口に出せば済むことなのに
「手を、つなぎたいんだが…」
もうすぐ彼女の家が見えるという頃になってようやく切り出した俺の言葉に彼女は何故かひどく動揺した
「えっ!?いいよ、今日は。わたしの手すごく冷たいから。」
「だから、つなぐんだろう。」
「んーと、その…」
鈍感な俺も、さすがに何かがおかしいことに気がついた。
「ちょっと、手を見せてみろ。」
「あっ、ダメ。」
強引に掴んで開かせた彼女の右の手のひらには
「火傷…?」
真ん中辺りに赤い水膨れが出来ている。
「やっちゃった。やっぱりわたしってドジだよね。」
「さっきの料理を作った時に?」
小さく頷いた彼女にの右手にそっと自分の手をかざし、力を使って治しながら謎を解こうと聞いてみる
「どうして早く言わなかったんだよ、ずっと痛かったんだろう?」
「だって…」
珍しく眉間にしわを寄せた彼女がつぶやいた
「もしかしたら、怪我するくらいなら差し入れなんか作らなくっていいって、そう言われるんじゃないかって思っちゃって。」
なるほど
確かに彼女にはなるべく火傷なんかして欲しくはないが
「んなこと言わねぇよ、おまえの作った物が食べられなくなるのは困るからな。」
なんとか痛みを感じないくらいには消すことが出来た傷痕をもう一度指でなぞって
真っ赤な顔で「ありがとう」と言った彼女の耳元に唇を寄せた
「手をつないでもよろしいですか?料理上手なお姫様。」
fin