『catch a cold』





どうやって誤魔化そうか


朝から少しだるい感じはあったが元々の体力があるせいか学校もジムもいつも通りに乗りきったのは良かったが


夜になってバイトから帰宅する頃にはどう考えても体調が悪いことを自覚するようになり


子供の頃から健康だけが取り柄で風邪なんて片手で数えるほどしか引いたことがないから体温計すら持っていないが、多分そういうことなんだろう



体がかなり熱い気がする



まずいことにアパートに帰るとこんな日に限って彼女が食事を作って待っていた


「おかえりなさい、お疲れ様」


「ああ」


とりあえず、心配症の彼女に気づかれぬよう手早く食事を済ませて家に送って行くことにした


ところが


「今日は送らなくていいからね」


彼女が帰り支度をしながら優しく微笑んで言ったのでドキリとした


「なんでだよ?」


彼女の細い腕が伸びて、ひんやりとした手の平が俺の額にそっと触れた


「やっぱり熱がある。風邪引いてるんでしょう?」


「…なんで、わかった?」


少なくとも咳などの外から見て分かるような症状はないし、普段通りにしていたつもりだったのだが


「だって、わたしの考えてることが今日は読めてないんだもん」


「は?」


そう言えばいつもは読もうとしなくても聞こえてくる彼女の『心の声』が、今日は全く聞こえてこなかった


「何度も頭の中で『大丈夫?』とか『風邪引いたの?』って話しかけても全然反応しないから、もしかしたら知らないのかなぁって思って」

 

「知らないって、なにを?」


「風邪を引くと魔力が無くなっちゃうこと」


「えっ?」


なんだそれは


初めて聞いたぞ


「やっぱり知らなかったんだね。とにかく今日は早く休んでね、わたしはひとりで帰れるから」


彼女はそう言ったものの、真っ暗な夜道をまさか本当にひとりで帰すわけには行かず何とか送って行く口実を考え出した


「やっぱり送って行く」


「でも…」


「おまえん家で風邪薬があったら少し貰えると助かるし、もう店も閉まってるだろうから」


ほんとは薬なんか無くても一晩眠れば治るような気がしていたが


「あっ、そっかぁ」


彼女を納得させるような理由は他に見つからなかった


「だから、ついでに送って行く」


「うん、わかった。でも明日は学校休んでちゃんと寝ててね」


「ああ、そうするから」


そして


何とか彼女を家まで送って行き、風邪薬を受け取ってアパートに戻ると布団に倒れ込むようにして深い眠りについた



翌朝目覚めると



「おはよう、体調はどう?」


制服姿の彼女が寝ている俺の顔を心配そうに覗きこんでいた


「おまえ…」


「朝早くからごめんなさい、どうしても気になって学校に行く前に寄ったの。ぐっすり寝てたから勝手にお粥も作っちゃった、良かったら後で食べてね」


「わざわざ登校前にそんなことしに来なくても…」


『出来ればわたしも学校を休んで看病してあげられたらいいんだけど』


「なに言ってんだ、さっさと学校に行って来い」


「えっ?」


彼女の驚いた顔で、さっきの言葉は口に出してはいなかったのだと分かった


「もしかして治ったの?」


「らしい、な」


まだ完全とは言えなかったが昨夜に比べたらだいぶマシになった気がして、ゆっくりと体を起こすと柔らかい胸に抱きしめられた


「良かった、ひどくならなくて」


心底ほっとした、といった感じの彼女の声に胸に沁みたが


「大げさなんだよ、たかが風邪くらいで」


「だって夕べ無理して送ってくれるんだもん。ほんとはお薬なんて要らなかったんでしょう?」


しまった


昨日貰った風邪薬をテーブルの上に放り出したままで眠っていた


結局は俺の考えてることなんか彼女には全てお見通しで


「とにかく今日はいい子にして休んでてね」


まるで小さな子供にするように頭を撫でられても一言も言い返せないまま


部屋を後にする彼女の後ろ姿に『全快したら覚えてろよ』と心の中でつぶやいた

 




fin



※風邪で魔力が無くなるお話は番外編でしかやってなかったと思うので、わりとレアな設定なんですがキョロキョロ覚えてらっしゃる方いらっしゃいますか?